第91話 聖女のクッキー復活
今日も元気にお店をオープン。朝から通行人が多く、賑わっている。興行の人にプレゼントを渡して応援する人もいるそうだ。私のお店で買ってもいいのよ。
「おはよーございまーす!」
「おはようございます、ずいぶん町に活気がありますね」
猫店員のノラとバートが出勤してきた。
「興行が近いからね。アンタたちも見るの?」
「ねーねー、興行ってなに?」
ノラは興行が分からないのか。そうか。実は私も説明できるほどは詳しくないのだ。なんせ、山の上の国にいたもんだからねえ……。
「うーんとね、広場で出しものをやるらしいわよ。あとは、普通の家でなんか売ったり、お祭りみたいになるんだって」
「すごーい、楽しそう! バート君、興行に行っていい?」
「人が多いと危険かも知れないよ。ホセ子爵に相談しよう」
「そうしよう~」
バートもわりと気になっているのねえ。いつになく笑顔だわ。
カウンターテーブルに飛び乗って、ノラはお気に入りのトレント編みのカゴに入る。
「おはようございます、シャロン姉さん」
「ラウラ、お母さんはいいの?」
昨日町に着いたばかりのラウラが、早速お店に来てくれたわ。元気そうね。
「わあ、ラウラちゃん! 元気にしてた?」
「ノラちゃん、バート君、会いたかったわ! 私は元気よ。カゴ、可愛いね!」
ノラとバートは、ラウラにとっても懐いてる。両手で握手を交わして、しばらく三人で楽しそうにお喋りをしていた。客はこない。
「あ、姉さん。お母さんは今日一日、治療院で休んでます。今度、一緒にお店に来ますね」
「来なくていいわよ。ラウラのお母さんって、私に冷たくて苦手だわ」
「自業自得ですよ?」
笑顔で切り捨てるラウラ。わーん、ラウラまで冷たい。
「ところでお母さんの恋人ってことはさ、あの男性はラウラのお父さんになるの?」
「え……、どうでしょう。なんて呼んだらいいのか、難しいですね……」
実の父親が判明した途端に、母親とその恋人まで現れるんだもんねえ。混乱するわね。昨日の二人はぎこちなくて、目も合わせられないでいたわ。
「お父さんって呼んで、甘えちゃえばいいのよ。はいこれ」
「なんですか、この紙?」
私は昨夜書き上げた欲しいものリストを渡した。びっちり書いてあるわよ。
「急に何か買ってあげるって言われても困るでしょ? 候補をまとめておいたわ」
「……いりませんよ」
ラウラはろくに目を通しもせず、畳んでポケットに入れた。ああ、頑張って色々と考えたのに!
「それよりこれ、商品にしてください」
カバンからハンカチやショール、絵画に小さな彫刻を取り出すラウラ。おお、商品の差し入れ! なかなかおしゃれだわ。
「奉納品の下げ渡したあったのね」
「はい」
奉納品の下げ渡しとは。
プレパナロス自治国にお参りに来た人が、女神様へ品物を奉納することがある。それをしばらくは祭壇に飾り、それから納品所で仕分けされる。使えるものは使い、そうでないものは倉庫に仕舞われて、たまってくると配給所へ送られたり、聖女や聖人がもらえるのだ。
その中から売れそうなのを持ってきてくれたのね。さすがラウラ、ありがたいわ。
ラウラから受け取った商品を、棚に並べた。ハンカチやショールはキレイに畳んで、絵画は日が当たらない場所に立てておく。彫刻のモチーフは、どれも女神ブリージダ様だ。私のお店にぴったりね!
飾ってから、祈りを捧げた。売れますように、売れますように。
女神様の像があると、祭壇にしたくなるなあ。一番大きいのは空いている棚に布を敷いて飾って、木のお皿と一輪挿しの花瓶を前に置いた。
特製祭壇の完成よ! あとで食べものやお花を捧げねば。スラムの炊き出し会場にシロツメクサが咲いてたわ、夕飯の時に摘んでこよう。
「にゃにゃ~、わたしこの像好き」
ノラが即席祭壇の白い女神像の横に座る。大きさはノラより少し小さいくらい。
「あらいいわね、神使みたいよ」
「これは売らないの?」
「とりあえず売らないでおくわ」
せっかくだしこのまま飾ろう。ラウラも笑顔で頷いている。
一段落着いて落ち着いていると、勢いよく扉が開いた。肩くらいの茶色い髪の若い女性が、明るい表情で大声を上げた。
「聖女様と、ノラちゃんとバート君だ! すごい、今日はみんないるわ。すみません、聖女のクッキーは販売しますか?」
「ええと、……午後からの販売になります」
特に販売予定はなかったが、ラウラがとっさに答える。期待されると裏切れない、それがラウラなのだ。
「わあ、じゃあ午後また来ます! 楽しみー!」
「お待ちしてます」
若い女性は意気揚々と店を出て、連れに午後からだってと話していた。みんなで来てくれるのかな。
「姉さん、材料を買ってきて、台所を借りますね」
「頼むわね~。それにしても、おかしいわ。みんなに私が入ってないの? 店主は私なのに」
理不尽だ。わあ~シャロン様だーって喜んでもいいと思う。
「姉さんはいつもいるじゃないですか、私たちは毎回じゃないですからね。じゃあ買いものに行ってきまーす」
ラウラは買いものカバンを手に、逃げるようにそそくさと出かけた。
「お昼ご飯もよろしくー!」
去っていく背中に、用件を頼む。猫店員のご飯も、ラウラならわざわざ言わなくても用意してくれるわね。
その後は数人のお客が来て、ハンカチや絵画が早くも売れたわ。
「ありがとうございます! この絵、素敵よねえ」
「うん。このお店で買った印に、ノラちゃんの肉球マーク入れてよ」
「いーよー!」
ノラが前足にインクをつけて、絵の端っこにポンッと押した。やめてやれよ、作者が泣くぞ。客が喜んでいるから、私はいいけど。
お昼はラウラが買ってきてくれた、サンドウィッチだ。ササッと食べて、ラウラはクッキー作り。やったあ、人気商品の期間限定復活だ!
オーブンにクッキーを突っ込んだところで、私はラウラに話しかけた。
「ところでラウラは、どうしてこの町に?」
「そうでした、姉さんに用事があったんです。実は、父親が病気らしいんで会いに行きたいんですが、一人では不安で。ついてきてもらえますか?」
ほほう、またお出かけか。ただ、私は大事なお店があるものねえ……。ラウラに協力したいのも山々だ。しかし、売り上げが減るのは困る。家賃だって、いない間も免除にはならないのだ。
「うーん、店も放置できないからねえ……」
「お金の話になった時に、姉さんがいたら心強いんです。父親は伯爵らしいですし、きっとお金がもらえますよ!」
いつになく必死にラウラが誘う。思い起こせば、ラウラのお母さんが『私は一切もらってないから、養育費を請求しなさい』と助言をくれていたわ。
そうだ、ラウラの権利を行使しないといけないのね。一人では不安だから私を頼ったんだわ。私とラウラの仲だもの、例え火の中お湯の中、金庫の中! どこまでもついていくわよ!
「任せなさい。お金と私は一枚のカードの表と裏のような、切っても切り離せないものなの」
「カードの表と裏って、絶対に会えないですね」
「ずっと一緒って意味よ!」
ちょっと表現を間違えたわ。言葉は難しいわね。
聖女のクッキーは即日完売、またお客が戻ってきたわ。
ラウラも聖女なんか辞めて、クッキー職人になってくれないかな。でもそうしたら、聖女のクッキーじゃなくなるのか。元聖女のクッキーだと、どうもイマイチよねえ。
隣の家では大家さんが商品にする作品を持ち込み、悪魔ロノウェと打ち合わせをしている。さっきチラッと、大作のタペストリーが見えたわ。あれも手作りな訳……? 本当にすごいな、大家さん。
ジャナたち小悪魔は草を取り木の枝を切り、掃除をして売場を整えた。
小悪魔ってけっこう働くのねえ。たまにホウキで剣術ごっこをしたり、切り落とした枝を両手に持って謎の踊りを始めたりするのもいる。ジャナの叱る声が聞こえるわ。
猫店員の今日のお礼は食べものじゃなく、王国の住民が増えたから野菜の種が欲しい、とねだられた。銅貨三枚ずつと、種屋で買った今の時期にちょうどいいとお勧めされた種を渡す。
女神様の簡易祭壇のお皿には、いつの間にかラウラのクッキーと、ちょっとしたお菓子や乾燥した大豆が置かれている。大豆かあ、と思いながら口に放り込んだ。噛んだらほんのりとした甘味が広がり、意外とおいしいじゃない。
さ、あとはスラムの炊き出しでご飯を食べて、花を摘んでこようっと! メニューはおにぎりと野菜の煮物。
今日はいたずらキツネは来てないから、平和だわ。