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第90話 ラウラのお母さんの事情

 なんとなくラウラを名乗ったら、相手がラウラの母親だという、まさかの展開に。とんでもない状況になり打開策を思案していると、外から誰かが訪ねてきたわ。

「こちらです、聖女様!」

「失礼します。こちらに重傷の方がいらっしゃると聞きました。私は自治国の聖女です」

 この声、ラウラだわ! 男性に案内されて、ここへ来たみたい。

 ナイスタイミング!


「わざわざありがとうございます。ですが治療が済んで、通常の診察に戻るところです」

「……そうなんですか? 何かお手伝いできるようでしたら、言ってくださいね」

「では先生に伺ってみますね」

 私は扉を開けて、待合室へ急いだ。ラウラがいる。ラウラの後ろに、中年男性の姿もあった。案内してきた人ね。

「ラウラ、こっちこっち」

「シャロン姉さん! 姉さんがいたんですか、それなら安心ですね!」


 私が手招きしたら、ラウラはまず先生のところへ行った受付の女性に声を掛けた。

「知り合いなんです、お手伝いしてきます」

「まあ、そうだったのね。お願いします」

 女性は軽く会釈して、受付に戻った。私はラウラを、お母さんがいる部屋に案内した。


「あら、その娘は……」

 ベッドの上のラウラのお母さんは、本物のラウラの姿に動揺している。さすが本物の親子、髪の色が似ているし、顔立ちも面影があるのだ。

「じゃーん! 本物のラウラちゃんです。ラウラ、あなたのお母さんよ!」

 私はここぞとばかりにラウラを紹介した。誤解が解けたわね、万事解決!

「おかあ……さん?」

「……どうなってるの? あなたはラウラじゃないの?」

「ちょっと名前を借りたんです。私はシャロン、ラウラの姉みたいなもので……」

 説明を途中で遮《さえぎ》って、ラウラのお母さんは鬼の形相になった。怒鳴りながら枕を振り上げる。


「よくも……、よくも私のラウラの名を騙ったわね!!! こん悪たれがあああぁ!!!」

 ラウラのお母さんがベッドから立ち上がり、枕で私をボスボス叩く。

「痛い痛い! 傷口が開いちゃいますよ、ラウラのお母さん!」

「小賢《こざか》しか! こったら悪人、放《ほ》っとかれんと!」

 うおお、大人しいラウラのお母さんとは思えないほど、エキサイティング!

 いいんですか、娘に暴れている姿を披露しちゃって!

「せ、背中から血が! お母さん? 安静にしてください!」

 ラウラが止める。お母さんだと確信は持っていないので、疑問形で呼びながら。

「マルセラ、どうしたんだ? 落ち着いて!」

「はあ、はあ……!」

 ラウラを案内してきた男性が、お母さんを抱き留めるような形で制止した。ラウラのお母さんは、息を切らしてようやく大人しくなったわ。


「……あの……、私のお母さんなんですか?」

 ラウラが控えめに尋ねる。

 お母さんはラウラの目をじっと見詰め、ゆっくりと手を伸ばした。震える指先が、ラウラの頬に触れる。

「ラウラなの……? 本当にラウラなのね……」

「この娘が、君の子供のラウラちゃん? それで、枕で叩いてたその女性は?」

 ラウラを案内してきた男性が、ラウラのお母さんに尋ねる。彼も興行の仲間なのかな。

「ラウラを騙った悪たれよ」

 すっかり私が悪たれ呼ばわりされるように。ラウラへの視線は慈しみに満ちているのに、私に向けられるのは蔑《さげす》むような眼差しだ。 


「えええ、と……。シャロン姉さんは、プレパナロス自治国でもとてもお世話になった、私の姉みたいな人なんです。事情があってつい私を名乗ってしまっただけで、悪気はなかったと思います」

「そうそう、そうなのよ。私たちは仲良しだから、つい。ね、ラウラ」

「ケッ」

 ラウラのお母さんが手強い。ラウラなら、すぐに許してくれるのに。

 男性はようやく事情が飲み込めたようで、苦笑いをしていた。この人こそ誰じゃい。

「あの、お母さんは興行をされているんですか? 実は先日、父親が病だからと、姉を名乗る人が国まで面会に来たんです。それも伯爵家の人間だと……」


 ラウラの実家って伯爵家なの? お金持ち決定、人生勝ち組決定じゃない! そりゃ聖女なんてしてる場合じゃないわ。

 姉が面会に来たという言葉に、お母さんは顔をしかめた。

「……ラウラ、父親が伯爵なのは本当よ。まさかあなたに面会に行くとは、思わなかったわね。ちょっと長くなるけど、聞いてくれる? 事情を知っておいた方が良いわ」

「もちろんです。その前に、もう一度治療をしましょう。血が出てますよ」

 回復はラウラの方が得意なのだ。だいたい治っているし、ラウラも治療してくれればバッチリよ。

 女神様に祈りを捧げて傷を癒してから、お母さんはベッドに座ってラウラの出生について語り始めた。


「若い頃、私は伯爵様の屋敷でメイドをしていたの。奥様は浪費家で、とても怒りっぽくて厳しい方で、夫婦仲は悪かったわ。お子様が産まれても関係は冷え切っていたのよ。疲れて寂しげな様子の伯爵様に、私が同情してしまって……」

 そしてラウラを身ごもってしまった。それを奥様が、許すわけもなく。

「伯爵家を解雇されてね。身重で故郷に帰った私の姿に、将来を約束した恋人が裏切られた、酷い女だと罵《ののし》ったわ。小さな村だったら、噂になって家にもいられなくなって……」

 辛そうなラウラのお母さんに、男性が寄り添って肩を抱いた。ラウラは真剣に耳を傾けている。


「それで、私を自治国に?」

「……ええ。孤児でも聖女になって、幸せになれると噂だったし……。あたなを託して、住む場所を得ようとして……。家があったら、あなたを引き取れるかもと頑張ったけど、訳ありの女が暮らすには、世間は厳しかったわ。仕事が見つからずに路上で座り込んでいたら、興行の一行が声をかけてくれたのよ。ちょうど使用人を探していたから、お願いして一員に加えてもらえたの」

 お母さんと男性の視線が合う。二人は同時に微笑んだ。

「お母さん、もしかしてその人……」

「今、お付き合いしているの」


 おおお、ラウラのお母さんの現在の恋人だったのか! 伯爵は綺麗さっぱり忘れたわけね。

「ラウラちゃん、ええと……よろしく」

「こちらこそ……」

 なんだかぎこちなく挨拶を交わす二人。ラウラにお父さんが一気に二人できた。両方からお小遣いをもらえばいいよね。

「ラウラ、恋人には自分を大事にしてくれる男の人を選ばなきゃダメよ。身分があっても、お金持ちでも、家族を蔑《ないがし》ろにする人間は、結局最後には保身のために自分が楽になる選択しかしないのよ」

 経験からのアドバイスだあ。胸に迫る思いがあるわね。


「その……お父さんが病床で、私に会いたいって言ってるらしいんです。会おうかとは思うんですが、なんだか怖くて……」

 自信がなさそうに、ラウラが相談をする。お母さんはラウラの髪を優しく撫でた。

「迷うなら会っておきなさい。死んでしまったら、もう会えないのよ。そして養育費を請求するといいわ。私は全然全然、全くもらってないから。せめてもの義務を果たしてもらいましょうねえ……」

「でもあちらにも家庭があるんですよね……。面会に来てくれたのはお姉さんなんですが、妙に優しく話しかけてくれて、父に会ってと頼まれて……。私たちを恨んではいないんでしょうか?」


 私が知らない間に話が進んでたのねえ。

 愛人の娘に、父と会うよう勧める本妻の娘。……事件の匂いがするわ。これは遺産相続を巡る骨肉の争い!!! 最後に生き残るのは誰だ!

 いやまだ誰も死んでないけど。

 

「……奥様は嫉妬深い方だったから、恨んでいるでしょうね……。……ただ、ご夫婦揃って子供に愛情を感じなかったの。お嬢様と坊ちゃまのことは、今でも気がかりだったのよ。でもねラウラ、私はあなたが一番大事なのよ。あなたの思うようにしてちょうだい。危ないと思ったら、関わらなくていいのよ」


 なんだかしんみりとした空気だ。むずむず痒いわ、居心地が悪いわね。

 せっかくの母娘の対面なので、私は席を外して待合室へ移動した。ラウラのお母さんの恋人も部屋を出て、この治療院に運ばれた他の仲間の様子を見に行った。隣の部屋からは明るい声が漏れている。

 ラウラなら私の店の場所を知っているし、とりあえず帰るか~。

 受付で報酬を受け取り、そっと帰路に着いた。


 そういえばラウラってば、何しに来たのかしら?

 病気のお父さんに会うような口ぶりだったな。まずはお母さんとゆっくり親交を温めるといいわよね!

 そうだ、欲しいものリストを作っておくべきかしら。ラウラは物欲がないけど、お母さんは今までしてあげられなかった分、買ってあげたいに違いない。そんな時のための欲しいものリスト。

 買ってあげたいお母さん、ものではなく気持ちが嬉しいラウラ、買ってもらいたいシャロンちゃん。みんなの願いが叶う、欲しいものリストよ。うーん天才。

 まずは定番のネックレスかなー? 金の延べ棒とか最高ね!

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