一話
「終わったー!」
「お、終わり、ましたわ……」
「よし。これで揃うな」
リージェは両手を上げて歓声と共に喜び、マリーエルザは疲労の声と共に床に崩れ落ちた。俺も肩から力を抜いて一息つく。
ノーウィット拡張予定地を護るための柵の予定数まで、作成量が達したのだ。
出来た分はその都度運ばれ、今やノーウィットは完全に神力の方が強い土地となり、その余波は近隣にまで影響を与えている。
おかげで魔物被害も落ち着きつつあった。
こうして柵を作っているのは俺たち錬金術士だが、実際の施工はすでに専門の大工に委任されている。
難しい設計ではないものの初の試みではあるので、問題がないかちょくちょく現場の確認を頼まれはするが、それだけだ。
後は可動域の多い人形を用意して、迎撃用のゴーレムを作るのみ。
もう焦る必要はなくなったので、そちらはやはり専門家に用意してもらうことにした。そこから錬金術の細工をする。
「何とか、錬金創造祭に間に合いそうね!」
「そう言えば確認していなかったな。いつなんだ?」
「祝陽の月の上旬の時変わり、火の日。統一暦で言うなら八月十日よ」
残りは一月強、といったところだな。
……ん?
「帝国まではどうやって行く?」
というか、今から向かって間に合うぐらいに近いのか?
「南のシュクート州に行って、飛空艇に乗るのが一番早いと思うの」
「飛空艇……?」
空を飛ぶ船、か?
文字通りならば物凄い技術だ。どうやって飛ぶんだ?
「あ、ニアは知らない? 帝国でしか飛んでないものね」
「ということは、そのシュクート州はもう帝国なのか」
「そう。帝国が統一戦争をしたときにね、シュクート王国は開戦後に降伏して、州として組み込まれたの。アストライトは開戦前に服従したから、王家が残ってるんだって」
「帝国からすれば、ほぼ辺境の土地ですもの。無理に統合するより、属国として自治を認めてしまった方が、統治も楽だと思ったのでしょう」
中枢からの距離が延びる程、戦うのはもちろん、管理も難しくなるからな。
「だから、アストライトから先は大体属国かな。もう少し行くと別の国も増えてくるし」
「俺が生まれてからはそんなに大きな戦があった記憶はないが、その統一戦争とやらはいつの話なんだ?」
「もう百五十年ぐらい前かなあ」
完璧に過去だ。
「アストライトの北は別の国だったな?」
故郷、ラズィーフの事をユーリは『俺の国』と表現していた。
「ラズィーフ王国ね。あそこは帝国領でもないから。独自通貨だったでしょ?」
「帝国でもないのか」
そう言えばマリーエルザの兄も難民を『他国の民』と言っていたか。
勇者として、ますます帝国の援助を取り付け難そうだな……。
「となると、アストライト、実は本当にかなりの辺境か」
「そう。北側的には、むしろ際?」
なるほど。
上空から見たところ、大陸としてはそう際にあるわけではない。だが国としては結構な際だ。
中々厄介な土地柄である。中堅程度の国力を持っていて良かったな、アストライト。
「アストライトとの通貨は帝国と同じでいいのか?」
「勿論同じよ」
まあ、そうなるよな。属国なのだし。
換金の手間がないので、行く方としては同一通貨の方が助かるが。
「なら、まずはシュクート州か。難民たちはもうキャンプを発ったと噂で聞いたが……」
「うん。予定通りなら、そろそろノーウィットに着くんじゃないかな」
「……そうか」
ノーウィット側に受け入れ計画実行の目途が大体ついたので、キャンプを引き払って全員が移動してくることになった。
最大にして最後の移動だ。おそらくイルミナも同行してくるだろう。
――楽しみだ。
「まあ、ニア様。顔が緩んでいらっしゃいますわよ。どうなさったの」
「さ、さー。錬金創造祭までに気掛かりが減って嬉しいんじゃないでしょうか」
リージェが擁護を入れてくれたが、中々強引だ。
しかし、そうか。マリーエルザは貴族だ。スティレシアに不利になりそうな醜聞を、わざわざ教えることはない。
と言ってもイルミナの血筋を考えると、アストライトの貴族が手を出そうとは考えなさそうだが。
結婚を考える身としては大きな壁だが、安心もある。どちらかというと安心の方が強いので、良かったと思う。
「そうなのですか?」
「そんな所だ」
「ニア様は本当に、善良でいらっしゃるわ」
納得はしていない気配だが、俺がリージェの言を認めるとマリーエルザは追及してこなかった。
これは少し、探ってこようとするかもしれないな。
何しろマリーエルザは今、俺に一方的に弱みを握られている状態。自らの保身のために、俺の弱みも握っておきたいと考えているんだろう。
残念だが、俺に秘すべき弱点などほぼないけどな。
あるとすれば一点。純粋に魔物であるというぐらいか。
「残念ですわ。錬金創造祭、わたくしもご一緒したかったのに」
「別にお前は、錬金術に然程の興味はないだろう」
一年に一度の大きなイベントとはいえ、楽しみにしていたとは思い難い。
「まあ、そのようなことはございませんわ。わたくしは錬金術の発展を心より願っていますもの。もっとお肌に負担の少ないお化粧品とか、美しくて実用的な装飾品なども嬉しいですわね」
作る方には興味ないが、使う方には興味があるのか。成程、そういう関心も確かにある。俺の視野が狭かった。
「それに、ニア様といつもと違う場所で過ごすのは、きっと刺激的で楽しいでしょう」
「……それ、まだ続けるのか?」
ここにいるのはリージェだけ。見せつけるべき相手などいないのだから、上手くやっているフリも必要ないだろうに。
「普段からやることに意味があるのです」
うんざりした俺の言い様に、マリーエルザは不満そうに少し唇を尖らせた。
「わたくしだけが一方通行でも、上手く行っているようには見えませんわ。ニア様も、もう少しわたくしに甘い対応をしてくださいませ」
「……そういう取り決めだからな。努力する」
そもそも、マリーエルザが望んでいる『甘い対応』自体よく分からない部分が多いが。
「ええ、そうしてください。ときに、ご存じ? 人は存外、自分が発した言葉でも影響を受けるのです。わたくしを憎からず想うフリ、いずれ本当にして差し上げますわ」
人差し指の先で軽く俺の上腕に触れつつ、挑むように言ってくる。
「ともあれ残念なのは本当ですが、わたくしにはカルティエラ殿下の教師としての務めもございます。共に行くことはできませんわね」
俺がマリーエルザの手を借りていたせいで、カルティエラの勉強時間は大きく奪われた。おかげで町は守りきれたが、不急の用事以外でカルティエラの習熟が遅れることを、アンリエットは認めないだろう。
「マリーエルザ様が喜びそうな新作が出ていたら、お土産に買ってきますね」
「ありがとう、リージェ。楽しみにしているわ」
和やかなそんな会話で締めくくられて、俺たちの共同作業は幕を閉じた。
ここしばらく慌ただしかったから、帝都への旅行ぐらいはのんびり過ごしたいものだ。
柵が完成して拡張工事が本格的に始まったので、ノーウィットは今、少々騒がしい。元々の外周区に存在していた家の立地の関係上、余計にそう感じるだけかもしれないが。
先の戦いで被害の大きかった門を擁する外壁は、この際、と完全に崩して作り直すことになった。
施設を移転させるだけではどうしても町中の窮屈さが解消しなかったので、丁度いいとも言える。
逆に、広げた部分に建ち始めた家が完成すれば、キャンプの避難民を受け入れても余りある。
しばらくは空いた詰め所を改装した宿暮らしだが、ここは我慢してもらうしかない。というか、この辺りの建築も彼らに提案する仕事の一つなのだ。
そんな中、ついに避難民の一団が到着した。ここが旅の終着点だと知っているから、皆一様にほっとした表情をしている。
護衛に付いてきた騎士たちが、ノーウィット所属の騎士たちの案内を受け、彼らの当面の居住区となる宿へと向かっていく。
元からの住人の幾人かが、町の入り口近くに待機してその様子を眺めている。その中に俺も混ざったのは、彼ら同様避難民たちの到着がとても気になったから――ではなく。
……いた。
避難民の最後尾を護るようにして、最後に町に入ってきた女性の姿。
「あ」
イルミナの目も、すぐに俺を見付けて嬉しそうに微笑む。町に入ったそのときから目線を巡らせていたから、自然な速さと言えるだろう。
多分イルミナにはまだ仕事があるはずなので、接触はしない。
無事に着いたのをこの目で見られた。まずはそれで充分だ。
「後で会おう」
聞こえるはずのない距離。それでもイルミナは理解をした様子ではっきりとうなずいた。
何となくだが、正しく伝わった感が俺にもある。うなずき返して家へと引き返した。
目的を果たして時間が空いたものの、人を待っている状態では大したことはできない。
一番落ち着くアトリエに戻って時間の有効利用を考える。せめてと、後々作る木像に通すマナ経路を設計してみることにした。
モチーフとなるのは、この世界における英雄や聖獣たち。創世期の折に降りた神人が、魔を打ち払ったときの伝説だな。
来ていたのは光神ディスハラークの使徒らしい。名前に憶えがある。というか、こいつは今でもディスハラークが擁する神人の筆頭だし。
容姿も意外と正確だ。実は英雄たちも、割と正しく伝わっているんだろうか。
面識のない過去の偉人の真偽は、さすがに分からん。
だが神人が結構正確だったせいで、考えずにはいられない。
俺にとってはモチーフでしかない彼らは、生きていたのだよな。
己の信念の元、あるいは大切な誰かのため。神人に従って魔との戦いに身を投じた。
……しっかりと、作ることにしよう。かつてこの地で懸命に生きたのだろう相手の容姿、物語を借りるのだから。
しばし没頭して図面を作っていると、戸が叩かれる音がした。
誰何の必要もない。イルミナだ。
立ち上がって玄関に行き、扉を開けて声を掛ける。
「よく来たな。久し振りだ」
「うん。久し振り、だね。――会いたかった」
とても素直な感情を乗せて、イルミナは柔らかく微笑んでそう応じた。
イルミナを招き入れて、今度はリビングで落ち着く。続いて湯を沸かしつつ、茶葉の用意を始めた。
こうして、本当の意味で気兼ねなく話せる場は本当に久し振りだ。
「無事で良かった。大変だっただろう」
「ううん。魔除けの熾火の性能が高かったから、魔物もあまり近付いてこなかったし。……あれはニアさんが作ってくれたんだよね? ありがとう。とても助かった」
「そうか」
偶然だが、目に止めたのがスティレシア侯爵の依頼でよかったとは俺も心から思っている。
「他より神力が強かったから、近寄るのが嫌で調べるのは最後にしよう、って感じだったんじゃないかな」
だとしたら、こちらの思惑通りに無事事は運んだ、と言っていいだろう。
「移動も、そこまで大変じゃなかったかな。魔物もいつもより少ないぐらいだった。特にノーウィット周辺は……少し気配が変わった?」
道中の魔物が少なかったのは、ユーリとルーが事前に倒して回っていたのと、逃げた二人を追うのに手として駆り出されているせいだと思われる。
ノーウィットの周辺は、すでに神力が強い。キャンプ地と同じ理由で最後になるだろう。今は逃げた先を集中的に追っているのだ。
「それより、大変だったのはノーウィットでしょう?」
「……そうだな。大変ではなかったとは言えない」
分かっていて、魔王軍を誘き寄せた。犠牲となった者たちへの責任の一端は、間違いなく俺にある。一番は始めた魔王軍だと思うが。
行ったことの後悔はしていない。他のどこで戦うよりもマシだったと思うし、ユーリを生かすために必要なら、犠牲を出してでも彼を護るべきだとも思っている。
でなければ結局魔王軍に敗れ、はるかに多くの犠牲を生むと確定しているからだ。
「だから次は、大変ではなくす。必ずだ」
「うん。わたしも努力する」
立場によって出来ることは変わるが。自分に出来ることをするだけだ。いつでもな。
何より、自分が後悔しないために。
「それはそれとして、イルミナ。錬金創造祭というものを知っているか?」
「うん、知ってるよ」
イルミナの言い方は、概要だけではなく実物を見知った馴染みが含まっていた。
母親の関係で訪れたことがあるのかもしれない。
「リージェと観光に行こうかと思っている。お前は……さすがに予定を付けるのは難しいか?」
「休暇を取れば大丈夫。誘ってくれるならぜひ一緒に行きたい」
……大丈夫なのか? 本当に?
誘っておいてなんだが、イルミナは貴族であり、王宮騎士という立場もある。それなりに長期の旅行になると思うし、仕事を空けて大丈夫か……?
俺の疑問がそのまま通じたらしく、イルミナはもう一度うなずいた。
「わたしの普段の仕事は、王宮の警護だから。主に王妃殿下の周辺かな。もちろん大切な仕事だけど、人は充分いるから一人が少し長く空けても大丈夫」
確かに、王妃の周辺で一人が休んだ程度で人員が足りなくなるようでは危険だ。むしろ体制を考え直すべきだろう。
だが仕事上の不都合がないのは納得した。
「分かった。それなら――一緒に行こう」
「うん。楽しみだね」
ここの所物騒な話に振り回されていたのは誰しも同じ。だからこそ痛みのない催しにはより心が弾む。
苦難の後だと、日常の尊さが身に染みると言うものだ。
だからといって、過剰な苦難はいらないんだがな!
――と、丁度湯も沸いたので、紅茶を淹れて小休止する。
「どうぞ。茶菓子はないけどな」
「お茶を堪能するのもいいと思うよ。――うん、良い香り。ニアさんは器用だよね」
「相応には」
でなければ錬金術の習得により多くの時間を要しただろう。幸いである。




