十六話
マリーエルザは部屋にいる侍女と侍従を見て、然程ためらわずに告げた。
「下がっていなさい」
「……はい」
主から信用していないと告げられた使用人たちの表情は、複雑そうだ。原因を持ち込んだ俺が言うのもなんだが、今後の関係、大丈夫だろうか。
だが俺が心配するまでもなく、マリーエルザは周囲の人々の感情をきちんと理解していた。にこり、と場違いなほど優しく微笑む。
「貴方たちが仕えているのはわたくしであり、わたくしのお父様ですもの。わたくしにとって傷が付く、しかし報告すべき内容を知ってしまったら、話さないわけにはいかないでしょう? 本当に知らない方が良いこともあるわ」
知らないことは話せないからな。
「家のつまらない見栄の問題で、貴方たちの良心を傷付けるのは本意ではないの」
「……仰せのままに」
マリーエルザが想像させた事態に自身が身を置いたとき、彼女の言う通りに良心との葛藤が生じるのを使用人たちは認めた。そしてすぐに答えを出す。
マリーエルザが望まない報告を上げるのを嫌がるぐらいには、好かれているようだ。
まあ、分かる。俺も兄よりはマリーエルザの方が付き合いやすいと思う。父親は知らないが。
使用人たちは部屋を出て、廊下で待機した。ただし扉は開け放した状態で、妙な真似をすればすぐに分かる。
やる気のない人間にとっては丁度いい距離だ。これが貴族の密談というものか。
「では改めて。お話を聞きましょうか」
「ゴーレムスケルトンに襲われた日の事だ。あの日、市民街に降りて何をしていたのかを誤魔化さずに話せ」
「あの日……?」
答えを探す間を空けて、マリーエルザは記憶を探る。途端、彼女の持つ魔力以外の力が体の中で動き出すのが分かった。
「嘘は許さない」
声の力を抑えるのを止めて、命じる。
「うぅっ!?」
途端、マリーエルザは呻いて頭を抱えた。外の使用人たちがざわめき、入ってこようとする。
ここで邪魔をされると困るので、まずはそちらを振り向き、止めた。
「動くな。問題は起こっていない」
「――!!」
入ってはならないと、当人たちの意思を超えて脳と体が己に命じる。
混乱しつつも、俺の声に逆らえる練度を持った力の持ち主は使用人の中にはいなかった。結果、その場に留まることになる。
「わ、わたくし。わたくし、は……」
片手で頭を押さえ、答えようとする唇がわななく。
俺の神力による干渉と、すでにマリーエルザを縛っている魔力が真逆の命令に衝突しているのだ。
術者が近くにいなければもう少し弱まるのではないかと思ったが、そうでもないか。
……もしくは、弱まっていてこれなのか。あまり考えたくない。
脳などという繊細な部位に絡む魔力に触れるのは避けたいところだが、このままではマリーエルザにも負担だ。
覚悟を決めて魔方陣を構築し、発動させる。
「解呪」
これは魔力、神力を問わずマナの作用を打ち消す強力な魔法だ。下手をすると当人の、無くてはならない機能まで損傷させる恐れさえある。
慎重に、マリーエルザ自身の魔力以外を消去していく。
「あ……っ?」
ふらりと傾いだマリーエルザを支え、その顔を覗き込む。
「大丈夫か。意識ははっきりしているか?」
職業柄、マナを見定める感度には自信がある。でなければさすがに人に向かっては行使しない。
しかしそれでも、不安は不安だ。
「ええ、大丈夫ですわ。けれど――ああ。わたくし、何という事を……」
思考か記憶かを封じていた魔力から解放されたマリーエルザは、己の体が実行したことをしっかり覚えているようだった。
よろめいたときに支えの縁にした俺の服を握ったまま、俯いて体を震わせる。
「柵に魔力の塊を埋め込み、小型ゴーレムスケルトンを運び入れたのはお前だな」
「……ええ、そうです。わたくしがやりましたわ……」
町で起こった火付け、防衛線の被害を拡大させた柵の細工。
その二つが自分の手が行ったことだと、マリーエルザは今初めて自覚して怯えた声を出す。
「何があった」
「夢を、見ましたわ。四十程の身形の良い、上品な物腰の男性の夢。町の外に行くようにと指示をされて、置いてあった魔力塊を柵に埋め込みました。それから、スケルトンを積み込んで町に……」
四十程の身形のいい男。ラーフラームか。
あいつは夢から他人の精神に干渉できるのか? 厄介な力を持っている。
便利なはずだがやたらめったらに仕掛けてこないところを見るに、使うための条件はそこそこ厳しいのかもしれない。
だからこそ、干渉されると分かったマリーエルザには注意を払うべきだ。
「わたくしが、町の混乱を引き起こしたのだわ。怪我をした人もいた。亡くなった人もいた。わたくしが、人殺し……」
マリーエルザの意思ではないから彼女の責任だと断じるのは非情だが、そのせいで被害が拡大したのは事実。
細工がなければ、防衛線でも犠牲はもっと少なくできたはずだ。
平民の事など何とも思っていなくても、自分で手に掛けたとなれば罪悪感を覚える程度には取り返しのつかないものだとは思っていたらしい。安心した。
「何てこと。父や兄、他家の方々に知られたらどうなることか……」
違った。それでも自分の身の心配だけか。
「境界の門番に干渉したのもお前か? 馬車の御者は? それとも別人からの干渉か?」
「わたくしですわ。忘却の笛という錬金道具を使いました。使用はもちろん、製造にも制限がかけられている品だけれど」
貴族であり、自身も錬金術士であるマリーエルザなら手に入れられない程ではない、か。
「笛の音を聞いた者は、その瞬間から一定時間、すべての記憶を忘れる、という効能を持ちます。質の悪い物だと、まるで時間が飛んだように感じて違和感から発覚することもあるけれど……」
「良い物だと?」
「その時間、本来起こるべきことが起こっただけの記憶が生成されるのですわ」
本当に危険な道具だな……。姿だけしか隠さない隠者の粉の比じゃない。
ともあれその効能は衛兵の証言と一致する。
「小型スケルトンを隠すのに、少々手を借りた記憶があります。でも――でも、わたくしの罪ではないでしょう? だってわたくしは操られていただけですもの」
「お前の責任だとは、俺は思っていない」
ラーフラームの術から逃れるには、相当の実力がないと不可能だ。大部分の人間には適わないし、力不足を責めるのは理不尽だと思う。
ただ、保身以外に興味がなく、出た被害の方を軽視しているマリーエルザの言動は好きになれない。
俺がこの件で断罪するつもりがないと分かると、マリーエルザはほっとした顔をした。
「だから、使用人を遠ざけましたのね」
「聞かれて嬉しい話ではないだろうと思った」
「はい。危うい線ですわ」
まさにマリーエルザが使用人たちに告げた通り、知ったら報告せねばならない話、だろうからな。
そして親兄弟――少なくともあの兄が知れば、マリーエルザを切り離しにかかってきてもおかしくなさそうだ。
「そして同時に、わたくしはニア様に弱みを握られてしまった、ということですわね」
「そうなるな」
否定はしない。もしかしたらいつか、この件を引き合いに出してでもマリーエルザの力を借りるかもしれないから。そこに手段があれば、きっと俺はやるだろう。
俺の『頼み』は、マリーエルザにとって最早脅しに等しい。
「……怖い方。ねえ、どうか、酷いことはなさらないでくださいね……?」
上目遣いに瞳を潤ませつつ、哀れっぽく言ってくる。
「今のところする気はないが、確約はしない」
生憎俺はそこまで善良ではない。
自分が求める結果のために、必要ならば使う。
ただそれは、一人の人間に苦を強いてでもやるべき何かのためだけに行うべきだとは思っているが。
「……本当に、怖い方」
同情を引くのが無理だと悟ると、マリーエルザは瞳に鋭い光を灯しつつ、身を離す。
「お前のマナは、どうやらラーフラーム――魔王軍の奴にとって操るのに都合がいいようだ。常日頃から、魔力の干渉を防ぐ防具を身に着けておけ。特に寝るときは要注意だ」
そこで操られたのだから、真っ先に対策を施すべきである。
「分かりましたわ。手配します」
「話は以上だ」
とりあえず今マリーエルザにかかっていた術は解いたし、彼女の証言からおそらく衛兵の方にはラーフラームの干渉はなかったと思われる。
一応確認するが、一応でいいだろう。
後は――領主館に戻ってカルティエラに適当な言い訳を付けて衛兵を呼び出し、マナを確認する場を用意してもらう。そしてリージェに挨拶をして、もう休もう。
残る気掛かりであるルーとユーリが上手く逃げ切ったかどうかは、二人から連絡があるまで分からん。何ならそのまま帝国とかに入って、行動を開始するかもしれんし。
マリーエルザの屋敷から外に出て、ふと空を見上げる。
神々の思惑がどうだろうと、一地上種でしかない俺には然程の関係はない。
だが当然、全くの無関係でもない。
「魔の揺り篭、か」
すでに滅びた、俺が生まれたダンジョンにおける可能性はすでに潰えているとは思うが、確証はない。
この世界における俺の生とは、ミュエスの言う通りに魔の道を征くことにあるんだろうか。
ならば従うこともせず、身勝手に彷徨う俺という存在は、一体何であるのか……。
「……くっ」
考えている途中で馬鹿馬鹿しくなって、つい笑みが零れ出る。
矮小な俺の存在に、そんな大層な意味や意義があるはずもない。
俺はただ、俺の望む道を歩くのみ。
今はあるのが実感できる、この心と共に。




