四話
俺たちに朝食を提供すると、忘れなかった小物を回収してリージェは帰っていった。我が家のテーブルサイズの問題で、気を遣わせた結果だ。
ノーウィットに住み始めた当初は、ここに人が来ること自体想定していなかった。が、最近はそうでもないので考え直すべきかもしれん。
リージェとイルミナと住むと考えれば明らかに手狭だし、子どもができれば増々だ。
何度も住処を変えるのは落ち着かないので、次で最後にしたい。よくよく吟味して決めるとしよう。
腹を満たし、俺とルーとユーリは商業ギルドへと向かった。身分証を得るためだ。
二人はどちらかというと冒険者ギルドとか、そういった方向の組織に所属した方がいいとは思うが……。ノーウィットにあるのは商業ギルドのみ。選択肢はない。
そぐわなくても、無いよりはあった方がいい。次の町に行くときに格段に楽になる。
やや久しぶりのギルド納品部を進み、近い受付の前に行き、声をかける。
「ギルドの登録手続きをしてほしい」
「あっ、ニアさん、お久し振りです。登録ということは、後ろの方々ですか?」
「そうだ」
二重登録は不可なので、自然そうなる。
場所を譲って、二人が説明を受けつつ書類を埋めていくのを眺めて待つことしばし。
「――はい、完了しました。こちらをお持ちください。紛失にはくれぐれもご注意くださいね」
「はい。ありがとうございます」
頭を下げてエミリアからギルドカードを受け取り、ユーリはほっとした顔をした。身分証があればできることが増える。まさに一安心、と言ったところだろう。
一方のルーは表面と裏面を交互に確認した後、懐に仕舞っただけ。
様々な世界へ降りている奴だから、似たような道具は沢山見てきただろう。驚きや戸惑いといった気配はない。
ついでに貨幣の両替も済ませ、用を終えてギルドを出る。
「じゃあ、ルー。後は頼む。町の地理を理解しがてら、ユーリを鍛え始めてやってくれ」
「そうしようか。ニアはどうする?」
「領主館に行く。防壁に関して作業を進める必要がある。リージェと共有するべきことも」
「リージェって、昨日ご飯作ってくれた子だよな? あの子も偉い子なのか?」
リージェが貴族らしくなかったからだろう。言っていて腑に落ちない様子でユーリは首を傾げている。
「身分は平民だ。だが王宮錬金術士だから、重用されている人材ではある」
「ああ、そういう繋がりか」
納得したようだ。
帰る二人と別れ、俺は町の中心、貴族街へと行く。
館を護る門衛も、そろそろ顔を覚えてきた。多分向こうも同様だ。一応、という様子で俺を止める。
「失礼。本日はどのようなご用件でしょうか」
「外壁の拡張について、リージェと話しに来た。来訪の許可はとっていない。必要なら許可が下りるかどうか、確認してもらえるか」
「いえ、事情は伺っておりますので結構です。ご案内します」
「頼む」
文字通りの案内でもあり、余計な所に行かせないための監視でもあるんだろう。
相方を残して案内に立った門衛の一人に付いて、カルティエラの私室があるのとは逆の方向に進んでいく。
こちらが行政区画、ということか。
だが俺たちの行き先はさらに先、かつてトリーシアが与えられていたアトリエと同じ場所だ。
すぐに用済みになるかと思ったが、このアトリエ、中々長く領主館に存在し続けている。
門衛が扉を叩き、中の人物へと来客を知らせた。
「シェート様、ニア殿がいらっしゃっております」
「あ、はーい」
厳格な雰囲気を醸し出す内装では少々浮く、リージェの返事が響く。
これは、あれだな。自宅に荷物が届けられて受け取りに出るが如くだ。
場所に影響され過ぎない精神性は、美点と言えるだろう。過ぎると欠点だが。
「いらっしゃい、ニア。入って」
「失礼する。――ここまで助かった。感謝する」
「お気遣いありがとうございます。務めの一つですので、何かあれば今後も気兼ねなくお声掛けください」
礼を言った俺に直立したままそう答えると、門衛は来た道を戻って自身の担当場所へと帰っていく。
「カルティエラ殿下のお人柄の賜物なのかな。領主館に勤めてる人も人当たり良くて優しくて、話しやすくなったよね」
「前と比べるのもどうかと思うが、同感だ」
集団の雰囲気は長の性質が影響する。それは間違いない。
アトリエの中に入ると、以前とは部屋の様相が変わっていた。飾り物のように大量に並べられていた本や器具の姿が消え、代わりのように同型に切り揃えられた木材が空間を圧迫している。
「本や器具はどこに行ったんだ?」
「本は……いい加減なものが少なくなくて、そっちをどうするか迷ってるんだけど。器具は折角だからそのまま学校の備品に回したらどうかって話になって、梱包してそっちにあるの」
言ってリージェが指さした先には、積み重なった木箱がある。
「ああ、それは助かるな」
一から揃えていったらまた時間も金もかかる。少しでも両方が浮くならその方がいい。
「それで、これが例の木材ね。大体、面積とマナの最大保有量ごとに分けてみたわ。すぐに加工できるわよ」
ざっと見てみたが、きちんとマナの経路を壊さないように切断されている。全部素材として使用可能だ。
「一番端が受信用の核。後で検分してみて。他は柵を作るつもりだったから均一にしようって思ったんだけど。木像を作る分は木をニアが直接見て取ってきた方がいいかもね」
「同一素材の方がマナの流れが阻害されないからな。そうするか。だがまずは柵だ」
色々事態も変わっているので、当然、優先するべきものも変わってくる。
「柵一本は縦百二十センチ、横三十センチぐらいでいいだろう。その柵に、この魔法陣を彫り込んでくれ」
見本となる図形を描いた紙を取り出して机に広げ、リージェに見せる。
「蓄積系の魔法陣ね。神力専用?」
「そうだ」
「大丈夫? キッフェルは魔力も通すし、ノーウィットって別に神力が豊富ってわけじゃないし」
「そのうち溜まる。そして溜まれば溜まるだけマナの神力割合も高くなっていく。問題ない」
意図して方向性を定めれば、そう遠くないうちに実感できるぐらいの効果も出始めるだろう。
「分かったわ。――でもやっぱり、人手は欲しい! わたしとニアだけだと果てしないわよ!?」
「と言ってもな」
これはキッフェルのマナ経路に沿って彫らないと効果が半減する。俺とリージェ以外にそれが可能な者がいるか?
ノーウィットにいる、もう一人は無理だ。絶対にマナ経路を視ていない。
最低でもトリーシアぐらいの実力は欲しい。彼女ぐらいの力があれば、下絵を付ければ彫り込むことができるだろう。
つまり王宮錬金術士相当の力量だが……。
「……あ」
「当て、思い当たる人いた?」
「カルティエラの教師をしている人物はどうだ」
何等級かは分からないが、王宮錬金術士ではあるはずだ。
「そういえば、ノーウィットに滞在していらっしゃるはずよね。いいんじゃないかな」
賛同は得た。が、その言い様に無視できない、気になる部分があったぞ。
「貴族か?」
「そうらしいわよ。わたしも関われる立場じゃないし、こっちに来てからずっと作業してたから詳しく知らないけど……そこは仕方なくない? カルティエラ殿下の教師だし」
「納得した」
ということは、家格も相応だと思われる。
話を持ち掛けに行くかどうか、迷いさえするな。
だが、人手は欲しい。諦めるのは人物を見てからでも遅くはないのだ。叶わなくても若干腹立たしい思いをするのがせいぜいだろう。
「どうする?」
「行く。――が、俺が行った方がいいか? お前に頼んだ方がいいか?」
「今回はニアの方がいいかも。わたしは応援に派遣された部外者で、カルティエラ殿下が直接頼んでるのがニアだから」
どちらにしろ、身分でごねるようなら協力は見込めない。大した差はないか。
「なら俺が行く。作業を進めていてくれ」
「りょーかーい」
リージェを置いて、アトリエを出る。
俺一人でウロウロしていると不審がられるので、早々に行き会ったメイドを捕まえてカルティエラへの取次ぎを頼む。
応接室で待機して、メイドから侍女へと伝言が渡っていくのを待つことしばし。カルティエラの訪れが告げられた。
「ごきげんよう、おに――ニア。お会いできて嬉しく思います」
優雅に淑女の礼をしてきたが、声に不満が宿っているのが隠せてない。というか、これはわざとだ。
ノーウィットに戻ってきてから会いに行かなかったのが不満なのだと思われる。
だがわざわざ名前までも言い換えたのは、横に連れている人物が要因だ。
「王女殿下におかれましても、ご機嫌麗しく。しかし今この場で再会の喜びを語るのは相応しくないかと」
「……」
合わせて俺も注意と共によそよそしく応じれば、カルティエラは頬を膨らませて抗議してきた。
さすがに行動が幼すぎると、目溢しできる範囲を超えたらしい。後ろに控えているアンリエットが鋭い咳払いをする。
「殿下、マリーエルザ様にご紹介を」
「わ、分かっているわ。――マリーエルザ、彼はニア。町を拡張するにあたって、錬金術が必要となる部分の意見を仰ぎ、協力してもらっています。ニア、こちらはマリーエルザ・アンスチェアー。アンスチェアー伯爵家のご令嬢であり、二等王宮錬金術士でもあります」
伯爵家の娘で、二等か。
これはトリーシアの名前は出さない方がいい気がする。
「はじめまして。お噂はかねがね。お会いできて光栄です」
「こちらこそ。来ていただいて感謝します」
にこりと微笑み、マリーエルザは手を差し伸べてきた。なので挨拶と共に握手を交わす。
彼女の年は十八、九といったところか。背は平均より少し高いかもしれない。
紅の瞳で、癖のない黒髪のストレートを背中の半ばあたりで真っ直ぐ切り揃えている。
そして一番重要なことだが、友好的な態度と裏腹にマリーエルザはどうも俺への敵意がある。
一体何が気に食わなかったのか。思い当たる節がいくつかあるが、どれかは分からん。
「町の拡張工事のために相談がしたいとのことでしたが、具体的にどのような内容でしょう?」
「新しく出来る外周区を護る壁に、錬金術で細工をしたいと考えています。その作業を手伝っていただきたい」
「勿論構いません。国の民を護るためですもの。……あぁ、けれど、殿下の授業時間外のみの話となってしまいますが」
二つ返事で了承した。やはり敵意はひしひしと感じるが。
「マリーエルザ。わたくしの授業は一時休止としましょう。それよりも一刻も早く、苦労している人々を町に迎え入れたいのです」
せっかく王女と親交を深める機会だ。これは貴族として喜ぶまい、と思ったのだが。
「殿下、素晴らしいお心映えでございます。このマリーエルザ、アストライト王家の皆様方を主に戴けたこと、心より誇りに思います」
むしろ待っていた提案が来たとばかりに、白々しいセリフと共に乗り気の姿勢を示した。
「ではご了承いただけた通り、拡張工事の助力に従事しますわ」
「……マリーエルザ、ニアは平民であり、王宮錬金術士の資格を持っているわけでもありません。しかしわたくしが直接依頼をした者です。その点を留意してくださいね」
あまりに物分かりのいいマリーエルザの態度がむしろ心配になった様子で、カルティエラが釘を刺す。
平民に指示されるのを嫌がる貴族は多そうだし、事実多いんだろう。
手伝うどころか邪魔をされたら効率が落ちるだけなので、助かる。
「勿論、殿下の人選に否などございません」
……嘘ではなさそうだ。ただ、身は入っていない。
本来の目的と衝突しないから今はどうでもいい、という気配がする。
「では、よろしくお願いします」
表面上、実に友好的なマリーエルザにそれ以上言えることはない。
カルティエラはやや不安そうな面持ちのままうなずいた。
「それでは殿下、また後程」
せっかく領主館を訪れたのだ。帰るときにはカルティエラに挨拶をしに行こう。
「はいっ。楽しみにしていますね」
会いに行くという約束を口にすれば、カルティエラは素直に顔を輝かせた。それは身内以外の第三者がいる今、出してもいい感情か?
疑問に思ったらやはり駄目だったらしく、アンリエットが再度咳払いをした。
……彼女も大変そうだ。今度喉に良い薬でも差し入れるか。
カルティエラも慌てて表情を引き締めると、俺とマリーエルザを置いて部屋を出た。
王女を見送り、自然の流れで向かい合う。と。
「ようやくお会いできましたね、ニア様。このときをずっと待ち焦がれておりました」
目を細め、不必要に距離を詰めつつ腕に触れてきた。実際に体重をかけるというほどではないが、しな垂れかかる振りをしながら。
「ようやく?」
「ええ。王都で貴方様の噂をよく耳にしていましたわ。その卓越した錬金術の腕を間近で拝見したいと、ずっと願っていたのです」
……目的が俺であることは、嘘ではないようだ。
ただし、俺を持ち上げるような言動は丸きり嘘だ。それどころか彼女からは明確に、怒りや恨みを感じる。
そういえば以前、フレデリカ王女から俺が貴族お抱えの錬金術士に恥をかかせたことになった――という話を聞いた。その関係者か?
俺個人に恨みがあるだけならどうでもいい。だが、確認しなくてはならない。
「一つ聞かせていただきたい。貴女はアストライト国民のため、ノーウィットの住人のため、また国は違えど無力な民のため、代わって力を尽くすつもりがあるか」




