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七話

 しかしまあ、そういうことなら。確かに俺とリージェの関係性なら通じなくもない。


「美味いと思う」

「そっか。じゃあわたしも期待して、いざ」


 頬張ったリージェは、幸福そうな表情をしている。満足なようで何よりだ。


「ところで、これは王女の歓迎会なんだろう。王女がもてなす形になっているが、いいのか?」

「会を開いたのが、町の名士たち。姫様はそれに感謝をして料理を提供。町を救った功労者たちへは、純粋に労いの場。だから貴方たちは気にせず楽しめばいい」

「わ!」


 いつの間に広間に入って来ていたのか、グラージェスで会った双子がしっかり皿を手にして側にいた。無論、料理も獲得済み。


「でもそれはそれとして、姫様は個別に貴方たちと話すことを所望」

「会が終わったら、少し待っていてほしい」

「それは断れるのか?」

「命令じゃなくて要望だから、断ってもいい、はず?」


 断る人間はやはり少ないらしく、首を傾げつつシェルマは言う。

 しかし、そうか。断ってもいいのか。なら……。


「ニア! 断っちゃ駄目なやつ!」


 傾いていた天秤を見透かして、リージェは大きく首を横に振る。


「姫様、いい子。断っても怒ったりしない。でも、がっかりすると思う。姫様ががっかりするの、シェルマも悲しい」

「リェフマも」


 更には双子から大真面目に訴えられた。

 シェルマとリェフマにとって、カルティエラ姫が大切な――『好き』な相手であることは伝わってきた。


 好きな相手ががっかりするのは、確かに見ていて気分のいいものじゃない。むしろ心がざわついてこっちも気分が落ち込む。できる限り避けたい。


 彼女たちがそういう気持ちになると分かっていて、気が乗らないというだけの理由で断るのはやや非情な気がする。

 知ってしまう度、面倒なことが多いな。感情というものは。


 一人だったときは、こんな厄介事はなかった。平穏で淡々と続く、変化のない日々。その生活に不満はない。今でもだ。求めてもいる。


 だが、人と付き合うままならなさを、悪くないと思っている俺もいる。

 穏やかさは遠のくが、温かさは増す。そしてその温もりは、意思を持つ自分以外の生き物と共に在らなければ手に入らないものだ。


「分かった。会おう」

「感謝!」


 ほぼ断る選択肢がない誘いとはいえ、納得して行った方が先方も気は楽だろう。


「しかし、王女が一体何の用だ? グラージェスの件を話したのか?」

「話してない」

「結界制作に関わった錬金術士だってことも、今知った」


 きっぱりと否定された。名乗っていないし、それはそうか。


「姫様、結界を作り上げた錬金術士である、貴方たち皆をお招き」

「作ってほしいものがある。でも、トリーシア様は難しそう。皆で力を合わせたら、できる?」


 ……成程。前回、難度の高い品を複数人で完成させたから、同じ状況で試そうというのか。

 発想自体は的外れとは言えない。品物によっては有効だろう。時間が厳密に決まっているやつとかな。


「まずは話を聞いてみないと、何とも言えない」


 十中八、九、姉姫へ送る星咲の花の香りがする香水なんだろうが。


「分かった」

「姫様に、了承してもらったこと伝えに戻る。ゆっくり楽しんで」


 ぺこりと頭を下げ、双子は会場から出て言った。

 やはり、会場に居続けはしないんだな。


「――シェルマちゃんとリェフマちゃん、どうしたの?」

「わ!」


 入れ替わりに近付いてきたイルミナに、リージェは驚いた声を上げる。ずっと双子の背中を追っていたせいで、イルミナに気付かなかったのだ。


「ごめん。ちょっといきなりだったね」

「だ、大丈夫です。わたしがぼうっとしていただけなので」


 本当にな。一つのことに気を取られすぎだ。

 周囲の雑音に左右され難いという点では、錬金術向きの素養とも言えるかもしれんが。


「どうも、王女が錬金術士に用があるらしいぞ。あいつらとはグラージェスに素材を仕入れに来ているときに遭遇した」

「そうだったんだ」


 特に話す必要を感じなかったから、俺もリージェもイルミナに双子のことは話していない。


「お前は王女から聞いていないのか?」

「うん。カルティエラ殿下に個人的な相談をしてもらえるほど、親しくはないかな」

「なのに、今日は側に控えていたのか」

「立場が丁度いいからって、ちょっとね。殿下はシェルマちゃんとリェフマちゃんと仲がいいけど、彼女たちを重用されたくない人も一定数いて、難しいの」


 王の意向にも反発していそうだ。だからこそ表立って重用したり宣言を出すのではなく、こういった小さな場から存在を公に認める、という方法を取っているんだろうが。


「双子とはどういう関係だ?」


 言い様からして、王女よりは近いしい距離感のように思えるが。


「王宮騎士の同僚だから、それなりに付き合いがあるかな。二人が殿下の親衛隊に入った後は、会う機会が減ったけど」


 やはり所属が違うらしい。

 双子は王女の個人的な専属で、イルミナは別部隊なのだろう。


「しかしそれなら、王女の側を離れていいのか?」


 今のイルミナは王女の護衛なんだろう?


「本当は良くないけど、ノーウィットは大丈夫そうだから、少しだけ。どうしてもニアさんと話したくて、無理をお願いしたの」

「俺と? 後でもいいだろうに」


 機会を逃したら話せなくなるような立場でもなし。


「うん。でも今がいいなって。――あのね、とても、良く似合ってる。格好良くて見惚れました」


 にこりと笑って、嬉しそうに褒めてきた。


 言葉に嘘はないんだが、何となく、今のイルミナは大概のことで俺を肯定的に捉えそうな気配がある……。


「なら、まあ、良かった。礼は言っておく」


 とはいえ、好意的な感想に悪い気はしない。


「ううん。ニアさんには嬉しくなかったかもしれないけど、実はトリーシアさんにも感謝してるの」

「嬉しくはないが、この広間の人数を見れば、あいつが強行したのも分からなくはない」

「そう言ってもらえるとほっとする。ありがとう」


 無駄な出費だし無駄な時間だし無駄な面倒が降りかかってきつつあるが、一人が無駄に気落ちせずに済む一助になったのなら、諸々、無駄とは言えまい。


「じゃあ、また後で」

「ああ」


 本当に、その一言を言うためだけに強引に離れてきたらしい。伝えたいことを伝えた満足そうな微笑を浮かべて、イルミナは王女の元へと戻っていった。


 と、隣でリージェがくん、と服の裾を摘まんで引っ張ってくる。軽くだが。


「どうした」

「言っとくけど、機会がなかっただけだから。わたしも、今日のニアは恰好いいと思ってる」


 先を越された気分なのか、リージェの声は拗ねている。


 コートを脱いでからこちら、服を褒め合える空気じゃなかったからな。先日の件もあって、ためらってもいただろうし。


 今の表情も、思っていたことを叶えた安堵と、言ってしまった後悔の両方が窺える。

 それでも、リージェは口にする方を選択した。


「ありがたく受け取っておく」

「う、うん」


 リージェからの褒め言葉も、素直にもらっておくことにしよう。


 しかし、イルミナとリージェのこの反応。

 普段からもう少し身形に気を遣った方がいいんだろうかと、考えずにはいられない。




 歓迎会は三時間ほどでお開きとなり、解散となった。


 初めに王女が退出して、その後町の名士たちも会場を後にしていく。揃って解放感に肩の力を抜いていたのが印象深い。せめて館の外まで気を張っていた方がよくないか?


 まあ、そんなにうるさくは言われないだろうが。期待されていないとも言う。


 やはり慣れていなくて望んでもいないことは、名誉であっても嬉しくはないらしい。魔物も人も変わらない。


 一方で、王女から呼ばれている俺たちは待機だ。トリーシアもいる。

 あいつも、王女の用件は察せているんだろう。また眉が寄っている。


 良い気分でないことは間違いない。王女からの依頼がこなせず、挙句他の人間の助力を得ることになったのだから。


 自尊心の高いトリーシアだ。屈辱的に感じているのは察して余りある。


「錬金術士の皆様方、お待たせいたしました。カルティエラ殿下がお呼びでございます」


 俺たちを呼びに来たのは、広間でも合図を出していた中年の侍女。

 カルティエラ姫に付いて来た侍女の中で、一番位が高いのが彼女なのだと思われた。


 案内されるまま、俺たちは彼女の後に付いて行く。トリーシア、リージェ、俺の順だ。

 行き先はトリーシアのアトリエがある棟とは別だった。なるほど、こちらは居住区の感じが強い。


 二階の一室に辿り着き、侍女は扉をノックする。


「姫様、錬金術士の皆様をお連れしました」

「ありがとう、アンリエット。お通しして」

「失礼いたします」


 扉の先に広がる部屋は、当然と言えば当然だが、生活感が薄い。家具は新しく買い揃えたらしく、ほとんどが真新しかった。

 一部年月を感じる品があるのは、愛用品だろうか。


「ようこそ、いらっしゃいませ。急な誘いにも拘らず応じてくださったこと、感謝いたします」

「ご機嫌麗しく、カルティエラ殿下。お招きに与り光栄ですわ」


 俺たちの代表のような感じで、トリーシアがそう挨拶をしてくれる。

 王女はぎこちない微笑みを浮かべながら俺たちを順に見て、一つうなずいた。


「さあ、どうぞこちらへ。アンリエット、お茶をお願い」

「かしこまりました」


 部屋にいた他の侍女たちに促され、俺たちはそれぞれ席に着く。

 王女と同じテーブルか。これも、普通ならばあり得ないんだろうな。

 すぐにテーブルにお茶と菓子類が並べられる。会場のシェフたちに負けず劣らず手際がいい。


「皆様もお疲れだと思うので、早速、用件に入らせていただきますね。ご存知かもしれませんが、わたくしの姉の一人が、近く誕生日を迎えるのです」


 どうやら、想像した通りの用件だ。ほっとする。


「お姉様に送る品物を用立てたいのですが、トリーシアに聞いたところ、少々難しいようなのです。そこで皆様にもご協力願えないかと思い、こうして集まっていただきました。いかがでしょうか?」


 王女は直接、こちらを見ている。これは直答しても構わないのか。

 トリーシアへ目を向けると、彼女は不承不承、うなずいた。


「まずは、求めている品を説明してもらわなければ答えようがないが」


 と、答えた瞬間。


「うわわわわわッ!」

「た、正しくはできなくても、せめて敬語にする努力をなさいッ!!」


 リージェとトリーシアが蒼白になり、腰さえ浮かせて指摘してくる。

 一方で王女は驚いた様子で目を丸くして、数回瞬きをしてからにっこりと微笑む。


「いいえ。どうぞ、お気になさらないで。わたくし、お父様以外の男性からそのように親しく声を掛けられたのは初めてです。もしお兄様がいたら、このような感じなのでしょうか」

「殿下! それはあまりに過分なお言葉ですわ!」

「そう、でしょうか?」

「そうです」


 自信がなさげな王女に反して、トリーシアは力強く断言。常識的に言えば、俺もトリーシアが正しいのだと思う。魔物の俺が人間の常識を語るのも奇妙だが。


「と、とりあえず、どのような品をお求めなのか教えていただけますか?」


 質問は己が買って出ることにしたらしい。リージェが改めて聞き直す。


「トリーシアには説明しましたので、お二人にお伝えしますね。星咲の花、という花をご存知でしょうか」

「はい」


 実物を知ったのはつい最近だが、嘘ではない。答えたリージェに俺もうなずいて同意を示した。


「皆様には、星咲の花の香りの香水を作って頂きたいのです。通常の方法で再現するのは難しいとのことで、こうして錬金術士の皆様に依頼をしたのですが……」


 それでも難しい、ということはトリーシア経由ですでに分かっている。


 そして俺には王宮錬金術士――一流の称号を持つトリーシアができないことをやって、無駄に目立つつもりはない。


 がっかりさせることにはなるが、程度の問題で俺は自分の保身を選ぶ。プレゼントは、諦めて別の品を送ってくれ。


「その、申し訳ありません。我が身の未熟を恥じるばかりですが、トリーシア様に難しいのであれば、わたしに出来るとは思えません」

「同じく」


 リージェに便乗して、俺も不可能だと告げる。

 途端、トリーシアから納得していない視線を送られたが、気付かなかったことにした。


「……そうですか」


 予想はしていたのだろう。落胆は隠せていないが、王女は素直にこちらの言い分を認める。


「分かりました。時間を取らせて申し訳ありませんでしたね。せっかくです。よければ錬金術の話などを聞かせて……」


 呼びつけた手前、用が済んで追い出すだけというのも気が引けたのか、王女はそんな提案をしてくる。

 その途中で不自然に言葉が切れたのは、ブブ、という虫の羽音がしたせいだ。

 顔を強張らせ、出所を探して首を回す。


「そこだ」


 俺が差したのは窓の側。陽の当たる場所として選ばれたんだろう、花瓶の辺り。そこには件の星咲の花が活けられている。


 別に珍しいことでもないんだろうが、蜂系の魔物が蜜を集めている最中だった。魔力の程度から見て、結界の対象にするのが難しいタイプだ。

 体はくすんだ灰色。尻の部分には黒の縞模様がある。見たことのない種だな。


「きゃあっ!」


 正体を自分の目で見て余程衝撃だったのか、王女は椅子から立ち上がり、少しでも花瓶から距離を取ろうと移動した。


 見ればリージェとトリーシアもだ。というか、侍女たちもか。


「ニ、ニア! 危ない危ないッ」

「別に危なくはないぞ? こちらを攻撃する意思を感じない」


 邪魔をすれば別だろうが。


 部屋の中を緊張が支配する中、蜂はせっせと足に花粉で固めた蜜を集めて、自分が持てる適量を確保すると飛び去って行った。


 羽音が遠くに消え失せると、ようやく部屋の中の空気が緩む。


 ……しかし、少し妙だな。ここに来るまでも花は沢山あっただろうに。わざわざ他の生物の気配の濃い部屋に入ってまで、星咲の花を選ぶとは。

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