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あの頃には戻れない悲しみを  作者: 無位無冠
4/4

後編2

2/11 ご指摘により誤字を修正しました。

2/12 後書きを追記しました。本文に少し加筆しました。

2/20 ご指摘により誤字・表現を修正しました。


「そこはその種じゃ駄目。青い花はあわない。黄色の花のほうがいい!」


 小さな女の子が、種を植えようとする男の子を止める。


「えー。青だよ。それにウルストラはさっきそこに赤く咲くやつ植えたじゃないか」


 男の子は、女の子が植えた場所を指差した。女の子は頬をふくらませて怒る。


「こらこら、喧嘩をするな」


 老人が二人の間に割って入ると、二人の子供は左右から老人の服を引っ張った。


「テオフィル様! ここは黄色だよね?」


「絶対に青!」


「ははははは、儂にもわからんよ。だから、まずはアーネストのを試してみよう」


 子どもたちに引っ張られて、左右に揺れながら、言い聞かせるように頭を撫でる。


「そんなー」


 女の子の目にみるみる涙がたまる。老人は女の子を抱き上げて、背中を優しく叩いた。


「ウルストラの言うとおり、青が合わなかったら来年は黄色だ」


「黄色も駄目だったら?」


 女の子が老人の胸にうずめていた顔を上げる。


「また次に赤で白でも、みんなで少しずつ良くしていけばいい。急いで作ることはない」


「お祖父様、急いだらだめなの?」


 男の子が老人の背中にくっついて甘える。


「駄目じゃないさ。でも、急いだら、曲がってしまうこともある」


「まがる?」

 

「そう。儂は昔、大きな失敗をしてしまった。だから、今度は急がないことにしたんだよ」


 老人は落ち着いた女の子を降ろし、男の子の頭に手を置いた。


「ふーん。そうなんだ」


 老人に構ってもらえて、うれしそうにする男の子。


 女の子が自分も構ってほしいとばかりに老人の裾を引っ張る。


「ねー、みんなってわたしも?」


「勿論だよウルストラ。アーネストの父も母も、ウルストラのご両親も、みんなでいっぱい時間をかけて作っていこう」

 

 老人が男の子に、種を手渡す。男の子は喜んで種を植え始めた。


 老人がそれを目を細めて眺めていると、女の子がしがみついてきた。


「どうしたんだい?ウルストラ」


「テオフィル様、おじいちゃんなのに大丈夫?」


 不安な気持ちいっぱいで見つめてくる女の子。老人は女の子の頭を撫でる。

 

「大丈夫さ、やさしいウルストラ。お前たちが幸福を知るときまで、大丈夫だよ」


 老人が青い花の種を女の子に渡した。そして、男の子の隣に行くように背中を押してやる。


「こーふくって?」


 女の子が男の子の隣で種を植えながら問いかける。


「幸福かい? そうだな、みんなで美味しいものを食べるだろう――」 








「クライン家のことはこれくらいかな。どう? まだ聞きたいことはある?」


 先程から渦巻いている暗い気持ちを押し込めて、マルガレーテを見る。


 そういえば、どうしてエリザベートの侍女がアーネストの婚約者になったのだろう。それに、侍女は辞めたと言っていたが、それでも彼女にとって自分は敵だったはずだ。それが、随分と親身になってくれる。やはり何か裏があるのではと勘ぐってしまう。


「マルガレーテ……さんは、どうしてアーネストの婚約者に? それと、どうして私に色々教えてくれるの? 侍女は辞めても、ウィケッド公爵の一族なのに……」


「その二つは関係有るわ。まず、どうして追い返さずに教えるのか。それは、私があなたに感謝しているから」


「感謝?」


「ええ、そうよ。あなたのお陰で、男爵家に嫁ぐことができるんだもの。私はシュパニエン男爵家の末子。うちの身代(しんだい)からして順番的に私が嫁げるのはたぶん騎士家くらいになるわ。エリザベート様の侍女だから騎士でもそれなりの家になるのだろうけれど、兄姉に差をつけられて嫌だったのよ」


「私が許嫁を解消したから、男爵家のアーネストと結婚できるということね」


 こんな……地位しか考えていない人に……。


 テーブルの下で、おもわず拳を固める。

 こんな人と一緒になったら、アーネストが可哀想だ。


 一言でも言ってやろうとしたが、それより先にマルガレーテが指を突きつけてきた。


「それと、どうして婚約者になったのかだけど、知っているかしら? あなたがエリザベート様からラディスラウム殿下を奪ったことで何が起こったか?」


「それは……王国が……それに、奪ったなんて……」


 自分たちのことが発端で、王国が混乱してしまっていることはわかっている。だけど、愛し合ったのだから奪ったなんて言われたくなかった。


 しかし、固めていた拳は力を失い、弱々しく解いてしまう。


「ああ、違う違う。やっぱり知らないか。エイチンクには得しかなかったから、知らないのも無理はないのだけど」


「エイチンク以外では、他になにかあったっていうの?」


「簡単にいえば、ウィケッド派貴族との婚約解消よ。ああ、いくつか離縁もあるわね」


「どういうこと。私たちのことで、どうしてそんなことが……」


「エリザベート様と殿下との婚約は、お二人が幼いときにアルブレヒト陛下の差配で決められた。当然、未来の王妃に皆がお近づきになりたい。ウィケッド派以外の家がどうするか、わかるでしょう?」


 弱小であるが自分だって男爵家の出だ。そこまで言われれば、何があるのか察しはつく。


「ウィケッド一族……それも、エリザベートと同世代の人物との結婚……」


「そうよ。でも、あなたのせいでそれはご破算になった。私の兄もその中に含まれる。私もいくつか話だけはあったそうだけどね。もちろん、そのままなんて家もあるけれど、あくまで少数よ。他にも我がシュパニエン家のように、親が出身派閥の違いで離縁なんていうのもあるわ」


「両親が……離縁……」


 王国貴族は家門を重要視している。しかし結婚し、子供までいるのに、そんな事態にまでなるとは思いもしていなかった。


「ええ。でも、うちはドワルドの反乱の後に復縁したわ。母の実家を父が助けに行って、見事に仲直り。私もシュパニエンに戻ったってわけ。それはともかく、一時は母について中立派にいたけれど、私はウィケッド出身だから動向を疑われて腫れ物のように扱われた」


 少し顔をうつむかせ、一転して重い口調で話し続けるマルガレーテ。その様子は、一見するとつらい生活を思い出しているようにも見える。

 しかし、ウルストラは、エリザベートに囁かれたのと同じ悪寒を感じていた。そして、何か失敗をしてしまうのではないかという嫌な予感がする。


「そんな時に出会ったのがアーネストだったわ。そこで、クライン家も王家を支持する派閥内では持て余されていたから、問題が出る前に腫れ物同士をくっつけておこうってね。派閥で話がまとまって、あっという間に婚約成立」


 ウルストラは思わずテーブルを叩いて立ち上がった。テーブルに置かれた二つの(カップ)が倒れそうになる。


 私だ。私が……二人を結びつけたんだ……。私が、アーネストとこの女を……。


 マルガレーテは、狼狽えるウルストラを面白そうに眺めている。そんな様子を見ても、腹立たしい気持ちがおきない。


 自分が原因で、自分の場所であったところがなくなってしまった。それも、アーネストへの愛がない、地位だけを求める女のものになる。


「あなたのお陰で、男爵家のアーネスト様と結ばれるの。だから感謝しているわ」


「そんな……」


「しかし、アーネスト様とはまだ短い付き合いだけど、あなたが殿下を選んだ理由はなんとなくわかるわ。だって、アーネスト様って、つまらない(ひと)だもの」


 つまらないことなんてない。アーネストは真面目なだけだ。


「顔も平凡だし、エスコートも普通だった」


 私はアーネストの良さを知っている。


「正直、物足りないと思ってしまう。……でもね」


 知っている。知っていたのに、見えなくなっていたんだ。


「すごく……すごく不器用だけれども、大切にしてくれているってわかるのよ。まるで、触ったら壊れるとでも思っているような。そんな風な臆病で(つたな)い。けれど、すごく大切な存在にしてくれている」


 ラディスラウム殿下に惹かれて、アーネストの、大切な人のことが見えなくなっていた。方法が違うだけなのに、比べてしまって、殿下の方がアーネストよりも愛してくれていると思い込んだんだ。


「今はまだだけど、たぶん……いえ、きっと、私はアーネスト様を愛するようになるわ」


 決意表明のように紡がれた言葉が、ウルストラの耳を打つ。そして、マルガレーテの譲らないという強い瞳によって、椅子に沈み込むんでしまう。


「あなたが来たときは戸惑ってしまったけれど、アーネスト様とのことを見直すのに、ちょうど良かったかもしれないわね。これにも感謝しておくわ」


 ウルストラは力なく椅子に座っていて、もはや何も考えられなかった。自分の愚かな思い違いが、アーネストを傷つけてしまった。


「もう一つだけ良いことを教えてあげる」


 マルガレーテは立ち上がり、ウルストラに近づいて目を合わせるようにしゃがんだ。


「殿下の周りや王宮の人物にはくれぐれも気をつけなさい。エリザベート様は、あなたを許しはしないってことを忘れないことね」


「殿下の周りや王宮って……どういうことなの?」


 声を絞り出すようにしてどうにか問いかける。自分が、縋ることができる数少ない場所が危険だなんて信じたくなかった。

 だが、マルガレーテは首を振って答えることを拒む。そして、拒絶するように背を向けて、屋敷の外へ向かおうとする。


「もう行きなさい。さすがに寄り道が過ぎると大事になるわ」


 ウルストラは、緩慢な動きで立ち上がり、覚束ない足取りでマルガレーテに続いて歩く。

 塀の外に出ると、来たときよりも少しだけ片付いていた。侍女が片付ける手を止め、頭を下げる。少し離れたところで待っている御者も、出発の用意に取り掛かっているのが見えた。


「ウルストラ様、本日は当家にお越しいただきありがとうございました。大したおもてなしも出来ず、恐縮でございます」


「……いいえ、私の方こそ……ありがとうございます」


 こんな思いをするのなら、来なければよかった。ただテオフィルに供える花が欲しかっただけなのに、自分が見えていなかったことに気付かされてしまった。


 もうここに来ることはないだろうと思い、屋敷を見上げる。涙が出てきそうであったが、どうにか振り払って歩き出そうとした時、聞き慣れた声が飛び込んできた。


「おーい! マルガレーテ!」


 貴族服の男が走ってくる。大きく手を振りながら、一直線にこちらへ走ってくる。


「アーネスト」


 自分が愛し、そして愛してくれた人。思わずアーネストの元へ駆け出しそうになる。だが、その前にマルガレーテがアーネストに駆け寄った。


「アーネスト様、どうされたのですか? まだ王宮にいるはずでは?」


「聞いてくれマルガレーテ! 今度、新しい仕事を任せてもらえることになったんだ」


「まあ! おめでとうございます」


「ああ。ありがとう。支えてくれた君のおかげだ。これから、忙しくなる……から……」


 アーネストと目が合った。信じられない物を見る目。今まで彼にこんな目で見られたことはなかった。そして、それだけのことをしてしまったのだと、思い至る。


「ウル、ストラ……様、どうして……」


「アーネスト……」


 お互い言葉が出てこなかった。でも、取り返しがつかなくても、もう一度謝りたいと思った。


「アーネスト、私っ」


「ウルストラ様は偶然通りかかったそうなのです。花が荒らされていた理由がお気になったらしいので、私からご説明いたしました。ちょうどお帰りになるところなので、お引き止めしては申し訳ありませんわ」


「そうか」


 ほっとした様子を見せるアーネスト。もう顔をそらして、自分を見ようともしてくれない。


 邪魔をしたマルガレーテが恨めしかった。


「アーネスト様がお忙しくなるのなら、花壇の花はどうしましょうか。早く以前のようにしたいのですが、私ではわからないことが多くて……」


「いいんだよ、わからなくて。僕だってわかっていないんだから」


「それじゃあ、庭の花壇はお義父様かお義母様が?」


「いいや、みんなでやったんだ。少しずつ少しずつ、何年もかけてね」


 アーネストが昔を懐かしむ顔をする。ウルストラも、遠くなったテオフィルの教えを思い出した。


「急いじゃいけない。時間をかけて、いっしょに作っていこう」


「でも……私が口出しして、おかしくなってしまっては……」


「構わない。そしたら次の年に別の花を植えたら良いだけさ。僕は君と幸福を作っていきたいんだ」


「アーネスト様……」


 マルガレーテの頬が赤く染まる。侍女も口元に手をやって驚いていた。


「そうしてくれるかい、マルガレーテ?」


 不安そうに手を差し伸べるアーネスト。マルガレーテは、その手を取り、うなずいた。


「もちろんです」


 嬉しそうにする二人をウルストラは見ているしかなかった。どうして自分がそこにいないのかを問いながら。


 見えなくなっていた。忘れてしまっていた。すごく身近に、いつもあったというのに。幸福な時間が、その記憶が次々に流れて、離れてしまう。


 いつの間にか、アーネストが目の前にやってきていた。


「アーネスト」


「ウルストラ、様。これを……」


 差し出される一輪の花。刺繍にもしている、お気に入りの青い花。


「……どうか、お幸せになりますよう……」


 差し出される花を、受け取るしかなかった。









 ウルストラは馬車後部の窓から遠ざかっていくクライン邸を眺めていた。


 アーネストとマルガレーテが、手を繋いで屋敷に戻っていく。本当なら、そこにいるのはマルガレーテではなく、自分だったのだ。


 あの家で、みんなと過ごす幸福な日々を送るのはマルガレーテではなかったのだ。


 花を握りしめ、涙を流す。御者に悟られないように、声も押し殺す。


「ごめんなさい、テオフィル様」


 せっかく作った幸福を壊してしまって。


「ごめんなさい、おじさん、おばさん」


 みんなの幸福を台無しにしてしまって。


「ごめん……なさい、アーネスト」


 あなたがくれる幸福を当たり前のものだと思ってしまって。


 もう自分は、みんながいる、あの優しく幸せに満ちた場所(いえ)に帰ることができない。


 自分は、幸せになることができるかわからない場所に帰らないといけない。


 あの頃には戻れない悲しみを。


 それを抱いて、これからずっと生きていかなければならない。


 もう幸福は、見えなくなってしまっていた。









 エリザベート・ウィケッドが関わった政策に外すことができない人物は、アーネスト・クラインであろう。実直な人柄と伝えられ、信頼を裏切ることがなかった人物であったそうだ。

 愛妻家とも知られ、夫婦仲睦まじく花の手入れをしている絵画が残されている。そして、アーネストとその妻が生涯をかけて作った庭園は、今でも人々の心を和ませ続けている。


 庭園史で名を残したアーネストだが、作家には半ば見て見ぬふりをされている。ウルストラの許嫁であったという伝承が残るアーネスト。ラディスラウムとウルストラの身分を越えたロマンスに、エリザベート以外の許嫁が登場する余地はなかったのだ。


 また、クライン家には有名な童話の原本が保存されている。

 婚約者と仲睦まじく過ごしていた女性が、ある日美しい王子に魅了の魔法をかけられてしまった。女性は全てを忘れ、王子と結婚することになる。だが、婚約者がくれた花がきっかけで記憶を取り戻し、婚約者の家に戻って幸せに暮らしたという話だ。

 現在では大きく話しは変わっており、広く知られてはいないが、この話はラディスラウムとウルストラ、そしてアーネストではないかとも言われている。

 本作をお読み頂き、ありがとうございます。楽しんで頂けましたでしょうか。

 急いで仕上げたので、おかしい部分もあるかもしれません。お許し下さい。


2/12 追記

 本作『あの頃には戻れない悲しみを』はウルストラ視点での話になりました。

 ウルストラは教育不足のために、政治の世界から切り離されています。そのためにエリザベートとラディスラウムの会話を理解できていません。

 苦境のラディスラウムがどうなるかは、次次作になります。


 次作はヴィルマ視点となります。今度こそ前後編です。


 予定ではあと三作ですので、お付き合いくだされば幸いです。

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