幽霊少女
ふわりと揺れる白いカーテンから現れたのは、自分より年下かと思われる幼い顔立ちの少女だった。その少女は少し恥ずかしそうに俯き、上目使いで僕を見る。それはまるで、僕がいる事を確認するかのような、不安と優しさ兼ね備えた瞳だった。
「え、えっと……」
何とか言葉を紡ぎ出そうと、喉の底に隠れている言葉の束を取り出そうとするが、僕にそんな束があるはずもない。こんな事なら賢汰郎相手でも、もう少し真面目に相手をしていれば良かった。いや、僕はいつも真面目だよ?真面目に面倒臭がっているんだ。だから、超真面目。
だが、いつまでもこんな沈黙を続けていては、まるで古い漫画の背景に大きく『しーん』と書かれてしまいそうだ。まあ、昨今の漫画にそういう描写はあまり書かれないんだけど、80年代から90年代中盤に掛けては、そういう『擬音』と呼ばれる手法で静寂を表現するのが多い。でも、大抵はギャグ漫画とかなんだけどね。
やがてこの沈黙に耐えかねたのか、目の前にいる少女が僕の目を見た。少女は少女なりに言葉を探していたようだ。
「こ、こんにちは。野口君……」
「え、えっと…はい、こんにちは……」
「私の名前は吉野 喩莉、三年生だよ」
(なん・・・だと・・・!?)
僕は虚を突かれように、その場に立ち尽くしてしまった。だって…そうだろう?こんなに幼い顔立ちの少女が自分よりも年上だなんて、ラノベやアニメの設定上の人物で、本当に実在するなんてこれっぽっちも思わないじゃないか。ロリ教師やロリ寮長やロリ…ロリについての知識はある程度ではあるが備えている。だが、ロリお姉さんとか、そんな嬉s…じゃなくて、そんな嬉しい事があって良いのだろうか!?いやもう声を大にして言いたい!!ロリお姉さん最強ッ!!
「え、えっと…どうしたの…かなぁ…?」
「・・・は!?いえ、何でもないです先輩。それで、どうして僕の名前を?あ、一応名乗っておくと、一年の野口 真です。不束者ですが宜しくお願い致します」
「いえいえ、こちらこそ若輩者では御座いますが…って、この挨拶おかしくない?」
「おかしい…のか…!?」
自己紹介なんて、バイトの面接くらいでしかやらないから分からない…。ほら、バイトの面接って『自己紹介からお願いします』から始まるじゃん?だから、一応それっぽい事を伝えられるけど、こうも歳が近いと何だか気恥しくて、どうやって自己を紹介すればいいのやら…てか、これじゃ事故紹介なまである。
───全然上手くないね!!
「ま、まあ…それはそれとして、僕に何の用事ですか?」
「・・・・・・」
あ、あれ?何で黙るんでしょうかねぇ?質問して黙られると、逆にプレッシャー感じるんですけど?面接で『最後に質問等はありますか』と聞かれて質問して面接官が絶句してる時とか、もう冷や汗が滝のように流れるからね?質問を聞いて絶句するのは本当にやめて!!トラウマになっちゃうから!!
これはどうすれば良いものかと頭を悩ませていたが、ようやく吉野先輩が口を開いてくれた。
「───野口君は、幽霊って信じる?」
「幽霊…ですか…?」
これまた唐突な質問だ。だが、この質問次第で今後どういうルートに進むか分からない。ここは身長に事を構えるべきだろう。取り敢えずセーブ、セーブさせて?え?出来ない?まあ、そうですよね。人生なんてセーブ出来ないオワタ式ゲームと同じですからね。
今一度僕は吉野先輩を見る。
吉野先輩の目は本気だった。冗談でこんな質問をしているとは思えない程に、僕の目を真っ直ぐ見つめている。だから、この場で茶化して質問を流すという事は出来ないだろう。それは、きっと駄目なんだ。この目を見ると、何だかそんな気がして来る。
「見える見えないは別として…い、いたらいいな…とは思います」
「そっか……」
僕の答えを聞いて、先輩の顔から緊張の色が解けた。そこまで緊張して問いかけるような質問だっただろうか?それを僕は吉野先輩への質問にした。
「それがどうかしたんですか…?」
そして、僕はその質問をした事を、後悔する事になる。自分が予想している答えとは全く違う…寧ろ、その答えは存在しないと自分で決めつけ、それが『常識』なのだと思っていたのだ。だが、吉野 喩莉という少女は、そんな答えをさも簡単に、口からゆっくりと零すのである。
「私、幽霊なの───」
* * *
昼休みが終わり、僕は教室へと戻って来た。ガラガラと音を立てて教室の扉を開くと、もう数人のクラスメイトは次の授業の準備を気怠そうに待っている。席に着いていない奴もチラホラといるが、そいつらは自分達のグループの会話が楽しいらしく、和気藹々と話に花を咲かせていた。そんな中、席に座っていた賢汰郎と目が合った。賢汰郎は「真!」と手を振り、僕を自分の席に呼んだ。僕は一つだけ頭を縦に振り、自分の席に戻った。
「って、何でだよ!?今のは俺の所に来る流れだろ!?」
賢汰郎は椅子から立ち上がると、僕の席に駆け寄り猛抗議をしだした。
「あれだろ?〝察してくれ〟ってやつ。嫌だなぁ賢汰郎。僕がそんなに優しい人間だと思う?長い付き合い何だから、そろそろ僕の思考を察してよ」
「お前が察しないのに俺に強要するのかよ!?」
あー、暑苦しい。夏場の教室は暑いんだから、そんなに耳元でギャーギャーピーピーエーピー騒がないでくれ。
「で、どうだったんだ…?何があった?」
「うーん…なんて言えばいいのか…夏らしいと言えば夏らしいんだけど、やはりそういうのはオールシーズン聞いても面白いとは思うんだよね。ただ、現実味が無いと言うか…」
「真…何の話だよ…」
「それについては、賢汰郎の意見も聞きたいんだけどさ。賢汰郎って一応クラス委員でもあるじゃん。クラス委員って事は、それなりに三年生とも繋がりがあるでしょ?」
それに、サッカー部にも所属しているので、三年との交流は僕より賢汰郎の方が多い。
「吉野 喩莉って先輩、知ってる?」
「いや、知らないなぁ…」
「だよねぇ…」
いくら賢汰郎と言えども、いくらイケメンと言えども分からない事はある。なんだよこのイケメン、本当に使えないなぁ。爆発すればいいのに。
「真、一体何があったんだ?」
「それについてはまた後で話すよ、もう直ぐ先生が来るから」
「分かった。また後でな」
賢汰郎は渋々自分の席に戻り、授業の準備に取り掛かった。
さて、だ──────
無能イケメンが言うには、少なくとも知り合いに『吉野 喩莉』という生徒はいない。だからと言って、賢汰郎が三年女子を全員知っている訳でもないので、『吉野 喩莉はこの学校に存在しない』という説明にはならない。保健室を出た時、冴木先生に詳しい話しを聞こうと思ったのだが、体良く流されてしまった。もう一度冴木先生に話しを聞いた方がいい。信じるのはそれからでも遅くない。
信じる───?
僕は、あのトンデモ話を信じようと思っているのだろうか?だって自分の事を『幽霊です』なんて名乗る幽霊いるか?いや、幽霊に会った事がないから、実際は幽霊って出会った相手に「幽霊です」と自己紹介するのかもしれない。しれなくねぇよ、有り得ないだろ。だから、考えられる可能性は『冗談』なのだが、だとすると冴木先生もグルだという事になる。教員と生徒がグルになって、僕みたいなのにドッキリを仕掛けるのだろうか?否、そんなの何のメリットも無い。第一、先生は楽しいかもしれないが、吉野先輩はそれで楽しいのか?という疑問が残る。見ず知らず、接点も無い相手をドッキリにはめたって何が楽しいんだ?まあ、確かに海外の誰かも分からない人がドッキリにはめられている様をテレビで観るのは面白いけど、やる側と見る側では全く異なるのだ。つまり、吉野先輩が言っている事は、本当の事だと仮説するけど…何の為に?僕にそれを伝えた所で、吉野先輩に何かメリットがあるのだろうか?メリットメリット考えてると、頭の中で『リンスの要らないメリット~♪』ってCMが流れる。リンスの要らないメリットって何?寧ろリンスが無いデメリットの方がありそうだよ?てかそんな事どうでもいいんだよ…。
午後の授業はそんな事を考えていたらあっという間に終わっていた。ほほう、これはなかなか良い暇潰しですぞ?おかげでノートも真っ白!なんて綺麗なノートなんだろう……。
僕が真っ白のノートのページを絶望の色で染め上げるかのような目で見ていると、賢汰郎が僕の両肩を譲った。
「おい真!?大丈夫か!?」
「ああ…問題無い…」
「いやいや、問題あるだろ…ノート真っ白じゃないか…」
そう、何も書いてないんだよね…これは次のテストマジでヤバいですな、あはは…。
「なあ真、冴木先生に呼ばれてからおかしいぞ?一体何があったんだ?」
「賢汰郎…僕は…幽霊に会ったんだと思う…」
「───はい?」
夏の蝉時雨が教室の中で反響して、やけに五月蝿かったのを、僕は今でも覚えている。




