中編 現在時 第四話 結託
夕暮れの公園にて、その日は僕が掃除当番ということもあり、公園についたのは夕暮れ時であった。
そして、公園の中央にある時計に寄りかかりながら待っていたのは魔王サタン……いや、仁王像?……はたまた、邪神ニャルラトホテプか?
そんなわけない。そこにいたのは裏戸可憐である。
断じて、人外生物などではない。恐ろしさ故そう見えてしまったけれど。
「おっそおおおおおいっ!!」
きーん、となる両耳を両手で塞ぎながら僕はセーラー服の少女に怒鳴られていた。どんなプレイだよ……
原因は僕の遅刻。……だと裏戸は言うが、まず時間を決めていなかった彼女も同様に怒られる必要はなかろうか。
待ち合わせ時刻がないのに自分より相手が遅く来たからってそれはないだろう。と、そう言ってるのに…
「レディを待たすやつはいかなるものであろうとも死刑よ!!」
とか言われた。なんちゅう自己中な死刑宣告。
まさか、遅刻が殺人罪より重いとは……。この時ばかりはレディファーストなんて言葉を作った奴を恨みたい。死刑にしたい。
しかし、こんなことに一々怒りを示していたらそれこそ話が終わらない。
「もうちょっと静かに出来んかな?」
「なんで?今悪いのは完璧にあんたでしょうが……?」
キリッとした両目で睨まれるとなんでこんなにきついのか。ホント攻撃的な女は苦手だなぁ…。
攻撃的というかこれはただ単に不機嫌なだけだけど。
本当にガミガミガミガミと面倒くさい。
しかし、僕は幸運なことに彼女の弱点を一つだけ知っている。
「それにまたこんなに騒いで、警察呼ばれても面倒だろう?」
「うぐっ……それも、そうね……」
はあ…とため息をついて怒りをおさめる裏戸。プシューとか擬音でも出そうだった。 効果は抜群だ。
よし、やっぱり効いたな。警察を呼ばれるというのは流石の裏戸もこたえるらしい。両親に怒られでもしたのだろうか?
それにしたって、弱点を見つけられたのはまさに不幸中の幸いだったな、効くのは公園内だけだけどね。
と、半ば憂鬱な気持ちで今後の予定を尋ねる。
「じゃあ、これからどうするんだ?僕は君と何をすればいい?」
「ついてきなさい。説明はそこでするわ。」
振り替えって、公園の出口に向かって歩き出す。どうやら目的地は公園とは違う場所らしい。
……なんだそれ?
いったい、この女は何がしたいのだろう。
そんな不安を抱きながら僕は小さな背中を追った。
ついたのは、なんというか豪邸だった。
しかし、豪邸というイメージは得てして門が大きいイメージがあるが、木の表札に裏戸と書かれた塀の入り口である裏戸家の門は門というよりドアで、完璧に何かの合金で出来ていた。
セキュリティも万全なのかパスワード式で電動で開閉されるものだった。某有名セキュリティ会社と提携して開発されたらしい。と、裏戸は自慢げに語る。
僕はどうやってここから彼女を連れ出せるんだろうな。生身の男に出来るもんならやってもらいたい。
塀を乗り越えようにも塀の上にさえ鉄冊のようなものがあり、それに針金が巻き付いていて冊を補強しているようにも見えるがあれはたぶん電流が流れているのだろう。防犯対策だろうか?
……だろうね(汗)。
裏戸に続いて中に入る。
広そうな庭の一本道、石畳の通路の先に見える彼女の家らしき豪邸までの道は僕が落ち着けるような事はなかった。草むらの所々にはセンサーがあったりするし、玄関には監視カメラが2つ。玄関の鍵を開けるにはパスワード認証、指紋認証を乗り越えてやっと鍵を使用する。
いや……もう、これ怪盗なんとか、またはなんとか三世の出番なんじゃないの?
確実に僕のような男子高校生はお呼びでない気がするね。
裏戸は何もおかしなところはないといった風に、気にせずがちゃりと鍵を回す。 いや、おかしなとこだらけなんだけど……
「ただいまー」
「おじゃまします……」
僕の声は生気を失っていた。高そうな壺とか落としそうで怖い。
中には巨大なシャンデリアや長いカーペットが敷かれていて、まさにお金持ちのお宅といった感じだった。
客間らしきところに案内され、「座りなさい」とソファーを指差される。
恐る恐る、高そうなソファーに座り、腰を落ち着ける。
裏戸はといえば、「お茶出すから」どこかに行ってしまった。
その間、僕はキョロキョロと部屋を見回すくらいしか出来ない。そして、高そうなものを見つけては、うわ、あの壺も高そうだな……みたいなことを考えたりする。初心すぎである。
数分後、セーラー服のまま裏戸が客間に帰ってきた。
手にはお盆。乗っているのは、これまた高そうなティーカップが二つ。いかにもアンティークなポットが一つ。湯気を立ち上らせている。
「お茶が入ったわよ。」
とお盆をソファーの前にあるテーブルに置いて、ことこととお茶を注いでくれる。
「ありがとう。」
礼をいって熱々のお茶を此方に引き寄せる。
見れば、裏戸もテーブルを挟んで向こう側のソファーに座っていた。
僕は猫舌だからお茶は湯気が出なくなってから飲むとして……だ。
「あれは無理じゃないか?」
「な、何よ……」
裏戸は少し動揺しながら、スカートを握り混む。ちょっと捲れちゃうからやめてほしい。とか、冗談いってる時じゃないな。
「あのセキュリティを極々普通の高校生がすり抜けられるとでも思ってんのかよ……?」
半眼で裏戸の顔を覗きながら言う。
さっきも言ったようにああいうのは、ルパ●三世くらいしか無理だと思うんだ。……いや、たぶん誰でも無理。
「それは……」
裏戸は二の句が継げない。
仮にもその豪邸で暮らしているであろう裏戸にもそれは分かることだろう。
僕が家で寝ていた彼女を公園まで連れてこれるはずがない。
「それは……、もうわかったの。貴方にはあのセキュリティが突破できるはずがない。こんなアホそうなやつにハッキング能力なんてありそうもないものね。なんで気づかなかったのかしら……」
ふう、やっと認めてくれたか。言い方腹立つけど、もうすぐで帰れるだろう。話は終わりそうだ。
しかし、話はまだ終わっていなかった。
「……貴方にお願いがあるの。」
上目遣いで見つめられる。
それは、許してほしいということだろうか?
そういうことなら別に構わないけど……。
多分、裏戸もよくよく考えたらというかそんなの考えるまでもなく解ることだけど、誰にもこんな強固な檻から眠ったままの女の子から連れ出すことなんて出来っこないことをようやく理解できたのだろう。
もともと最初からそんなに怒ってなかったし、気にするほどのことでもないしね。 いいよ、許そう。後腐れなく、元のなんでもない関係に戻るんだろう……?
そう思っていた。微塵の疑いもなく。
「私と一緒に私を連れ出した犯人を探し出して欲しいの!」
「はぁああああっ?!」
口から漏れ出たのは驚き。嘘だろ……?僕と彼女の話はこれでもう終わりだろう?
平凡な暮らしがまっているんだろう?
そんな思いも露知らず。
しかし、現実はそうも甘くない。今日はそんな教訓を学んだ。
場所は変わり、裏戸の自室。彼女の部屋に入るまでドアの前で数十分は待たされたが、何をしていたのかはわからなかいけれど、見せたくないものでもあったんじゃないかと思う。
なんにせよ僕としては息を切らした裏戸に「ど、どうぞ…」と言われてからしか入るよしはなかった。
「失礼しまーす」
豪邸の広い間取りとは違って部屋はこじんまりとしていた。ベットが右端の奥に設置されていて、熊のぬいぐるみが……
とそこまで描写を終えたところで思い出す。
ここは、裏戸の部屋。裏戸可憐の部屋だ。つまり女子の部屋だ。女子の部屋には初めて入った僕は幾分かソワソワしてしまう。 思春期だからしょうがないね。
裏戸はそんな僕を見もせずにベットを指差した。あのぬいぐるみが置いてあるベッドである。
「ここに私は寝てたの。」
と、気づけば何故か彼女はあの日のことを解説し始めたではないか。
「ちょっと待ってくれ……」
よくよく考えればおかしなことではないか、雰囲気的にここまで着いてきてしまったけれど、僕がまだ裏戸に付き合う必要はあるのか?
「何よ?」
裏戸は憤慨した様子で聞き返す。なんか文句でもあんの?といったような顔である。ごめんなさい、滅茶苦茶あるんです文句。
「僕に対する誤解は解けた筈だろう。君も僕がまずこんな屋敷に忍べ込めないことを自分でも理解してたじゃないか」
「それを踏まえて、よ。だからお願いしてるんじゃない。」
何故、お願いしてる方がこんな上から目線なんだよ!!
こいつ、絶対上司とかにも物申す感じの人だよ……。
あまりな物言いに僕も多少、怒りが出てきた。
「……けれどね、僕がそれを聞いて、従う道理はないと思うんだ。」
レディファーストとかいいじゃないのさ。
僕置いてどんどん先行ってくれればいいじゃん。お先にどうぞ……てなもんでな。
推理小説の物語にのめり込めばいい。僕は別に関わりたくもない。
……ず、ズザザザザザ
『私を……●●て……』
ズザザザザ……
突然頭の中に流れ込むノイズ音。昨日見た夢が再生される。痛々しく、悲しい、物語である。
……だから、なんだってんだよ……?
「僕は帰っても構わないじゃないか。」
低い声で、彼女の要望を断った。これが空気の読めない行動なのは重々承知している。だが、こういう押しの強いタイプの人間はきっぱり断らないと甘くつけこまれる。
訪れる沈黙。
すると、裏戸は頭を下げた。
「……ごめんなさい。でも、こんなこと他の誰にも知られたくないし、頼れるの、貴方だけなのよ……お願い。」
そう言ってもう少し深く頭を下げた。
態度が打って変わって豹変した。どういうことなのか?
「……どうして、そこまでするんだよ?別にいいじゃないか。気のせい……とは言い難いけど、それでも僕はこんな面倒なことはしたくないね。」
「私は……これで恥をかいたの。純粋に誘拐みたいなことをされたのもあるし、間違いをいろんな人に自慢気に語ったし、無理だろうなということは屋敷についてからなんとなく分かった。分かった後全部恥ずかしくなった。だから私はこの世の何処かにいる犯人がとにかく許せない!!」
「お、おう……。」
言葉につまってそんな声しか出ない。なんてプライドの高いやつだ。ルイ十四世くらいあるんじゃないの。あと、後者は完全にお前のせいだろうが!?
「お礼はするわ。お爺様とお婆様とパパとママの遺産が腐る程残ってるもの、少しくらい分けたって構わないでしょうからね。」
やっぱり、いいとこのお嬢様だったのかコイツ……。
あれ、ちょっと待てよ……?
遺産、だって?
裏戸は裏戸のお爺さんお婆さんお父さんお母さんから遺産を貰っている。
つまり、彼女に親はいない。何故なら、遺産とは死後に残す財産だからだ。生きているうちに渡すものじゃない。
「あ……、」
「何よ?」
今はそんなこと聞くような仲でもない。出会ったばかりなのにそんな死んだ家族のことを聞こうだなんてそれはぶしつけというものだろう。
「……いや、なんでもない。」
「あっそ……、それよりどうするの?……私が悪いのは本当だし、貴方に私に付き合う道理もないのは確かだわ。で、改めて言うわ私と犯人を探すの手伝ってくれない?」
なんだよ……これは手伝わないとダメな流れですか?
フラグは既に立っている様子である。
面倒だな……。
「引き受けるよ。ここで引き受けないとバカみたいだし。」
「そ、……ありがと。」
と言ってそっぽを向く裏戸。
……ん?、照れ隠しかな。なんだよ、可愛いところもあるじゃないか。
と、こんな風に僕と彼女だけの探偵団が出来上がったのである。まあ僕は助手っぽいけどね。