中編 現在時 第二話 関係
午後10時。現在の時刻である。
シトミは飯を作ってそのまま帰っていった。 なんとも、寂しげな夕飯である。暖かいご飯が冷飯のような味になる。
そして、また僕はネットサーフィンを開始しているのだが、いろんなサイトを見ても新しい情報だとか面白い動画だとかはなく。
ただ、画面を淡々と眺めているだけのような状態になってしまっていた。
「暇だな……」
スマートフォンを横目にちらと見る。LINEとかTwitterはやってないので、家にいながら誰かと通話したり、会話したりとかはしない。僕の中でスマホとは外に出たときに動画見たりするときだけしか使わない四角い箱の事を指すのである。なんだそれ、携帯する意味あんの?ってくらいに携帯電話として活用されていない。 非携帯電話である。
「出掛けるかな……」
そういえば、そろそろトイレットペーパーとかお菓子とか切れる頃合いである。
こういうときは近くのスーパーで買うのが僕の常識。
財布とスマホをポケットの中に放り込み、出掛ける準備をする。 言っても、これくらいしかする事ないんだけどね。
今日は冬らしく外の温度がマイナスにまで入り込むらしい。外を一度眺めてから息をほぉ…と吐く。
窓には、小さく月明かりが灯っている。
そんなこと大して特別でもないのに。
…何か、起こりそうな気分だった。
夜のスーパーは結構人が多い。何故かというと、そりゃあ商品の値引きがされるからに決まっている。
半額シールが付くか付かないかそれを吟味し、いけるところまでいってやっと購入することが許される。僕の圧迫されつつあるお財布事情に。 近所にはタイミングのスペシャリストが多く、別のジャンルで逆に話が膨らみそうでもある。…やんないけどね。
スーパーからの帰り道。夜空には真ん丸な月があり、アスファルトを照らしている。
「ふう、なんとか買えた。」
ポツポツと歩を進めながら、今日のスーパーの荒れ模様を思い出す。
そうそう、警備員に何人か連れていかれてたな。たまに、暴徒がいるから、見たことがない人からしたら紛争地帯という表現が一番分かりやすい。おばちゃん、スタンガンは流石にやりすぎだと僕は思います。
「負傷者はいなかったけどさ、幸い。」
当然他にも僕のような人間はいるもので、お菓子の取り合いとかトイレットペーパーの取り合いとかに発展することはないが、その時は早い者勝ちである。
先にかごに入れた方のもの。
……という面倒な暗黙の了解があのスーパーにはあるのだ。
とりあえず、半額シールが付いたお菓子やトイレットペーパーを入れたビニール袋をぶら下げることができ、僕的には満足だった。
「……お。」
途中、僕の家というかアパートなのだが、そこから徒歩五分もかからない場所に最近新しく出来たらしい公園が目に入る。
しかし、注目していたのは公園ではなくその公園の隅にあるベンチに誰かが横たわっていた事である。
一瞬ホームレスかと思ったが、ホームレスはホームレスなりに生活の用意を近くに置いてあるだろうし、酔っぱらいかとも思ったが、遠目に見た感じじゃあの服装は、セーラー服なのである。
セーラー服は制服の区分に入るだろう。つまり、少なくともあのベンチに横たわっている人は女性で未成年ということになる。
こんな時間に一人で公園のベンチに寝転がっているなんて、
「警察に見られたらヤバイんじゃないのか……?」
それは僕も同じであるが、それでも今僕が着ているのは私服。
対して、彼女は制服。家に帰っているのかさえ分からないのである。
「一応、起こしといた方がいいのかね。」
そういって、周りを気にしながら公園内に入っていく僕。今の状況は、はたから見て不審者に思われないか心配だ。
ベンチまで後一メートルといったところで、一度セーラー服の人を確認する。
髪は肩くらいまでの長さの黒髪。黒を基調としたセーラー服。仰向けに寝転がっていたその人は正しく美少女と言って差し支えないちゃんとした女の子だった。
でも、どっかで見たことあるような気がするんだよな……
「お、おーい……。」
触っていいか躊躇われたが、肩を揺すぶって起こすことにした。彼女は「うーんうーん」と唸りながら起きる気配はない。
頼むから起きてくれぇー!
少し力を強くしてみる。
ゆっさゆっさやっているうちに彼女の目がゆっくり開かれていった。
「あ。」
「あ。」
声が重なる。僕は段ボールをこすりあわせたような残念な声色なのに対して彼女は鈴虫が鳴くような美しい声色だった。しかし、酷いなこの例え、月とスッポンってレベルじゃない。段ボールて。
「…………ぉ、」
なんか声が出なかった。
言おうとした言葉は何処かに飛んでいった。頭から飛んでってしまった。
それほどに僕は緊張していたということである。
「お、おはようございます?」
なんとか絞り出せたのはそんな言葉だった。情けない位声が小さい。
「おはようございます……?」
彼女は戸惑いながらも挨拶の返事をした。
その時、僕はずっと彼女の肩に手を置いていたのを思いだし、直ぐ様手を離す。
「……あ!」
すると、肩に置かれていた僕の手に気がついただろう彼女は僕が不審者にでも思えたのか顔を真っ赤にし、いきなり、
「きゃああああああああああああああっ?!?!」
と叫んでいた。
僕の方がビックリしたんだけど……。
と僕が心に小さな傷を負った頃には、彼女の張り手が僕の頬を撃ち抜いていた。…べっちーーん!!
「ぎゃふっ…?!」
「何をするかーっ!?」
彼女は信じらんない!とも言いたげな表情で僕に冷たい目を向けてきた。 どういうことなの?!
僕は謝ることも怒ることもなく、夜中に女性に張り手食らうということに直面したことがないから、痛みが残る頬に右手を当てながら立ち尽くすしかなかった。
「こんな夜中に、どういうつもりかと言ってんのよ!」
「い、いや…どうもこうもそれは此方の台詞なんだけど……。」
「どういう意味よ……?」
苦笑を浮かべながら僕は親指を立て、ベンチに向ける。
「どうして君はこんな夜中にこのベンチで寝てたんだ?」
「は、知らないわよ?アンタが連れてきたんじゃないの?」
ふあっ…と彼女は無意味に髪をたなびかせ、僕を睨み付ける。目が鷹のようである。自称羊の如く小心者な僕にとって背筋から汗がダラダラ出るくらいにはビビらされていた。
おう、……しっかし、なんて聞き分けのない被害妄想か。コイツ完全に自分の誘拐説を信じていやがる。
どのくらい聞き分けがないかというと、子供が自分の欲しいものが買えなくて、親に「かって、かってー」と地べたに寝転んでじたばたするのと同じくらい聞き分けがない。最終的には買うまでその床を離れないとかなんとか。ネット参照。
「いや、僕はただ夜中にベンチに寝転がっている女の子見つけて、起こしてあげようとしただけだ。そこに特別な意図はないよ。」
「なんですって!?」
彼女は怒りを露にして、僕の襟を掴み上げる。
やんのかオラァっ!?と逆に牽制したかったが、いかんせん僕にその勇気はない。その技を使うには『勇気』が足りません。今思うとヤンキーってすごいとか感じた。先生にガンつけるなんて出来ないよ僕。
「な…なんだよ…」
別に僕の方が背丈は高いので、被害はそんなにない。…というか、逆に彼女の手が元々伸ばしても俺の襟に届かないので、つま先立ちして頑張ってる彼女を見るとなんか逆に申し訳なくなるね。とか思ってたら。
彼女はそんなことは気にせず優位性を保ち続けているようで……、
は、と鼻で笑われる。そして、僕を嘲るような顔で見て……、
「嘘つくんならもっとまともな嘘つきなさいよね。」
と言った。
「……はあ!?」
僕は嘘なんかついていない。絶対に一言も言っていない。
なら、何で彼女がそんなことを言っているか。それは僕と彼女に意識の食い違いがあるからだ。
「だって、『なんで家で寝てた』私がこんなところで寝てんのよ!?」
そして、その食い違いは僕には理解できないくらいにまで大きくなってしまっているらしい。