中編 現在時 第一話 退屈
●●●●年●●月●●日
暇だから日記のようなものをつけようと思う。
どうせ、三日も続くことなんてないだろうけども、これは僕の僕のための僕による暇潰しなので自分勝手に進めることにする。
…………。
とはいっても、
……よくよく、考えてみれば自分の生涯になにか面白いことがあっただろうか……?
毎日が同じで、この毎日が普通で、一般と言って差し支えないように思う。
だから、別に日記に特筆するようなことはないのだ。
あれ……?今になって自分が何をしているのか解らなくなってきた。
まあ、からく僕が思い付きで始めたものはこうなるので仕方がないと言えば仕方がない。
おっと……、そういえば――今思い出したから書くけれど――昨日か今日に変な夢を僕は見たんだ。
まるで、世に言う明晰夢というような奴でとても怖かった。ちなみに明晰夢というのはリアル過ぎる夢の事を指すのだと思う。
……リアル過ぎるというのも考えもので、本当にリアル過ぎて、明晰夢で負った傷や痛みなどは正確に残り、頬をつねっても足でタコ殴りにされても夢から覚めないらしい。
そして、実際に目が覚めるのは眠気がバッチリとれたときか、中断されたときか、その世界で死んだとき、だという。
小説の中のオチの種類の所謂『夢オチ』というやつはこれがモチーフになっていると誰かに聞いた。
まあ、説明もそろそろにして僕が見た夢の話をするとしよう。
ある少女がいて、僕がそれを助けようとして、彼女から身の上の話を聞いていたら、いきなり彼女が暴走し始めて僕はその彼女に殺されたのである。
なんというか、変な終わり方だった。
まるで、僕は途中退場させられるのが当たり前のような感覚だった。
いくら明晰夢でも身の上のの話を聞いて、あの子を困らせた張本人に会うまでは夢を続かせてくれるとばかり思っていたのだが、僕が殺されて夢は終了した。
しかし、夢に切りの良い終わり方を求めるのも何だかおかしいな。
そういえば、夢は過去にあった記憶と現在の記憶がごちゃ混ぜになって出来るものだという。
ならば、あれは……。
あの夢は……。
……僕の知らない過去なのかもしれない。
……なんてね。
きっと昔読んだ小説の内容の記憶も混ざっちゃったんだと思う。
ならば、あんな夢は僕の過去ではないのだ。
この日常は普遍で、平和で、正義で、とても終わりなんか見えそうにない。
だから、僕にあんな非日常的な小説の中に飛び込んだような事は起こり得ないのだ。
日常には限りがある。日数的にも、出来事の良し悪しも。
……ところで、『有限』という言葉を聞いたことがあるだろうか?
文字通り限り有るものというのはご察しの通りだとは思うから話を進めていくけれども。
有限であるものはこの世界に限りなく存在している。まあ、全てを数えあげることが出来るのならその数は有限なんだろうが、それでも僕ら人間がそれを出来ない時点で人間もそれはそれで有限なのだろう。電気も石油も食料も本も家も木々も時代も政治も宇宙も原子も人間関係にも夢にも有限がある。
しかし、無限は有るのだろうか。限りのない。完璧に普遍的で永久的で壊れたりなんかしない。そんな絶対の事物がこの世に存在するだろうか?
僕はそれを知っている。
それは時間だ。
時間というものに限りはない。過去と未来が有る限り時間という無限の事物があるということを知っている。
でも、僕という人間は時間の流れを現在において触れることは出来ない。
過去の出来事から流れを感じることはできる。しかし、それは現在の時間の流れに触れることではなく、過去の時間から現在までに流れた時間を感じただけにすぎない。
何故なら時間とはそういうものじゃないから。
触れられない。変えられない。消えることすらない。
そんな絶対のものだから。
タイムマシンが欲しいと誰もが言い交わす。昔に戻ってやり直したい。人生を、歴史を変えたい。
僕は思うね。多分無理だ。
きっと、タイムマシンなんていうものに頼って甘えて縛り付けられてしまうような人間じゃ自分の人生も他人の人生も歴史さえも変えられない。
もし、自身が過去に戻って一等の宝くじを買ったとしても、何処かで失敗して帳尻が合わせられる。
……そういうものだ。
だから、僕はタイムマシンなんかいらない。そして、時間も多分それを許さない。
それでいい。
「何やってんの、兄さん?」
え?、と思って後ろを振り向いた。後ろには僕の妹。忍者ではない。
富士しとみ、がいた。
神奈川県在住。都内で暮らす僕のささやかな協力者でもある。生活面のね。
「いや、なに……って日記だけど?」
僕は机の上に広げられたノートに目を落とす。
ノートには『暇だから…』から始まるチョロチョロとした文章がミミズののったくったような字で連ねられている。
そのノートにシトミも目を落とす。つまらなそうな口調でそして呟いた。
「日記か、アタシにはフリーメイソンの暗号が羅列してるようにしか見えないけど?」
「そんなわざわざ暗号で日記とか書かないよ、僕は。そしてフリーメイソンのメンバーでもない。」
そう、僕はただの高校生だ。それ以外にあげることはない。つまり、中二病でもない。ちなみにフリーメイソンとは都市伝説で有名な秘密結社で、世界中に構成員がいると噂である。信じるか信じないかは……貴方次第!
「で、なんでこんないきなり日記始めたの?前来た時はそんなのしてなかったと思うけど。」
シトミ的には「兄が日記を始めるのはちゃんちゃらおかしい」とでもいう風に尋ねる。
「学校の課題で出たんだよ。」
ちなみにこれは嘘。実はただの思い付きで始めたのである。
「なーんだ。つまんな。てっきり、兄さんのことだから気まぐれで始めたんだと思った。」
「………。」
図星。
シトミの鈍勘さに助けられました。
背中に冷や汗がたらりと一筋流れているのを確認していると、
「あのさ、そんなことはどうでもいいから、早くご飯にしよう。」
と我が妹はそんなことを言った。……つーか、どうでもいいなら最初から聞くなよ。
しかし、こちらはたまに飯を持ってきてもらっている身。機嫌を損ねられたらいかん。
ひたすら我慢。これ兄の必須スキル。
「なんにする?」
といつの間にかエプロンを身に付けたシトミが僕に問いかけていた。
そうそう、……以前この状況を高校で話したとき、
「なんですか夫婦ですか?爆発するんですか?」
とか言われた。
妹と夫婦とか嫌になるほど泣けてくるし、爆発なんかするか!とか思うね。
「んじゃ、唐揚げ定食一つ。」
僕のいうこの『定食』とは唐揚げに『ご飯と味噌汁付けて』という意味合いがあり、僕のシトミの間で共通認識となっている。
ちなみにシトミの料理の腕前はそこそこ。居酒屋で前にバイトしたときは厨房任されたことがあるらしい。
なんて、どうでもいいことを考えていると、
「はぃ、よろこんでぇー……」
僕の注文に答えたのか申し訳程度の声。一瞬聞き返しそうになるくらい声量が小さい。
だから、自分の妹が覇気のない返事が理由でホールから厨房に飛ばされたとか僕は兄として信じたくないものである。まあ、居酒屋って威勢大事だしね。
……十数分後、
「そういえばさ。」
と料理中のシトミから声がかかる。
別段何をするでもなく。ネットサーフィンを開始していた僕はノートPCに顔を向けたまま「ん?」と返事を返す。
「そういえば、兄さん彼女とかいるの?」
なんてことを聞くんだ。年齢イコール彼女いない年な僕に。
そんなの、
「何を言うか。」
いないにきまってるじゃないか。
という旨を分かりにくく、かつ長く、説明するとシトミはジト目で言う。
「いないのかよ……」
口調が崩れてますよ?!
シトミさん?!
「そっかー……」
そして、また呟くのだ。
実に冷めた目で、まるで、人生に面白味なんて、スリルなんて、ないように。最初から存在しなかったかのように。そして、…呆れたように。
「……つまんな。」
……とね。
またか、僕は嘆息する。時計を確認して今日は何分シトミと会話がもったか調べる。たかが、二十分。
その程度、後は何も話さない。会話は打ち切られる。
別に今、突然に、『こんなシトミ』になった訳じゃない。
ゆっくりと時間を重ねて、重ねて、現実を理解してこんなシトミになった。
日常の平凡さを理解した故の『「つまんな。」い』という発言は。シンプルにシトミの日常への批評のようなものだろう。
大人になれば、日常に面白いことなんてない。あるのは、ゲームや小説の話。
ああ、そうか。
ならば、この日常も限り無く、無限に、変わらず、終わっていくんだろうな。
きっと、この世界で自分が変わったってちっぽけなもので、世界が変わるわけない。変わるのは自身の世界観だ。変わるのは世界じゃない。
シトミはもう、口数が少なくなった。今はことことと小さい音をたてながらキッチンに体を向けている。
「なんだよ……なんて、面倒な世界だ。」
多分、世界でもっともちっぽけな僕はそう悪態をつくことしかできない。




