前編 過去時 最終話 デアイ
何処かのセカイ線…
●●●●年●●(+αα)月●●(+bb)日
これが、僕とカレンとの初めての出会いである。
……それも、一番初めのセカイでの出会いだ。
そして、初めて僕がⅩⅩことになるセカイである。
だからこそ、このセカイはカレンの後悔の欠片であり、僕の初めての『失敗』。僕は覚えていないから、感想を聞かれてもどう答えていいものなのか迷うのも当たり前で、それを覚えているカレンがこのセカイに思い出深いのも当たり前である。逆もまたしかり、という奴なのだ。
最後に、この日記をいつかどこかで見かけたさい覚えていてほしい事がある。
まず、やっぱりどのセカイでも僕はなんにもわかってないクズ野郎だってこと、次に……面倒だな。明日に回そう。
そうだな、きっとそれがいい。
(-.-)zzZZ…
目が覚める。
床で寝ていたせいか肩が痛いな……。何故かというとカレンは僕のベットを使っているため、僕は床で寝るしかないからである。
ソファ?そんな高価なものが家にあるはずないでしょうに……。
それに、マリーアントワネットみたいなことを言うつもりもない。デモが起きちゃうからね。
…「ベットが無ければソファで寝ればいい。」か。
逆に男らしさを感じるなぁ…。
お前はベットで寝ておけ、俺はソファでいい……。的な。ちょっとかっこいいと思う。
まぁ、それはともかく、
「暗い……な。そりゃそうかまだ朝ではないんだから。」
そうそう、今は何時なんだろう?とキョロキョロ見回して目覚まし時計を探す。
そして、寝起きだからか余り頭は働かず、目覚まし時計は僕のベットの上の枕の横に置いてあるという習慣さえも、少し忘れていた。
そして、目覚まし時計を見つけた。
記憶通りそれはちゃんと枕横に放置されていた。
『放置』と『置いておく』という表現は微妙に違うんじゃないかという疑問に答えるとするならば、否『ちゃんと合っている』と断言できる。
……何故ならば、僕がいつも使っているのは祖父から貰ったレトロな壁掛け時計で、そして深夜に起きて見るということはない。だから、わざわざデジタルにライトがつく目覚まし時計をあまり、使う、ということはしないのだった。
それにニートみたいな生活を送っているため、目覚まし時計を使ってアラームを設定するということもしなかった。
だからこそ、今までこの時計を触ったことは右手で数えられる程くらいしかない。つーか。三回くらい?
まぁ、それはいいとしてだ。
なんで、ベットが既にもぬけの殻でカレンが『いなくなっている』んだ……?
その後、家中を探して見つかったのは手掛かりとは言いがたい、一枚のメモ。俗に言う、置き手紙のようなものがあった。
「………」
驚いた。驚きすぎて、顔の筋肉が痛いくらいだが、そんなことは気にしなかった。ただ、僕は一枚の紙を握りしめて、
『ごめんなさい。』ただ一文眺めて、
「面倒だなぁ…」と呟きながらも、
なにやってんだ……ぶん殴ってやろうか、と思った。
僕は、単純に普通に、イラついていた。
……カレン視点
「私は、カレン・サード。人間では、ありません。」
「人間とも……ロボットやサイボーグとも違う、血管の中に沢山の小さな機械が流れています。」
「そうやって、機械が私の身体的なリミッタを外し、身体能力が超人レベルまで達せられています。」
「……例えば、電柱くらいなら片手で折れます。」
「……例えば、何十桁。何百桁の計算だって五秒とかからず解けます。」
「私はそういう人知を外れた存在なんです。」
「それと、私は貴方が名も知らないような異国から、やって来ました。田舎でした。」
「最初はそこで暮らしていました。家族といっしょに……です。」
「不自由はなく、不満なんてありませんでした。毎日暖かい日々を過ごしていました。」
「……しかし、ある時、両親が姿を消しました。仕事に行くと言ったきり帰ってこなくなったのです。」
「どうして彼らがいなくなったのかは解りません。けれども、私は子供だったので一人では生きていけませんでした。」
「……そう、孤児になるしかなかったのです。」
「だからこそ、孤児院に入るときはそれくらいは覚悟できていたし、私には既に泣くための涙は残っていませんでした。」
「そして、数日経ち、決まった里親に私はあるところに連れていかれました。」
「そのあるところが何処かは私には解りません。睡眠薬か何かを使われて、眠らされたのでしょう。目覚めた時には見たこともない部屋に運ばれていました。」
「最初は何が何だか理解は出来ませんでしたが、時間が経つ末にそこがどんな場所か位には理解が及ぶようになりました。」
「そこは、研究所でした。合法とは言えない。確実に非合法な研究を行っていました。小さな十代位の子供たちを対象とした人間兵器の研究です。」
「ヒトの体を勝手にいじくってドーピングしたり、再生能力を高めるために細胞の成長を暴走させたり……。その結果意識が戻ってこなかったり、細胞が活性化し過ぎて肉塊と化した人たちもいます。完全に、人の尊厳を無視しています。……いや、もはやあの研究所での私達の存在はゴミと同じでした。」
「私はずっとそこから逃げ出したかった。それをずっと願ってやまなかった。空いている時間は誰にでもなく空に祈っていました。」
「そして、叶ってしまいました。私が血管の中に小型の機械を送られる際にその機械にエラーが起こり、暴走し始めたのです。」
「予め意識を失っていた私は体の制御を機械に乗っ取られました。」
「次に空を見たとき。……夕暮れでしたね。私を残してたくさんの人達が死んでいました。」
「見回しても、そこら中死体ばっかりで、血がたくさん流れていて、見るも無惨な状態だった。しかし、それを悲しいとか可哀想とは思わなかった。」
「彼らだって、私のような人達を実験動物にして殺している。そう、思っていたから。だから、慈悲を覚えることもない。」
「当時の私の頭の中にはどうやってここから脱出するかという問題しか意識されていませんでした。」
「そんなとき、小さな声が聞こえました。」
「『……待て』と。誰かの声が聞こえたんです。岩影に一人の男性がいました。たしか、あの研究所の中で結構な立場についていたような気がします。」
「ともかく、その男は私の顔を見て、こう続けました。『……お前、オボエタゾ』と。呟いて目を閉じたんです。」
「それが不気味で私はその場を離れました。」
「それから、いろんな国に渡りました。」
「しかし、行く国々であの男の目撃談を聞きました。長身で、黒いスーツで、サングラスを掛けていて、ボサボサの髪。いつの間にか、私のルールではこのどれかの特徴を聞いたらもうその町や村からは絶対に出ることになっていました。」
「ところが、ある日。そのルールを無視してベットに入ったことがありました。とても疲れていたんですよね、その時は。」
「しかし、数十秒ももたなかった。たかが数十秒で私は汗にまみれ、たちまちフルマラソンを行ったかのように動悸が荒くなっていました。」
「悔しかった。それに、絶望した。」
「身体が拒否反応を起こすくらいにまで私はあの男に恐怖を抱いていたのです。」
「ただ、怖くて逃げました。逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃ゲて、逃げて、逃げテ、逃げてッ!!……」
「なのに……」
「それでも……、奴は追ってきます……」
「そして、最後にたどり着いたのは……」
「……貴方なんです。」
…………。
「お願いします……。私を、たすけてください。」
……なーんて、全部洗いざらい打ち明けられたらよかったのだけれど。
「『やっぱり、だめだよね……?』」
私は誰にも私の後悔を理解されないように懐かしい、あの田舎の言葉を使ってみた。
私には私の人生があるように、あの人にはあの人の人生がある。
そして、宿の恩もある。
……だから、私は彼に迷惑をかけてはいけない。
私の面倒事を押し付けてはいけない。
多分、私がこんなことを言ったとしても彼は面倒だ面倒だと言いながらも助けてくれるかもしれない。
けれど、私の問題は、言わば世界の闇、裏側でのものだ。あんな非合法な実験が世にさらされているわけないのだから、光が当たっていて、尚且つ表側の世界で生きている彼を私という渦中に引きずり込む訳にはいかない。
「『でも…………私は……どうしたいんだろう。』」
……そういえば、私は彼に名前を教えてしまった。巻き込むわけにはいかないとか決めておいて名前を教えてしまっている。
意味なんてない……筈なのに。
「『我ながらバカみたいね。』」
人知れず殺されるのは嫌だとか子供みたいな理由もあるのだろう。
……だが、それでも忘れてほしくない。
……という気持ちが胸の内にあったのだった。
今更それは何故か?とは思わない。
……私は、彼の困ったような苦笑もおどけた態度も人生諦めてるように見えて彼なりの幸せをがむしゃらに掴もうとする姿勢も見ていて胸が熱くなる。ドクンドクンと鼓動が大きくなる。
…いや、ちょっと違うかな?
――――僕は、君の仲間だ。
……きっと、こんなバカなことを言われたせいで、ずっと一人きりで逃げていた私は一瞬でも『二人に』なったことがとても嬉しかったのだ。
それが、もう元通りにならない関係だとしても……
「そうか。ならば、それは当たり前か……」
私は……彼に惚れてしまっているんだ。
…………。あ。
「くす、ふふふ……」
気づいた途端それがおかしくってしょうがない。
頬が暑い。頭が暑い。心臓の鼓動が早い。でも、心は晴れやかだった。
……しょうがないよ。あんな事を言われたのは初めてだからさ。
「あはは、」
ホント、笑ってしまう。
私は空を見上げながら、ただポツポツと歩きだす。
後悔はあるけれど、懺悔も死ぬほどあるけれど……
「『……~~♪』」
未練は……、無いよ?
そう呟いて笑って見せる。誰にでもなく、自分に対して。
体育座り。僕が一番落ち着ける体位。
膝を両腕で固め、頭を膝と胸の間に入れる。そして、目を閉じる。
それだけで、心が落ち着いた。
ただし、考え込むということをするためにそんな格好をとるというわけではない。
集中するためというわけでもない。
スポーツのイメージトレーニングをしようとしてるわけでもない。
外の景色を、見ないためである。
現実から逃げるために、問題を度外視するために、世界に怯えているのを隠すために、希望を諦めるために、懐かしい土臭い体育の時間を思い出すような体育座りをするのである。
「…………。」
この場合の『問題』『現実』というのはカレンのことなのである。
『ごめんなさい』と書き残し、僕の目の前から消えた彼女のことである。
この問題……、決めること、割り切ること、諦めることは簡単だ。
探しにいくか、探しにいかないか……それを決めればいい。
ただ、それだけ。
実に簡単で完結でさっぱりしてて……そして、皮肉だ。
ぎゅ……っ、とジーンズを握る手を強くする。
「……どうしろって言うんだよ……」
結局、彼女がなんなのか全然解らないし……、
だから、理解なんかできっこない……
『ごめんなさい』から読み取れることなんて欠片もない。
あぁ……。…………。………………。……………。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
…………。なら、もう、どうでもいいのか……?
だからって……こんなの、
……こんなのって……ないじゃないか……
バカみたいに彼女をわかったフリして救おうとしたって……、
何も言わずに彼女はここから去ってしまう……、
『彼女は苦しんでるんだ……』というのは僕の思い込みなのかもしれない、
勘違いなのかもしれない……、
迷惑な、事かもしれない……
だけど、……悔しい、じゃないか。
今までのうのうとだらけて、現実から目をそらして、ダメだダメだと思っていながらも、僕は……
……自分から『失敗』になることを選んだんだ。
『失敗』でいることを妥協した。
自分の人生だから、認めて背負っていくことこそが正しいんだと思っていた。
でも、それは違ったんだ。自分の『失敗』は直すべきだった。終わらない訳じゃないけど、変わらない日常に甘えて『失敗』のままで生き続けた。
それだけじゃない……、自分で『失敗』を選んだくせに、勝手に世界や日常にその罪を押し付けた。
『僕の所以じゃない。』
『悪いのはこんな世界を作った神様だ。』
それでも、がむしゃらに頑張れば変わったかもしれないのに…………!!
それほどに僕は弱い人間だった。
ごめんだ。諦めよう。終わってもいいんだ。そんな世界はいらない。カレンだって君のことを必要としてない。僕が何かをなしとげられるわけがない。別に関係ないんだから放っておいていいじゃないか。被害妄想も甚だしい。
……もう、面倒なんだよ。うるさい。うるさい。うるさいッ!!僕に喋りかけてくるなアァァァァアッ!!
「……それでも……」
…………こんな終わり方は嫌だ。 納得出来ない。
「それでもッ!!……こんな終わり方で諦められるかよオオォォォォォオッ!!」
…………。
「ごめんなさいで勝手に居なくなって、はいそうですかって……終わらせられるわけねぇだろうが!!……そうやって逃げて問題後回しにして、目をそらして、自分をないがしろにするってことが、ようやく糞みたいな自己満足だってことがよく解った!!」
……待ってろよカレン……僕はもう迷わない。
だから……、本当の事をどうか僕に話してくれ。
古ぼけたカーペットは月明かりに照らされて幻想的な雰囲気を醸し出す……
そんな光景が、僕の目には映った。
少年は走りだす。
彼女に追い付くように、もう離れないと心に深く誓って……
そして、力になれなくとも、小さくても、惨めでも、叫んだ。
それでもいい。
ただ……カレン、と。諦めないように、変わるために、負けないように、いつか彼女にこの手が届くように……
手を伸ばし続けた。
……そして、 そしてそしてそしてそして
「……はっ……はっ、は……」
暖かいものを掴んだ。信じられないくらいに暖かくて、とても驚いた。
上を見上げると、月と一緒に一人の少女が視界に入る。
「……なんで来ちゃったの?」
うすらぼんやりと揺れる影がそんな悲痛な声を漏らす。
「どうしても……、許せなかったんだ。なにも話してくれないことも、勝手にいなくなったことも……」
「なにより、何もしようとしなかった自分が許せなかった……!」
「…………、」
生まれて初めてこんなに走ったな、と思えるほど。足はガクガクで、頭は朦朧で、汗が目に入って本当にカレンの手を掴んでいるのかを確かめることはできないけれど……。不安がいっぱいで、しょうがないけれど。
「……だから、僕は……君に会いに来たんだ……」
と、意識する前に自然と口が動いた。
言いたかったことが、沢山あったんだ。
許せないことも、僕の今までのことも、もう諦めないって決意したことも、
全部まとめて伝えたかった。
すると、カレンは泣きながら、僕の言葉が切れるたびに相槌をうってくれた。
柔らかい笑顔で僕の手を握ってくれた。
だから、今度は……
「ちゃんと、カレンのこと話してくれ。僕はバカだけど、理解できるまで頑張るから。」
「……う、うっく……、うぅぅぅう……うぅぅ」
「どうして、泣くんだよ……?」
「だって……、嬉しかったんだ。……貴方が来てくれたことが、どうしようもなく嬉しかったんだもん。そう、………思う、とさ……うぅぅう……」
「そっか。……そっか。」
カレンは未だあふれでる涙を落とそうと目を擦ることはなく静かに僕の前で泣いてくれた。
僕はようやく落ち着いてきた胸を押さえながら、空いているもう一つの腕で彼女が落ち着くまで小さな頭を撫でてやる。
「良かったんだ……助けを求めたって……相談したって、何も変わらなかったんだ……よかったぁ……」
「………!」
安心したように目を閉じて、カレンはバタリと僕の胸に手をおいて、倒れた。慌てて彼女の僕より一回り小さな体を支える。
どうやら、カレンは自分の知らないところでずっとストレスや疲れを溜め込んでたらしい。きっと、安心したことによってその疲れがどっと出たのだろう。
「…………、」
すーすーと寝息をたてるカレンを見て僕は思う。
いったい、カレンに何があったんだろう?
自分でも、体の疲労に気づけないなんて……
それと、同時に気が引き締まる。
そうさ、僕はこの子を救ってやらなくちゃいけない……!
……???視点
『……いいんだね?』
『おう。』
『解った……。ちゃんと話す。』
『……私は……』
完全なる密閉空間とは言わないまでも、一人一人のプライバシーを少しでも尊重してくれるような場所……彼はそんなものを求めていた。こんな何処にでもあるようなネットカフェを調べるのに十分もかかると言うことは無いが、この男。村雨風間はサングラスに黒いスーツと格好は間違いなく不審者のくせして、そこにあるものにはきちんと評価を嘘偽りなく見いだせることは出来た。
●●県●●市にあるネットカフェ。
『誰でも@ねっと』とかいう変な名前の店だ。……けれど、個人で誰にも知られたくないことを調べることには最適だろう。まぁ、あくまで一般人の考え方として、だが……
そんなことを村雨は考えた。
その一室……。厳密に言えば35号室のソファーに彼はドンと座り込んで、備え付けのパソコンのディスプレイを眺めていた。
しかし、村雨がこのネットカフェの一室に陣取っている理由は調べものをしたいわけでも、泊まる場所が無い訳でもない。
ディスプレイに映るのは、寂れたアパートの一室。冷たそうなフローリングの床の上で高校生くらいの男女が向き合って座っている姿。村雨はこのアパートに設置した超小型のカメラとこのパソコンを繋いで、そこから撮った映像をこのディスプレイに映しているのだ。
ただ、それを観察するために村雨風間はここにいる。そう言っても過言ではない。
「…………。」
彼はその女の名前を知っている。ずっと前に会ったことがあり、会話をしたこともあった。彼の主観的な意見を取ると、ある最高な研究所。客観的な視点から見るとある最悪な研究所でもある……、そんな気が狂ったような人間……否、天才が、集まるような場所で彼は人間兵器の実験をしていた。
人間の限界、進化、……その最終局面を見てみたいが為に彼はあの研究所に入り込んだ。その為の研究をそこで行っていた。
そして……、
「…………カレン・サード。君のせいで私の研究は滅茶苦茶だよ。」
苦虫を噛み潰したように不機嫌な声で自分の夢を粉々にぶっ潰した女の名前を呟き、村雨は手持ちのバックから小さな小箱のようなものを取り出した。その小箱にはボタンが着いていて側面にはアンテナがあった。
村雨はもう一度ディスプレイを見る。次に、男の方を見る。そしてわざとらしく手のひらを上に向け、
「あーあ。この男の人生は台無しだ。よりよってカレンと知り合ってしまうなんて……」
本当はそんなこと微塵も思っていない風にボソボソと枯れた声で村雨はそんなことを口にして、ボタンを押した。
どん がん どん ばたん ぐちゃ ぐちゃ ごぼっ
数秒後、ディスプレイがヘッドフォンに伝わる『ズザザザザ……』という音と共にノイズで埋め尽くされたのを確認して、村雨は一言残し、35号室を去る。
『……オマエ、覚エタゾ?』
今でも、ありありと思い出せるあの時の記憶。
あんな気持ちが沸き上がってきたのは初めてだった。憎しみ、恨み、苦しみが一辺にごちゃ混ぜになったような気持ち。
「これは復讐なんだ。だから、しょうがない。」
しょうがない、しょうがない……と言いながら通路を抜ける。村雨が『誰でも@ネット』出る頃には既に空は黒く染まっていた。
僕視点……
何が……起こったんだ……?
「……か、は。」
喉の奥が気持ち悪い……
「おえぇ……」
喉に残る気持ち悪さで僕は吐いてしまう。
なんだこれ、お腹が異常に熱い……?
口を押さえようと思って手を動かそうとしたけれど、なんだか物凄くダルくて腕が持ち上がらなかった。結局、僕の口から勝手に流れ出たドロドロとしたナニカはそのまま僕のジーンズへと遠慮もなしにかかる。
その時、暗かった視界が一瞬明るくなった。
蛍光灯の光が少しだけ、戻ったんだろう。そう思考できたのはたかが二秒程度だった。
「…………ひ??」
吐瀉物がかかったジーンズが真っ赤に染まっていたのだ。
これ……さっき僕が吐いたのは血、だったのか……?!
な、んで……、こんな……?
頭が割れそうに痛い。
視線を下に下ろす。腹部には大きな風穴が開いていてそこからも血がドバドバと嫌な音を出している。
「…………??!!」
途端、どくん……と脈打つ振動。
それは、ゆっくりと僕の記憶を呼び覚ます。
……何かを忘れテいるヨウな
「………う、がぁぎ
ズザざザザざざざ……
『私は……暴走……』
『サングラスに黒いスーツ』
『追われてい……』
『だから、……』
『だから、……』『だから、……』『だから、……』『だから、……』『だから、……』『だから、……』『だから、……』『だから、……』『だから、……』『だから、……』『だから、……』『だから、……』『だから、……』『だから、……』『だから、……』
…………。
だから、なんなんだっけ……?
あれ?…………思い出せない……、あの子はなんと言っていたっけ?
考えれば考えるほど気が遠くなる。
…………ああ、僕、
……死ぬのかもしれない、
『死ネッ!!!死ネッ!!!死ネッ!!!死ネッ!!!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死んでしまえーッ!!』
初めて、×××と話した事を思い出した。
あの時は、話が全く通じなくてどうなることかと思ったけど、最終的にはなんとかなった。今みたいに『死ぬのかもしれない』とか思った。
……だけど、今と比べたらそれはなんでもなくて、だから今は本当に不安で、真剣に『死ぬのかもしれない』と、本気でそう思っている。
人間ってそんな頑丈じゃないし、腹に大きな穴が相手生きていれるような生物じゃない。
前は首を閉められただけだし、外傷とかもなかったし、まず×××が人を殺めることに本気じゃなかった。
『見回すと、誰もいない。』
『瓦礫ばっかりで人一人見あたりゃあしない。』
寂しい……か。考えたこともなかった。僕にとっては周りに誰もいないのが当然で、側に誰一人いないかったのが長かったからそんな気持ちさえ忘れていた。
一人でいるのが、こんなにも……
……寂しい、だなんて。
…………。なら、尚更諦められない。最後になんでもいいから何かを残したい。死ぬ前に一つだけでも、あの少女に……
……じゃねーと、格好つかねーしさ……
「×××ッ!!」
少女の名前を叫ぶ。記憶が曖昧で、よく思い出せない名前を叫んだ。
手足は動かないから。僕には叫ぶことしか出来なかった。
故になんと言って叫んだのかは僕にとっては定かではない。
もう、耳もいかれてきているみたいだ……
………くそぉ………
「×××ッ!!」
今どは かの女の顔を おもい出しながら さけんだ。
「×××ッ!!」
こんどは かの女との おもいでを、
「…………。」
さい ご に………
ああ、も うだ めだ……
ち から が ぬ け
くそ おわりなのか
あんなこ とまで いったのに さい ごに なにも の こして やれな
たの し かっ たなぁ
しぬ の い やだ なぁ
『だから、……』
『私を……たすけてください』
……月明かりが、灯る。
…………あ。
「あ、ああああ、あああああ、ああああ、ああああ……」
おもい だした よ……
いえ なか ったこと も
ちゃんと……いわなきゃ……
「カレン、ありがとう、またあおうな」
月に手を伸ばす……そして、少年は眠る。永遠の微睡みの中で……
完…