38 炎の中の決着
お頭との距離はほんの5~6m程度だった。
しかし走り出し、足を必死に動かしてもなかなかお頭に辿り着かない。
銃を持った相手との対峙は、それほどまでに精神的な焦りを生んでいるのかもしれない。
「ガッハッハ、馬鹿め!」
お頭は冷静に右手の銃口をこちらに向けた。
まだお頭との距離は3m以上ある。
あの引き金が引かれれば、この場に倒れるのは俺に違いない。
しかし俺はそうはならないだろうと感じていた。
走り出す前からすでに準備はできていた。
何気ない手ぶりをしながら異空間ポケットに入れた石の塊を取り出し、右手に握りこむ。
走りながら『復元』ボタンにタッチしていた。
まるでスローモーションのように銃口がこちらに向くのがわかる。
そしてお頭の人差し指が銃のトリガーを引くのもはっきりと見えていた。
バアァァァン!
破裂音とともに向かってくる銃弾。
俺が走りながら前に突き出した右手の石が、『復元』の効果でみるみるうちに大きく再構築されていく。
「な、なんじゃこりゃあ!!」
お頭が放った銃弾は、2mほどになった石の塊に埋没し、俺はそのまま巨石をお頭に叩きつけた。
ドゴオオォォォン!
「ぐええぇぇぇ!」
人の形になった巨石に押しつぶされるお頭。
そう、俺が取り出したのは、この学園の入り口で拾った石像の手の部分だった。
どこの誰かは知らないが、突き出した右手の人差し指が特徴的なBoys Beなんとかの奴だ。
「ぐっぐっ、ぐおおぉぉ!」
石像の重みにやられ、まともに起き上がることもできないお頭を見てから、俺はタケルに近寄った。
「大丈夫かい? もう心配いらない。一緒に家に帰ろうな」
タケルは涙を我慢しながらこくこくと頷いた。
見る限りでは大きなケガはなさそうだ。
「あの男に噛みついたのはいい判断だったな、偉いぞ、よくやった」
「……へへっ」
褒めるとタケルは涙のあとも気にせずニカッと笑った。
既に火の手は廊下からこの部屋の入り口に辿り着こうとしている。
俺たちは非常用出口から出ていこうとした。
「お、おい、わしを置いていくな、こいつをどけろ、早くしろクズどもめ!」
「……は?」
お頭が石像に挟まったまま、こっちを威嚇する。
銃を取り上げた以上、この男に脅威は感じない。
その時、非常用出口の引き戸がガラガラと音を立てて開いた。
「ユウっち! いる!?」
「じ、ジュエリ? なんでここに? 体育館のほうは?」
「あっちはダリオが見ててくれてるから大丈夫! ウチ、ユウっちが心配で……」
そこでジュエリの言葉がハタと止まった。
視線は石像に挟まれたお頭に向いている。
お頭も突然現れたジュエリに驚いていたが、その驚きは別の驚きに上書きされていった。
「ジュエリ? お、お前……ジュエリか?」
「……」
「お、おお、生きてたんだな、我が娘よ。何をしてる、早くわしを助けろ!」
ジュエリはじっとお頭を見ていた。
その表情からは何も読み取れない。
「おい、早くしろ! 助けてくれたらまた昔みたいにご褒美をやろう。どうだ? お前も喜んでたじゃないか。こいつらを始末して親子でまた仲良く生きていこうじゃないか!」
ジュエリは目をつぶってじっとしている。
わずかに眉間にしわが寄っている。
「おい! ジュエリ! 早くしろ! わしの言うことは絶対だと教育しただろうが! 言うことを聞かなかったら酷い目に合わせるぞ!」
「……くっ」
ジュエリの口が歪んだ。
「くく……くっ、あはっ、あはははは!」
屈託なく大笑いするジュエリにお頭は驚いていた。
「な、何がおかしい!」
「ね、ユウっち」
ジュエリは改まって俺の方を見た。
「行こ? 人違いやった」
そう言ってジュエリは非常用出口から校舎の外に出た。
火の手は既にこの視聴覚室の中まで届いている。
ガラガラガラッ バキバキバキィッ
入り口付近の天井が崩れ落ちた。
もはや戻ることはできない。
「お、おい! ジュエリ! わしを見捨てる気か! ふざけるな! 戻ってこい!」
「それがお前の最後の言葉か?」
俺はタケルに先に校舎の外へ出てもらい、お頭と対峙した。
「た、頼む、助けてくれ、あ、足が折れてるみたいで、まるで動かないんだ……」
「もう、手遅れだよ」
俺は冷徹にそう言った。
「子どもは常に親の背中を見てるもんだ。彼女に酷いことをし続けておいて、今さら親の顔をするのは滑稽だよな」
「う、うるさい! 何も知らん若造の分際で!」
視聴覚室内の火の手が一層と勢いを増す。
ガラス窓から外を見ると、いつの間にかアリサとミナ、ダリオ、ゼッドの姿もあった。
クロイワ一味の姿はない……おそらく魔獣と共に全滅してしまったのだろう。
「彼女も最後の最後までアンタを助けるか葛藤してたんじゃないかな。どんなに酷い奴でも実の親っていうのは替えの利かないものだからな。だがアンタは自分の言葉で助ける価値すら放棄したんだ」
「ぐ、ぐぐぅぅぅ……」
「アンタは最低な親だ。彼女が受けた代償をここで払っておけよ」
俺は壁際に転がっていた銃を拾うと、ゆっくりと銃口をお頭に向けた。
「や、やめてくれ、頼む! 助けてくれたら何だってする! お願いだ!」
「その言葉、彼女が言っても無視し続けたんだろ?」
ゆっくりと撃鉄を起こす。
「ひ、ひぃぃぃぃ!」
俺はトリガーをわずかに引き、そのまま撃鉄を戻してリボルバーを開いた。
中央のエジェクターロッドを押して全ての弾を床に落とす。
バラバラバラッ
「こんなところで自分の手を汚すわけないだろ? お前は死ぬまでのわずかな時間、彼女にしてきたことを後悔して死んでいけ」
「ま、待ってくれ!」
俺はその言葉を待たずに非常用出口から外に出た。
校庭の少し離れた場所で、仲間たちが俺が来るのを待ってくれている。
「い、いやだ! 熱い! 死にたくない! 誰かわしを助けろ! ジュエリ! ジュエリィィィ!」
バキバキバキ グワシャアァァァ
木造校舎の2階部分が焼け落ち、大きく崩れていった。
お頭の声はそれ以降、聞こえることはなかった。




