32 不自然な紙飛行機
赤い夕日が差し込む拠点の寝具売り場で、ショウコがバタバタと駆け込んできた。
「あ、アリサさん、あの、タケルを見ませんでした?」
「タケルくん? さっきまでサクラさんと一緒に畑の草むしりをしてたんじゃないかしら」
そう言ってガラス窓から畑を見下ろす。
しかしそこに人の姿はなかった。
「あれ、もう終わったのかな」
「あ、アリサさんとショウコさん、ちょうどよかった。かぼちゃの収穫について相談があるんだけど」
その時、サクラが寝具売り場へ入ってきた。
「あ、サクラさん、うちのタケルを見ませんでした?」
「え、タケルくん? お昼までは一緒に草むしりをしてたけど……しばらくは見てないね」
「そうですか……」
ショウコの顔が曇る。
これまでひとりでショッピングモール内を探検して遊ぶことはあったが、ショウコはすでに小一時間ほど探しているという。
アリサは何か嫌な予感がしていた。
「他の人にも聞いてみましょう。もし敷地の外に出てたら大変ですから……」
寝具売り場を出て、各店舗を覗きながら広い通路を端から端まで移動する。
すると書店にセラの姿があった。
アリサとショウコの姿に気付くが、また再び本に視線を戻す。
「セラちゃん、タケルくん見なかった?」
セラはふるふると首を横に振った。
「2じかんはここにいるけど、だれもここはとおらなかった」
「そっか……ほんとどこ行っちゃったんだろう」
建物を出て敷地内をくまなく探す。
畑の周り、建物の影や塀との隙間、外周を一通り回ったがタケルの姿はない。
「あ、お姉ちゃん! ちょっと来て!」
表門のすぐ近く、駐車場の一角でミナがアリサとショウコのほうを見て手招きした。
そばに来るとミナは地面の一点を指さした。
「これ……」
そこには不自然な紙飛行機が落ちていた。
◆◆◆◆◆◆
俺はジュエリをバイクの後ろに乗せ、幹線道路を疾走していた。
夕日が辺りを赤く色付かせている。
「なぁユウっち、ちょっと疲れてへん?」
「ん? いや、そんなことないよ。まだまだ元気だぜ俺は」
「そぉなん? ならええけど〜。運転代わったげられへんくて、ごめんな〜」
俺の様子がおかしいことにジュエリは気付いているようだ。
もちろん、原因はさっき見たスカイツリーのポスターだ。
そしてジュエリの本名、クロイワジュエリ。
世間には「黒岩」なんて苗字はいくらでもいるだろうが、ポスターに映った黒岩源治の姿は、あの『クロイワ連合』のお頭を思わせた。
しかし確証は持てない。
写真の男はお頭と違い、髭もなければ髪型もきっちりまとめていた。
お頭は髭も髪も伸ばし放題、別人と言えば別人にも思える。
「なあなあ、なんか悩んでるん? やっぱ様子おかしいって。お姉さんに話してみ?」
「……ジュエリには隠し事はできないなぁ」
俺は観念して全てを伝えることにした。
今の拠点を構える前に、とある集落で酷い目にあったこと。
その集落のリーダーが暴力で人を支配していたということ。
集落の名前は『クロイワ連合』ということ。
「あー、あはは、そっか、そういうことか」
ジュエリは納得したかのように失笑した。
本当に勘がいい子だ。
「もしかして、だけど……『クロイワ連合』のリーダー……」
「ウチのおとんだって言うんやろ? さすがにそんなことないと思うけどなぁ」
ジュエリは意に介していないようだ。
「ま、考えてもしゃーないやん。それにウチはユウっちと一緒に生きていくって決めたんやで。もうそんな集落関係ないって」
「そっか、そうだよな、気をもんで悪かったな」
「さ、早よ帰ってご飯食べよ、ウチ、お腹減ったわ~」
日が落ちかけて、辺りが薄暗くなりつつある。
俺は少しスピードを上げて帰り道を急いだ。
「やっと着いたぁ~! ユウっち、お疲れ様やで!」
あれから30分ほど走り、俺たちはようやく拠点に辿り着いた。
辺りはうっすらとしか建物の輪郭が見えない程暗くなっている。
入り口の鉄門を開けようとしたところで、拠点の中が騒がしくなっていることに気付いた。
「あ、ユウトさん!」
ハルカがこちらに気付いて駆け寄ってくる。
「どうかしたのか? なんか騒がしいけど……」
「タケルくんが……」
そう言って建物の入り口付近へ視線をやると、そこには半分ほど開いたシャッターの前でLEDライトに照らされた数人の人影があった。
ショウコが憔悴して地面にへたり込んでおり、それをサクラがなぐさめている。
尋常ならざる事態であることは容易に想像できた。
「ユウトさん、タケルくんがね、いなくなってしまったの。それで、駐車場にこんなものが……」
そう言って、サクラは1枚の紙を俺に見せた。
その紙には黒いマジックで汚い字が書き殴られていた。
『ガキは預かった。返して欲しければ食い物を持って、クロイワ連合までこい。来ていいのは女だけだ、男が来たらガキを殺す』
「ああ、タケル……」
サクラは身を伏したショウコの肩をそっと抱きしめた。
セラも神妙な面持ちで俯いている。
「セラのせいかも。セラがタケルに良いかぼちゃの見分け方をおしえたから……たぶん、それを見にいって……」
「それは違うから安心しな」
俺は俯いたセラの頭をぽんぽんと叩いた。
「そういえばさぁ、他の人らは? アリサさんとミナさんはどこにおるん?」
それまで空気を読んで黙っていたのか、ジュエリが口を開いた。
「それが……」
サクラがハルカに視線を送った。
ハルカが言い辛そうに口を開く。
「この紙を見て、二人ともここを飛び出して行っちゃったの。私がちょうどバイクで帰ってきたところだったから、二人ともそれに乗って……」
「嘘やろ……」
「夕食用に用意していた食材を掴んで……あっという間だったわ」
サクラが補足した。
「なんて無茶な……殺されるで二人」
「その後、見回りから戻ったダリオさんとゼッドさんに伝えたら、俺たちが助けに行くってすぐに後を追って……」
それであの二人もここにいなかったのか。
ジュエリがハルカに尋ねた。
「それってどのくらい前の話なん?」
「うーん、ラジオが終わって帰ってすぐだったから……時間は17時くらいだと思う」
俺はタブレットPCを立ち上げて時計を確認した。
今は19時12分を指している。
「2時間くらい前か……」
「ユウっち、行くで。居ても立ってもいられへん」
急に前のめりになったジュエリに俺は驚いた。
「いや、危ないから俺一人で行く」
「何言うてんの? 『クロイワ連合』ってとこ行くんやろ? 付いていくに決まってるやん」
強く主張するジュエリ。
まぁそりゃそうだよな。
「二人も心配だし、ここまで来たらそのリーダーってやつ、確認したいやん?」
「でも、危険かもしれないぞ?」
「ウチ、逃げ足速いから大丈夫や。それにウチの体力、みたやろ? つべこべ言わんと、はよバイク乗りい!」
そう言って俺の尻を叩いた。
そういや2500段の階段を登ってピンピンしてたな。
俺は覚悟を決めた。
「よし、行こう。拠点のことはみんなに任せていいか?」
「だいじょうぶ、セラが守ってるからあんしんして」
力強くそう言ったセラに対し、俺は親指を立てて応えた。




