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お守り



 日が暮れると、体を清めて初夜の準備をした。

 誰かに教わったということはないのだけれど、私はなんとなくそれがどんなことなのかを知識として知っている。


 具体的な描写までは乏しいものの、今まで読んできた本の中にはそういった場面が出てくることがあったのだ。

 だからきっと大丈夫だと思いながら、私は寝室でディアス様の訪れを待った。


 ローラさんたちが用意をしてくれた夫婦の寝室には、大きなベッドとソファセットがある。

 テーブルの上にはお酒や飲み物が準備されていて、溶けるとよい香りのする蝋燭の炎が部屋を照らしていた。


 薄手のレースを重ねて作られたドレスを着た私は、部屋から持ってきた贈り物をテーブルに置いて、ソファに座って眺めている。

 

 ディアス様にさしあげようと思って持ってきたサメの歯の首飾りと、何冊かの本がある。

 なんだか忙しなくて、渡せないままでいた。


 ここに来たときに、私はディアス様には恋人がいるのだと思い込んでいたので、余計に渡せなかったのだと思いだし、懐かしさに微笑んだ。


 あの日から、色々あった。

 そしてこれからも共に日々を歩んでいけるのだと思うと、心があたたかくなる。


「リジェ、待たせた。遅くなったな。オーウェンが、酒につきあえとうるさくてな」

「いえ、大丈夫です。オーウェン様は、ディアス様に似ていらっしゃいますね。奥様もとても優しい人で、お子さんもとても可愛かったです」


 不死鳥の女神だ――と、大きな声で言って、私の手を握ってぶんぶん振るオーウェン様と、その隣で「ごめんなさいね、リジェットさん」「父上、飲み過ぎです」と咎める奥方様と、子供たちの姿を思いだした。


 快活に笑う様子が、ディアス様に似ている。アリエス様とはあんなことになってしまったけれど、ディアス様とオーウェン様は仲がよい様子だった。


「私のことは気にせずに、お酒を飲んできてもかまいませんよ」

「そんな、つれないことを言わないでくれ。俺は君と二人きりになりたかったというのに。君は、違うのか?」


 湯浴みを終えたばかりなのだろう、ディアス様の髪はしっとりと濡れている。

 無造作にオールバックにかきあげているだけなのに、その形のいい額や凜々しい眉や、涼しげな目元がいつもよりもはっきり見えるだけで、胸が高鳴った。


 私の隣に座り、手を握ってくださる。

 お日様の匂いではなくて、石鹸のよい香りがする。

 ガウンからは分厚い胸板がのぞいていて、未だ男性の裸に慣れない私は、それだけで恥ずかしくなってしまった。


「リジェ?」

「……わ、私も……二人に、なりたかったです。皆と、一緒も楽しいですけれど、あなたの時間を私にくださることを、嬉しく思います」

「俺も同じだ。俺の時間はいくらでも、君に贈ろう。その代わり、君を俺にくれるか?」


 引き寄せられて、唇が重なりそうになる。

 その前に渡すものがあるのだと、私はディアス様の口を両手でふさいだ。


「……リジェ?」


 不思議そうな顔をしているディアス様に、サメの歯の首飾りを差し出した。


「あの、これ。たいしたものではないのですけれど……ユーグリド家からこちらに来る前に、街で買ったものです。海辺の街では、お守りとしてサメの歯を装飾品にしていて。さしあげようと、思っていて……渡せずに、いました」


 紐に、細い金属で括り付けられている、白い歯である。

 人間の歯よりもよほど尖っていて、大きい。それは、魔を払い、災いから身を護り、家を繁栄させると言われている。


「これを、俺に?」

「はい。あまり、高価なものではありませんけれど……」

「ありがとう、リジェ。嬉しい」


 ディアス様は瞳を輝かせて、本当に嬉しそうに笑った。

 時折、少年のような仕草をするのが、可愛らしくて好きだなと思う。

 普段の凜々しい表情も好きだけれど、こうして――とても無防備な仕草をなさるのが、特別なことのように感じる。


「喜んでいただけて、よかった。渡すのが、遅くなってしまいました。私、ディアス様には恋人がいるのだと思って……だから、他の女性からの贈り物は迷惑かと、思っていましたから」

「あの時は、すまなかった。リジェ、俺が愛するのは生涯で君だけだ。あらためて、誓わせてくれ」

「はい。私も」


 ディアス様は首飾りを首につけてくださった。

 立派な体躯に、その首飾りはとてもよく似合っていた。

 

「災いから身を護り、家が繁栄すると言われているのです」

「そうか。いいものをもらった。ありがとう、リジェ。……そうだ。俺も君に渡したいものがある」


 私の手をとり、ディアス様は左の薬指に指輪をはめてくださる。

 銀の指輪には、宝石でつくられた四つ葉の飾りがついている。


「これは……」

「グレイシードに頼み、つくらせた」

「……ディアス様、私の話を、覚えていてくださったのですね」

「当然だ。君は宝石には興味がないのだろうが……気に入って、くれただろうか」

「嬉しいです。とても、綺麗。宝物にしますね!」

 

 指輪に手を重ねて、胸の前できゅっと握った。

 宝石もドレスも興味がなかったけれど――大切な人からの贈り物は、こんなにも嬉しい。


「ディアス様、私、ディアス様の興味がありそうな本も、何冊か……」

「あぁ。ありがとう、リジェ。嬉しいが……本を読んでいると、夜が明けてしまうな。それは明日、ゆっくり読もう。一緒に。だから、今は」

「……はい」


 部屋に、熱が満ちた気がした。

 熱心に見つめられると気恥ずかしくて、視線をそらしてしまう。

 でも、嫌ではないのだと伝えたくて、手を伸ばして、ディアス様の腕に触れる。

 ディアス様は私を抱き上げて、ベッドに運んでくださった。




お読みくださりありがとうございました!

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