初夜
――こんな気持ちで、初夜を迎えられるなんて思っていなかった。
ディアス様の唇が私の唇に重なる。一度触れるだけで離れて、それからもう一度重なった。
唇の狭間を舌先が辿り、それからぬるりと口腔内にぶあつくて大きな舌が入ってくる。
私の舌よりもおおきなそれに、ざらりと口蓋を撫でられた。
体がざわりとさざめく。恥ずかしくて、逃げたくなってしまう。
愛しくて、幸せなのに、恥ずかしい。
私に、変なところはないだろうか。ディアス様に、失望されたりしないだろうか。
一定の距離を保っての関係なら、そんなことを心配したりはしないのに。
二人で一つの塊になってしまうように距離が近づき、境界が曖昧になると、取り繕っていたものさえ全てさらけ出していくようで。
胸がうるさいぐらいに高鳴って、愛しくて、幻滅されないか不安で。
色んな感情がぐちゃぐちゃになるけれど、その先にあるのは穏やかな幸福だった。
「ん……っ」
舌が絡め取られて、擦り合う。
誰にも触れられないような場所が触れあっていることに、目眩がする。
体の感覚が、そこだけになってしまったようで。
他の感覚が消えてしまって、ディアス様だけが私の全てになってしまうような錯覚を覚えた。
「ん、ぁ……」
吐息混じりの甘えるような声は、自分のものではないようだ。
優しく甘い口付けは、呼吸さえ奪うような激しいものに変わっていく。
荒れた海のような激しさで幾度も角度を変えながら舌を絡めて、舐られる。
びくびくと体が勝手に震える。
手を繋がれて、握りしめられるのを感じる。その手も、舌も、熱い。
「……っ、は……ぁ」
「リジェ。……好きだ」
きっと、顔も体も真っ赤に染まっているだろう。
生理的な涙がこぼれるのを、ディアス様が目尻に口付けて、舐めとった。
答えたくても、声の代わりに吐息が漏れる。
はぁはぁと呼吸を繰り返す私を、ディアス様がじっと見つめている。
「……あの、恥ずかしいので、あまり見ないでください」
「それはできない相談だな。俺は、今日の君をずっと覚えていたい」
それは、意地悪ではないかしらと思って、私は軽くディアス様を睨んだ。
ディアス様は笑いながら、私の頬を撫でる。
「ディアス様……」
「ん?」
「……私に、不手際があったらおっしゃってくださいね。こういったことははじめてで、誰かに教わることもなかったものですから」
「君は、そんなことを心配する必要はない。大丈夫――と言えるほど、俺も経験があるわけではないが、……あぁ、何を言っているのか、俺は。……リジェ、俺に全て任せていろ」
ディアス様はぐしゃりと髪をかきあげて、恥ずかしそうに目尻を染めた。
それから、ガウンをやや乱暴に脱ぎ捨てる。
剥き出しの上半身に、私がさしあげた首飾りが揺れる。
鳥の羽と、サメの歯と、それから、辺境の狼。
空と、海と、陸の覇者のような、雄々しく立派な姿に、私は知らず呼吸が乱れるのに気づいた。
今からこの方に抱かれるのだと思うと、体の奥に灯っていた熱が全身を巡り始める。
「愛している、リジェ」
「私も、あなたが好き」
首筋に、唇が落ちる。
甘噛みされて、優しく舌で舐られると、はしたない声が唇からこぼれ落ちそうになる。
体を優しく撫でる手が、時々触れる金の髪が、いつもよりも低く掠れた艶のある声が、全て愛しい。
私は、三艘の船と交換に、ディアス様の元に来た。
本があり、ウルフガードの自然があれば、私は幸せだ。
だから、どこにいても私は私。変わらないと思っていた。
でも、私は変わったように思う。
ディアス様が好き。愛しい。こうして――体を繋げるのは、ただの夫婦の義務ではない。
愛されているのだと、全身で感じることができる。
破瓜の痛みに眉を寄せると、ディアス様は私の髪や背中を辛抱強く撫でてくださった。
「リジェ。……よく、頑張ったな。ありがとう」
褒められて、甘やかされて、私は――涙をこぼした。
これは、幸せな行為だ。
だから、本の中の恋人たちも、情熱的に体を繋げていた。
ディアス様の逞しい背中にしがみつくように手を回すと、お母様が亡くなってから、誰にも愛されなかった幼い私が、もう大丈夫だと微笑んでいるような気がした。
全て終わるころには、私は体に力を入れることができないほどに、疲れ果てていた。
このままもう眠ってしまいたかったけれど、それがとても勿体なくて。
なんだか無性に甘えたくて、ディアス様が私の髪を撫でる手をぎゅっと握りしめて、胸に抱えた。
「リジェ、大丈夫か? どこか、痛むか?」
「痛くないです。……私、変なところは、ありませんでしたか?」
「可愛かった」
「……っ、は、はい……ありがとうございます」
「そう可愛い反応をされると、もう一度、と、思ってしまうな」
「ディアス様が、そうしたいのなら」
「……冗談だ。君に無理をさせたくない」
ディアス様は私を抱きしめる。
剥き出しの皮膚が触れあう感触や、その暖かさに、私は目を細めた。
「……ありがとう、リジェ。君には幾度、礼を言っても足りない。フェリオのことも。……俺は、諦めた。だが、君は諦めなかったな」
「……あの時は、必死で」
「その必死さが、俺にはなかった。ここは、死が近い場所だ。だから、諦める癖がついていたのだろうな。……今は、違う」
ディアス様は私の髪に、祈るようにくちづけた。
「たとえ、戦場で倒れるようなことがあったとしても、腕をなくし足をなくしても、這いずってでも君の元に戻ってくる。戻ってきたいと、今はそう、思える」
「……ディアス様。私も、同じです。ですが……そうならない道を、探していきたいと思います。皆が、愛する人と穏やかに暮らせるように」
それは本音だ。けれど、それだけではない。
私は――。
「あなたを失うことが、今は、怖いです。我が儘かもしれません。けれど、ずっと、一緒にいて欲しいのです」
「もちろんだ。……愛しているよ、リジェ」
やはりもう一度、と、ディアス様が耳元で囁いた。
私は狼狽えながら、こくんと頷くことしかできなかった。
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