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ディアス・ウルフガード 3


 ◆


 カーライルからユーグリド家の話を聞いて、なおさらリジェットの元に戻りたくなった。


「……ふ」

「どうされました?」

「いや、なんでもない」


 陛下から結婚しろという手紙をもらったときは、面倒なことだと――戦は起らないのかとまで考えたというのに、驚くほどの変化だ。

 その心境の変化は、俺にとってはとても好ましいものだった。


 陛下から任されている国境を守る、この国を守ることがウルフガードの役割である。

 それだけを考えて生きてきた。

 疑問にも思わなかったし、それが誇りでもあった。

 守るべきものは多い。この土地であり、人々の命であり、ローラたちであり、そして、弟。

 

 彼らを守って死ぬことができれば本望だ。戦場で散ることが騎士の誇りであると、どこかで考えていた。

 実際、戦場で受けた傷が原因で亡くなった父も、誇り高かった。


 無駄に長らえて無様を晒すよりはずっといいと、後のことを俺に任せて満足げな笑みをたたえながら逝った。


 俺もそうだろうなと、考えていた。

 ――けれど、どうにも違う。リジェットが心に住むようになってから、戦は煩わしいものだと思うようになっている自分に気づいた。


 リジェットの傍にいたい。戦場で散るなど、馬鹿馬鹿しい。

 早世するより生きながらえたほうが幸福ではないか。それだけ、リジェットとの時間が増えるのだ。


「さっさと吐かせて、帰るぞ」

「御意に」


 小高い丘の上にある国境の砦には、見張りの兵たちが待機している。

 国境全体を見渡すことができ、望遠鏡でのぞけばサリヴェの砦が小さく見える距離だ。


 サリヴェの兵士が幾人か、森の木々に紛れて国境を越えようとしているのをみつけて捕縛をしたのだという。

 兵でなく亡命者なら、身柄を確かめウルフガードの亡命者用の街に送る手はずになっている。


 兵の場合は捕縛して、捕虜にする。捕虜交換の取引に使う場合もあれば、場合によっては処断することもある。


 できれば、処断はしたくないが――素直に口を割ってくれればいいがと思いながら、俺は捕虜が投獄されている牢へと向う。


 牢の中には、三人ほどのサリヴェ人が縄を打たれて座り込んでいた。

 ディアス様がいらっしゃった――と、尋問を続けていた兵士たちが、サリヴェの兵から離れる。


「サリヴェ人よ。先の戦でサリヴェは兵を退いた。しばらくは大人しくしているだろうと考えていたが、何故国境を侵そうとした? たったそれだけの人数で、俺の首がとれるとでも思ったか?」


 問いかけに返ってきたのは沈黙だった。

 尋ねただけで答えてくれるとははなから思ってはいないが、中々に強情そうである。


「俺は、ディアス・ウルフガード。素直に吐くなら悪いようにはしない。命の保証はしてやろう」

「……」


 サリヴェ語で話しかけるが、返答はない。ウルフガードの地でも、サリヴェ語がわかる者は少ない。


 文官が少ないのと同じように、机に向って多国語を覚えようとする者はほとんどいない。

 リジェットは――サリヴェ語が読めるのだったなと、ふと思い出す。


 美しく、どこか浮世離れしている雰囲気がある女性だが、話してみると驚くほどに地に足のついた聡明な人だ。


「カーライル」

「心得ております」


 牢を開き、中に入る。

 サリヴェの兵たちはすでに、爪を剥がされ、腕を折られていた。

 それでも口を開かなかったのだろう。彼らは国に対する忠誠心が高い。

 サリヴェ人は死を恐れない者が多い。それは、体の中に魂があり、魂が天にのぼると信じているからだ。


 信仰心は強い。それを折るためには、信仰に勝る苦痛を与えるか、それとも甘い蜜で懐柔するかのどちらかだ。


「目的を吐けば、サリヴェの砦に帰してやろう。どのみち、逃げたところで俺に斬られるだけだ。辺境の狼の名を、知らないわけではあるまい」

「……」

「沈黙を続けるならば、死ぬよりも辛い苦痛がその身にふりかかる。既に、両手は使い物になるまい。足を切られれば逃げることもできない。腕を切られれば、騎士として死ぬこともできない」


 カーライルの指示で、サリヴェの兵の一人を強引に立たせる。

 水瓶の中に顔を突っ込み、頭を押さえつける。

 水瓶からあふれた水が、牢の床に広がる。


 ――まったく、不愉快な光景だ。このような時間を過ごすのならば、趣味に興じていた方がずっといい。

 腕を組んでその光景を眺めながら、眉を寄せた。

 苦しげに足をばたつかせるのを、兵たちが押さえつけている。酸欠で、そのうち動けなくなるだろう。

 死なないぎりぎりで引き上げて、これを繰り返すのだ。


 ざばりと顔をあげられたサリヴェの兵は、酸素を求めるようにして喘いだ。

 ぜぇぜぇと呼吸を繰り返す。カーライルが「言え」と言うのに、答えない。

 ちらりと俺を見るので、もう一度と、示した。


「吐くまで続けろ。ただし、殺すな」

「わかりました。三人いますから、一人死んでも問題ないでしょう」

「そうだな。最後の一人は慎重にあつかえ」

「悪魔め……!」


 拷問を受けていないサリヴェの兵士が、俺を睨み付ける。

 俺は薄く笑った。感情的になればなるほどに、人は口が軽くなる。


「悪いようにはしないと言っているだろう。聞き分けがないから、苦痛を与えなくてはならない。互いにとって、それは辛いことだとは思わないか?」

「そうやって笑っていられるのも今のうちだ」

「どういうことだ? 教えてくれるか?」


 俺は牢の中の男の前にしゃがんで、視線を合わせる。

 男は嘲るように笑った。


「俺たちの役割は、お前をウルフガードの城から引き離すことだ。今頃は――お前の大切なものの命は、失われている」

「――なるほど。そうか。話してくれて感謝する」


 ウルフガードの城を襲撃するために、この者たちは囮として使われていたのだろう。

 捕縛されるのを見越して、国境を侵そうとした。

 俺がここに来た時点で、この者たちは役目を終えている。


「ひどいことをするものだ。兵の命を、駒のように扱うなど。皆、サリヴェの兵たちの傷を治療し、あちら側に戻してやれ」

「何を言っているんだ……!」

「安心しろ。戦場で会うことがあれば、心置きなく斬ってやる」


 カーライルを連れて、急いで砦を出立した。

 ――リジェットは、無事か。

 城の者たちは。

 

 頭の中がそれだけでいっぱいになりそうになるが、焦りと怒りを心の中に押し込めた。


「ディアス様、ウルフガードの城に侵入されたのでしょうか」

「可能性としてはあるな。だが、正攻法で攻め落とせるとは思わない。こちらが陽動、寡兵にて侵入し、制圧したか、それとも――フェリオやリジェットを攫った可能性の方が高い」

「どうされますか」

「カーライル。お前は兵を率いて城に戻れ。俺は一人でサリヴェの砦を制圧して回る。空振りでも、情報を得ることはできるだろう。万が一、リジェットやフェリオが捕らえられていたとしたら、救出をする」

「ディアス様、さすがにお一人では」

「一人でいい。時が惜しい。信じているぞ、カーライル。城を頼む」


 共に城に戻ることも考えたが、そんな単純な話ではないような気もする。

 大軍で城に押し寄せて制圧でもしないかぎり、サリヴェに勝ち目はない。


 大軍を動かせば、すぐに気づくだろう。

 それをしなかったということは、寡兵で城に侵入し、リジェットたちを攫った可能性が高い。


 復讐のためか、それとも交渉のためか。

 砦の兵士たちを連れて、カーライルがウルフガードの城に向う。

 俺は、サリヴェの城に向けて馬を走らせた。


 

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