表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

DAIヨンワ

 コンクリートが剥き出しになった天井を見た。左眼が疼く。気持ち悪い感覚だった。そのあたりを触ってみると、ガサガサとした手触りで、何か布が分厚く巻いてあるようだった。


「ようやく目が覚めたようですね。……チッ、一生眠ってれば良いのに」


 聞こえてるぞ、とツッコミを入れるほど気力が出ない。


 視界に現れたのは赤い髪を短く切り揃えた少女。名前は……忘れてしまった。その姿が二重にぼやけて見えるのは、まだ意識が覚醒し切っていないせいだろうか。


「ようやく目が覚めたようですね。……チッ、一生眠ってれば良いのに」


「いい加減にしろ、景! 理人様はまだ意識が混濁されているご様子だ。……申し訳ありません。また後で説明させて戴きます」


 ああ、確か双子の姉妹だったか。こっちが髪が長いほうの。


「フン、いつまでその態度を続けるつもり、舞?」 「景、そんなに独房が恋しいのか?」


 また部屋が静かになった。2人は出て行ったようだ。しばらく天井を眺めていると、また視界がぼやけ始めた。


 ――ひよこが空を飛んでいる。





「何をおっしゃられているのですか……」


「えっ? なんだって」


 向かいに座る舞が額に手を伸ばしかける。一方、壁にもたれかかって腕組みをする景は露骨にため息をついていた。


 意識が戻って1日ほどが経った。食事も問題なく摂れている。コンクリートが剥き出しの部屋で、無機質なテーブルを囲む昼下がり。


「では、もう一度説明しますので、しっかりお聞きになってください」


 舞の語気が、少し強まる。景は手元のスマートフォンを眺めていた。


「大紙グループという名前を聞いたことは?」


「ああ、何となく」 大紙製薬とか、大紙開発とか、ダンボール箱に印刷されているのを見たことがあった。大紙不動産なんてのもあったかな、看板を見かける。


「大紙グループの統括者であられた霊長様が少し前にお亡くなりなられました。そこで、大紙家に仕える我々が莫大な遺産を整理をしていたのですが……霊長様の直筆であると思われる遺言状と思われるが見つかりました」


「はあ」


「中身は、我々の知るところではないのですが、宛名が書いてありまして、長女の霊子様のお名前が」


「それで?」 まだ俺には全く関係のないように思える。


「そのあと霊子様は、私たちに、加藤理人という男、つまり貴方を探すように言いつけになられました」


「え? もしかして、その遺言状と、俺に関係が?」


「いえ、やはり明確には存じ上げないのですが。調査をしていくうちに、あなたと霊長様が血縁関係にあることが発覚しました。それも、親子の関係であると」


「ハハハッ、そんなまさか……」 なんて、引きつった笑みを浮かべながら、俺は興奮していた。


 俺は今まで一度も父親というものを見たことがない。だからと言って、実父がよくわからない金持ちのおっさんだと言われてもすぐには信じられないものだが、もし本当なら莫大な遺産が手に入るはずだった。


「理人様がこれからどのような処遇になるか、まだ何も確証が無いにも関わらず、妹が先走ってしまい、理人様をこのような目に合わせてしまったことを深くお詫び申し上げます……」


「アハハ、いいんだいいんだ。別に生きてるし、左目は見えないけどな! アハハは」


 金だ! 金が手に入る!


「……謝罪しても、し切れません」


「フン、顔を上げて見てみなさいよ、舞。この薄汚い笑みを。金が貰えるやもしれないと知った途端に、このザマよ。こんなやつに霊長さまの汗と涙の結晶を渡すなんて。……まあ、あなたに渡る金なんて雀の涙ほどもないわ。殆ど奴らがぶん取っていくでしょうからね」


「……次に、霊子様からのふたつめの言いつけですが――」


「おい待て、奴らって何だ!」


「――高等教育を受けさせなさい、とのことでして」


 舞は、立ち上がった俺を一瞥し、景を睨んだ。


 2人の視線を集めた景は俺たちの座るテーブルの周りを歩きながら、得意げに話し始め。


「長女の霊子、長男の蘇手長(そでなが)、次女の幽子(かすこ)、次男の馬練嗣(まねつぐ)、、三女の眼子(まなこ)、三男の盧武助(ろぶすけ)、四男五男の多機太(たきふと)少機太(すきふと)とそれから……」


「もういいわ、十分よ」


「孫やひ孫も含めて全員エリート気取りの蛆虫たち。オオカミというよりハイエナね……あなたはそれ以下。そいつら全員、いかにして自分が金を手に入れるか、と言うことしか考えてないの。私が仕留め損なったとしても、そのうち誰かがヤるんでしょ?」


「どう言う意味だ!?」


 どう言う意味だ!? さっぱりわからん!


 舞に助け舟を求めて視線を向ける。舞は目を瞑ったまま口を開けた。


「理人様が命を狙われる可能性は、今のところ低いでしょう。と言うのも、霊長様に新たな隠し子がいた、という情報は、秘書部の中でも霊子様の勅命を受けた私たち2人を含めて数名しか知りません。しかし、絶対に無いとは言い切れないのも現状です。彼女(けい)のような過激な思想を持った人間が大紙家の中にいることも、また事実でしょう」


 舞は息継ぎをして続ける。


「先程の続きですが、霊子様は、貴方を高天原学園(たがまがはらがくえん)高等学校に入学させることを望んでいらっしゃいます。そこには大紙と関わりのある人間が多く在籍、卒業しています。霊子様のお考えは、私には推量しかねますが、理人様を公に大紙の人間として扱おうとしていることは明白でしょう。そうなれば……」


「危険だって言いたいのか?」


「……はい。しかし、貴方が霊長様の実子であると発覚した以上、遺産は正当に分配されるべきです。つまり、ご兄弟に貴方の存在が知れ渡ることは、避けて通れぬ道なのです。ならば、大紙の人間として堂々と公にその名を轟かせるべく、大紙の人間にふさわしい教養を身につけるために、是非とも高天原学園に通うことを決意していただきたく存じます」 舞の赤い眼が真っ直ぐに俺の右目を射抜いた。


「何が大紙の人間にふさわしい教養よ、ばかばかしい。選民思想加速装置にこいつをブチ込んだところで、ただの特権階級気取りになるだけね。大金に目を眩ませてドブの中で踠き苦しむよりも、荷物を仕分けて中学生に馬鹿にされながら一生惨めに暮らすほうがお似合いよ。今なら、まだ、その足ひっこ抜けるわよ?」


「……景。これは霊子様の、引いては霊長様のお望みだ。あなたの私情が介入する余地など無い。私たちは従い、それに従わせる。私たちはただの媒介者でしかない。」舞は俺に再びを目を合わせる。「お察しでしょうが、貴方に選択肢はありません。霊子さまの言いつけ通りに、ドブの中だろうと引き摺り込まれて頂きます」


 景が俺の右肩に白い手をのせる。


「ドブの中でマトモな死に方なんて出来ると思うな! どうしようもなく、醜く野垂れ死ぬ運命を選ぼうとするのなら、ここで今一度銃口と向き合う覚悟を決めなさい。容赦はしないわ」


 いつのまにか舞が左腕を掴んでいた。


「お金は、大事です。あなたは非常に困窮した生活をしているはずです。何せ高校に通う暇すら無く、必死に働いていました。これは、あなたの人生を変える絶好の機会です。何も迷うことなどありません。お金さえあれば、馬鹿にされません。勝ち組への第一歩を!」


「金ならどうにでもなる! 本当に必要なら奨学金でも借金でも、何だろうと救済システムはあるんだよ。今のままじゃ当然返すアテなんて無いだろうから、やっぱり死んだほうがマシだ」


 景の顔がめちゃくちゃ近い。女の子って良い匂いがするんだなあ。


「一般的に人間はいつか死にます。いつか死ぬのなら、今死ぬ必要はありません。あなたに与えられた役割を果たしてからでも十分間に合います。それは私の、霊子さまの、そして霊長さまの手を取ることです」


 舞が、ついに、しなだれかかるようにして身体を寄せる。腕が柔らかい感触に包まれる。追牌だあ。


「通うよ」


 景の拳が顔面に迫るのが見えた。俺はそれを掌で受け止める。二発、三発、全て握り潰した。


 景は目を見開く。「なぜだ!?」それは二重の意味を孕んでいた。――あれ、何でだろう。自分でもわからないけど、全て見えたのだ。


 舞もそれは同じだった。だが舞は満足そうに微笑んだ。「これで決まりね」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ