行く年来る年18
「よ、妖刀ちゃん……?」
あまりにも唐突な状況の変化。
目の前のそれを信じられずに呼びかける悠だが、それで現実が変わる訳でもない。
「寝た……?」
パラドックス――回答が無い事が回答。
妖刀は悠の横に崩れ落ち、そのまま眠りについていた。
まるで最初からそこで眠っていたように静かに。どんな夢を見ているのか、僅かに微笑んでいるようにも見える。
彼女の寝息に体を起こしながらそれを見下ろしていた悠の溜息がシンクロした。
「なんだよも~……」
身体に覆いかぶさっていた腕からすり抜けて起き上がる。
(……あと少しでOK出したかもしれなかった)
早鐘を打つ心臓は、その鼓動で全身に血を送り続けながら、反対にあらゆる戸惑いを集めているようだった。
そのドギマギが頭に昇り、とんだ肩透かしを食らった悠に、寂しいような悔しいような苦しいようなよく分からない気分にさせる。
「もう……」
あと少し、あともう一押し、もしそれがあったら、或いはそうしていたのかもしれない――そうする事が具体的にどういう行為によるものなのかは分からないが。
「本気だった……?」
またも返事はない。
記憶を――と言っても、そんなに前ではないのだが――たどる。
酔っ払いは信用できない=先程自分で言った真実。
酔った時に本性が出る=経験上信憑性は高いと思われる説。
そして、先程の妖刀の言葉――脳に焼き付いて離れない。
好きに捉えるか?心に浮かんだその考えを悠はすぐに否定する。相手は生きている。今目の前で気持ちよさそうに眠っている。簡単だ。聞けばいい。
「……」
勝手に間違えて酒を飲み、勝手に酔っぱらって、勝手に押しかけてきて、勝手に――ドキドキさせて。
悠の心はそう言いたて、そして体に命じている。「だから構う事はない。起こして聞け」と。「勝手に酔って人を巻き込んだのだ。こちらから絡んでも文句はあるまい」と。
だが、身体はそれに従わない。
「……」
ただ、見下ろしている。
その幸せそうな寝顔を。
「……寝よっと」
立ち上がり、そっと押し入れを開けると、もう一枚掛布団を取り出してきてそっと妖刀の上にかける。 流石に敷布団は無いが、くるまっていれば寒くはなるまい。
それから慎重に自分の掛布団を彼女の下から引き出して寝床を確保する。妖刀がいる側とは反対にずれ、体がはみ出た分には毛布をもう一枚敷く。
「これでよし」
改めて妖刀の寝顔を見る。
いつもの彼女=クールで凛とした優等生のイメージとは違った、無邪気な寝顔。
「はぁ……」
もう一度溜息をつく――少し笑いながら。
それがギャップというものだろう。叩き起こして問いただそうとするのを思い留まらせるぐらいの、思わず微笑むような寝顔。
「おやすみ。妖刀ちゃん」
灯りを消し、自分の布団に潜り込む悠。
「……明日、確認するから」
まだ鼓動と胸のざわめきが治まらぬままだったが、何とか眠ろうと目を閉じた。
「……私もだよ」
暗闇の中、しばらく胸中のもやもやについて考えた悠の声が響く。
何故もやもやするのか、何故鼓動が速くなるのか、その答えを認めるまでにかかった時間は長かったのか、短かったのか。
「私も……大好き」
器量が良くて、仕事も家事もよくできて、真面目で、世話焼きで、度胸があって、でも弱い所もあって、何より気立てが良くて優しい――好きになるのに十分だ。
(つづく)




