寒さ、疲労、少しの油断14
「これでいいか」
一般であれば昼食に入ろうかという時間。
社務所でも例外ではなく妖刀が鍋の前に立っていた。
煮え立ったそれから蓋を取って中身を確認すると、そんな彼女を迎えるように噴き出した湯気に顔を包み込まれる。
「呼ぶか……いや」
少し考えてから戸棚に向かい、一人用の小さな土鍋を取り出してくる。
以前悠が発泡酒のキャンペーンで6本ケースについてくる応募券を送って貰ってきたこの土鍋。実際に使ったのは数回だけだが、それでもこういう時には役に立つ。
「あつつ……」
鍋の中身を土鍋に移すと、土鍋の蓋を閉じて茶碗と一緒に適当な盆に載せ、妖刀は二階へと登って行った。
悠の部屋。
そっと中に入ると、布団がもぞりと動く。
「あ……妖刀ちゃん……」
「起こしてしまったか」
まあどの道起こすつもりだったが――そう付け加えながら枕元に膝をつける。
「食事だ」
「なんだ……。いつもみたいに呼んでくれたら降りたのに」
苦笑しながら上半身を起こした悠。
その身体はしっとりと汗で包まれ、熱があることを示すように頬に朱がさしている。
その頬に、土鍋から湧き上がった湯気が触れる。
「ほら、食えそうか?」
「うん。大丈夫。……過保護だなぁ」
笑いながら茶碗と箸を受け取る悠。
妖刀がよそった粥が独特の香りで鼻腔をくすぐる。
「いただきます」
「そのまま食べていてくれ。水と着替えを持って来よう」
立ち上がってもう一度一階へ。薬と水分補給の為にペットボトルのミネラルウォーターを持って二階へ戻る。
「……ああ、そうだった」
その途中で居間を覗く。
いつもの昼時の癖でついつけてしまったテレビが、昼時のドラマを映している。
病院のシーンなのだろうか、恐らく医者役なのだろう白衣姿の若い俳優を、同じく白衣姿の年配の俳優が諭している。
「確かに血を見て冷静さを失うようでは医者失格だ。だがね、私はそれと同じぐらい失格になるものがあると思う――」
どうせ悠が降りてこないのなら消してしまえ――そう思ってリモコンを探している間に発せられた台詞に、つい妖刀は手を止めて画面を見た。
「……っと」
年配の俳優の台詞を全て聞き終えてから、自分が何をしていたのか思い出したように改めてテレビを消すと、もう一度二階へ向かう。
それからしばらく、もし晴れていれば太陽が西に傾き始めたのが分かるぐらいの時間。
「……ぅ」
妖刀は居間の炬燵にあたっていた。
「はぁ……」
計算違い:悠が寝ている間は特にやる事が無い。
看病と言っても寝ているのをじっと見ている訳にもいかず、かといって今日の主要な用事は午前中に大体終わってしまった。
「夕飯は何にしようか……」
呟きが漏れる――気持ちがしっかり出ている眠そうなそれ。
流石に夜も同じ粥では飽きるだろう。だが、あまり病人に色々食べさせていいものかとも思う。
一応昼の粥は完食したし、本人曰く吐き気や下痢はしていないそうだ。
「消化が良くて栄養のあるものか……。冷蔵庫に何があったかな?流石にこの天気で買い物には行きたくないが……」
多分、自分は人並みかそれ以上に料理は出来る。少なくとも苦手ではない――自惚れではなくそう思う妖刀だが、それでもそんな都合の良いメニューがすぐに思いつく訳ではない。
「何にするかな……」
眠気が一層強くなる。
最早本人以外に聞こえないような、かすれた小さな声。
それすらも静かで規則的な寝息に変わるのにそう時間はかからなかった。
(つづく)
いつもいつも投稿遅くなりまして申し訳ございません。
明日もこれぐらいの時間に投稿予定です。
明日か明後日にはこの章も終わる予定です。




