寒さ、疲労、少しの油断9
そんなこんなで一日が終わり、翌朝。
しとしとと久しぶりに降った雨は、日付が変わった辺りから止むことなく朝まで続いていた。
いつものようにカーテンの隙間から差し込む朝日が無い分、眠りを妨げるものがないはずの薄暗い朝。
しかしそんな中で悠は自力で起き上がった。
上半身を起こし、まだ布団の中にある下半身を、布団越しに見るでもなく見る。
ぼうっとする頭。首の上にそれが乗っている事を確認するように、掌で額を触るとぼそりと漏らす。
「……これは風邪だな」
不自然な程の温度を感じた掌を見つめ、それから大きく溜息を一つして布団から抜け出す。
寒気、だるさ、喉と鼻の不快感。
風邪でなくてなんなのか。
だが、当の本人はそれを素直に認めようとはしない――より正確に言えば、素直に表明しようとはしない。
「……どうする?」
一瞬頭によぎる案=いつものように既に起き朝食の準備をしてくれている同居人に正直に話す。
「いや、でもな……」
脳内にいくつかの反論が瞬く間に巻き起こり差し戻し。
そのまましばし重い頭で考え、その結果として気怠い体を布団から無理矢理引きずり出した。
「よし、大丈夫」
鏡を覗き込むと、やはり熱の為かいつもよりやや顔が赤くなっている気がするが、まあ大丈夫だろう――そう信じようとする。
「大丈夫大丈夫。動いていれば元気になるって」
自分に言い聞かせるようにそう言って気怠い体に勢いをつけ廊下に出る。
プランはこうだ。まずいつも通りに妖刀と顔を合わせる。幸いにして吐き気はないため、朝食を詰め込む――吐き気はないものの食欲もないのは懸念すべきだが。
その後は色々と忙しく動き回る妖刀の隙をつき薬箱から市販の風邪薬を取出して服用する。
病院で処方される薬程の効果は望めないだろうが、それでも十分効果はあるだろう――願望込みで。
可能なら朝の分だけでなく、今日一日分を小分けにしておきたいところだ。それが可能なら後は幾らでも服用するチャンスはあるだろう。
「ばれないように、かつ確実に……」
静かに口の中で呟いた今回の方針。
妖刀にばれないように、全て水面下で処理する。
(妖刀ちゃん、多分心配するだろうし……)
悠の脳内で行われたシミュレートでは、一番軽いケース=妖刀が一番ドライな対応をするケースでも何らかの形で気を揉ませてしまうだろうという結論に達している。
他人が知れば自惚れと思われるかもしれないが、彼女の世話焼きな性格から考えればむしろそれが普通だ。
勿論それは有難いのだが、自分の個人的な問題で気を使わせてしまうのはあまり気が進まない。
――そう、自分の個人的な問題で。もっと言えば自己管理の問題で、だ。
(多分怒られるし……)
ひた隠しにしたい理由の――どちらかといえば主な――もう一つはそれだった。
いつも「だらしがない」と小言を言われているのを聞き流してきたのだ。
今回の件が露呈すれば「ほら見た事か」とならないとも限らない。
子供のような理屈だが、好き好んで叱られる者などいないのも事実であるし、できればそれを避けたいと思うのはそこまで不自然ではないだろう。
「お、おはよう……」
そんな事を考えながら一階へ。
ちょうど台所から出てきた妖刀に挨拶する。
「ああ、おはよう」
出来るだけ自然に、いつも通りに。
それがどこまで出来ているかは分からないが、返事は返ってくる。
「……どうした?具合悪いのか?」
悠が自分の演技力の無さを痛感したのはその直後だった。
(つづく)
今日はここまで。
続きは明日に。
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