寒さ、疲労、少しの油断8
風呂の中。
浴槽に全身を浸からせながら悠はぼそりと呟いた。
「おかしいな……」
湯につかりながら発した声は、風呂特有のエコーがかかって響いた。
湯の温度はいつもと変わらない。
それに一番風呂だ。湧いてすぐに入った。つまり、冷めているという事はない。
なのに、妙に寒気がする。
「……いやいや」
肩を完全に湯に沈めてから首を横に振るとパシャパシャと動きに合わせて波紋が広がっていく。
――風邪ではない。断じて。
「風邪じゃない」
それを合図にするように勢いをつけて立ち上がる。
病は気から。少し肌寒いのは周囲の温度差だと納得した。
「先上がったよー」
妖刀に伝えながらいつものジャージに着替える。流石に風呂上りには寒気はしない。
「ああ。出前、来たぞ」
風呂場から居間への通り道にある台所。そのテーブルの上に置かれたラップつきの丼を指しながら妖刀がすれ違う。
「うん。ありがとう」
「じゃあ私も」
妖刀が風呂場に消える。
本体は刀なのに錆びないのだろうかというのは悠の前からの疑問なのだが、いままで本体に変化は見られない。
そんな事を頭の片隅で考えながら、身体は湯気でラップを曇らせている丼を見て思いついた事を実行に移そうと鍋に水を入れ始めている。
「確かこの辺に……ああ、これこれ」
沸騰するまでの間に食器棚の奥から取り出してきたのはお神酒徳利。本来はその名の通り神前に供えるものだが、酒飲みの性か――中身諸共――人間用に流用して以来こちらにしまっていた。
「やっぱり冬はこれだよね~」
徳利の中に酒を入れ、一度鍋の中に置いて水位を確かめる。
落ち着きがいい徳利の下半分が沈むぐらいにしてから一度外に出して湯が沸騰するのを待つ。
ぬるい状態で入れて一緒に沸かすより沸騰した所に短時間入れた方が風味が損なわれない――悠が唯一の得意料理と言っている熱燗の作り方。勿論、それを料理だと認めた者は妖刀はじめ一人もいないが。
「そろそろいいかな?」
沸騰した湯の中に徳利を置いて数分。
独特の香りが鼻腔をくすぐるのを感じて、熱せられた徳利を鍋から上げると、丼のそばにそれを置いた。
「仮に風邪だとしても」
風呂上りの熱気が引いてきたのを感じながら、うどんと徳利を見比べる。
「実質玉子酒みたいなものだし、風邪にはいいはず」
ちょうどそのタイミングで妖刀が風呂から上がったのが音で分かった。
「さて、私もなんかつけてご飯にしよ」
火を止めて自室へ。
小さな鏡と安い化粧水だけの即席鏡台で簡単にスキンケアを終えると、足早に台所に戻る。
妖刀は食事をしない。
以前からそうだが、生存に食べ物を必要としない彼女にとって食品は嗜好品でしかない上、そのもったいない精神からか――或いは節約というか貧乏性というものか――気に入ったカレー煎餅などの例外を除き滅多に食べ物を口にすることが無い。
ただ、どうしてか特に何もなければ悠はまるで彼女と食事をするように彼女が風呂から上がってから一緒にとる事が多かった。
「なんだ。これから食事か」
「うん。折角だし熱燗作ったんだ」
湯気を立てている妖刀に同じく湯気を立てている徳利を示す。
「いつもの事だが、別に私が風呂から上がるのを待たなくてもいいだろうに」
私は食べないのだし、と付け足すと、その言葉に悠は小さく頷いてから少しだけ困ったように笑った。
「まあそうなんだけどさ」
丼からラップを外すとこちらも少しだが同じように湯気が立ち上る。
「一緒に喋ったり食べたりする方が楽しいじゃない?家族みたいで」
「ま、まあ……。そういうもの……なのかもな」
困惑と照れ。4:6ぐらいの回答。
ただ、何故自分がそんな感情を持っているのかは、妖刀自身分からなかった。
(つづく)
今回も遅くなってしまい申し訳ございません。
次回は今夜の予定です。




