寒さ、疲労、少しの油断1
十二月。世間が皆騒がしく、せわしなくなる月。
無論綾篠神社も例外ではない。
「よし、やろう」
「ああ」
普段ののんびりした雰囲気とは違う、張りつめた――しかし緊張している訳ではない空気の二人。
いつもならまだ朝の支度なり、悠が叩き起こされたりしている筈の頃だが、既に二人とも巫女装束に着替えを済ませている。
今日は十二月九日。第三次大戦の終戦記念日。
奇しくも日本がその前の戦争に突入した日の翌日であるこの日は、全国で戦没者慰霊が催される。
神社に限らず、寺でも教会でも、或いはそれ以外でもソーサリウムを扱う施設であれば日本全国のどこでも今が一番忙しい時期となる。
――もっとも、大きい寺社の場合は年末年始もいい勝負だが。
「第一陣は9時からだな」
「うん。そろそろ来るはずだけど……」
社務所の奥、前日に書き込んだタイムテーブルと朝のニュースを映しているテレビとを交互に見る悠。
「ここ東京の靖国神社には朝から多くの報道陣が詰めかけ、本日予定されている首相の参拝を――」
レポーターの後ろに映る黒山の人だかり。
公式参拝は首相以下閣僚のみだが、その後は全国から公募された戦没者遺族による参拝が行われる。
集まっているのはその人々と、その後行われる国防軍による軍事パレードや展示飛行、それらをだしにした各種商業施設のイベントへの見物客だった。
「じゃあ、私一回目の準備始めるから」
「ああ、よろしくな。無線も忘れるなよ」
この時期以外は物置で埃をかぶっている二基のトランシーバー。
今日はほぼ一日中これを使ってやり取りする事になる。悠はほとんど本殿と保管庫に缶詰で、妖刀はほとんど社務所に詰めることになる。
「また各地では戦没者を弔う行事が執り行われ――」
テレビを消す。
その各地の一つがこの綾篠神社。多くの遺族が神社に集い、ソーサリウムの幻影と面会する日。
普段は個人単位での依頼が殆どだが、予約が殺到するこの時期には、集団反魂を行うのはなにもここだけではない。普段は社務所以外静かなこの神社の数少ない例外の日だ。
終戦から三十年。戦争はすでに過去のものでも、戦没者がそうなるにはあまりに早い。
「あっ、おはようございます!」
扉のすぐ外で悠の声。
第一陣の参拝客が到着した。
漏れ聞こえたそれに妖刀は悠を追うように扉を開ける。
「おはようございます。どうぞこちらへ」
頭を下げ、社務所の中に招き入れる。
普段は来客対応の為に使われる社務所だが、今日はテーブルとソファを片づけ、種々の家具や事務用品もどかして、ただ長机とパイプ椅子だけを並べられるだけ並べた、臨時の待合室となっている。
そこに訪れた参拝客を通した妖刀。入口の悠にそっと目配せ。
「それでは、準備が整いますまでこちらでお待ちください」
恭しくそう告げて辞すると、トランシーバーの電源を入れた。
(つづく)
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