お伝えする事項13
「妖刀ちゃん!?」
「そこにいろ!顔を出す――」
幽霊から一瞬も目を離さずに呼びかけに叫び返す妖刀。しかしその声は途中で中断される。
「あっ!」
一緒に見ていた漆原が中断の理由を見つける。
「妖刀ちゃん!!」
それが何なのか、悠もすぐに気が付いた。
向かい合う幽霊の右手には折り畳みナイフが鈍く光っている。
「幽霊……じゃあないな」
答えはなく、代わりにそれを突きつける。
自分に刃物が向けられている。にも拘わらず、妖刀は臆する事もなく踏み出していく。
「ッ!」
そしてその一歩が地面に着くか否かという所で、幽霊はナイフを先頭に突っ込んできた。
「!!?」
息をのむ悠たち。
一瞬の出来事。相手と同時に前に飛びこむ妖刀。
突きだされたナイフを左腕で左に逸らすと同時にその手首を、右手では首をそれぞれ掴み、それに相手が気付いた瞬間には右膝を股間にめり込ませている――僅かに両足が浮き上がる程の勢いで。
そのまま止まらず、蹴り足を踏み出したままの相手の右足の外に掛けると、柔道のように相手を腰に乗せて投げ飛ばす。
それが、妖刀が刺されてはいなかったと悠たちが気付いた一瞬のうちに起きた全てだった。
「がっ!!」
背中から地面に叩きつけられた幽霊の、凡そ幽霊らしからぬ声。
それを追うように、掴まれていた右手首が一気に捻られ、嫌な音を上げる。
「がああああああぁっっ!!」
「外しただけだ。すぐに入れれば治るさ」
投げ飛ばした本人は対照的に冷静だ。
最早死んだ右腕から自身の足下に落ちたナイフを拾い上げると、腕を抱えて蹲る相手を見下ろす。
「枯れ尾花か」
胎児のような姿勢の“元”幽霊。長い黒髪のかつらがずれて、短髪の若い男の顔が見えている。
「妖刀ちゃん!!」
背後からの声。
振り返った先に、いつの間に回り込んだのか、同じルートから庭に降りた悠。
「お前が見たのはこいつだよ。何が目的か知らないが、もう大丈夫――」
「馬鹿ッ!」
泣き声で怒鳴りながら胸に突進する。
「一人で……ッ!刺されて死んじゃったかと……ッ!!怖かったんだからぁっ!!」
「ごめん……」
それ以降は言葉など無かった。
ただ泣きじゃくる悠を、妖刀がひしと抱きしめるだけ。
その妖刀がふと悠の頭越しにリビングの方を見ると、四つの目が心配そうに見ている。
「ああ、えっと……。すいませんお騒がせを」
自分達の状態に気づき、頬を赤らめる妖刀。
「とりあえず、警察と救急を呼んで頂けますか?」
数日後。
ぐらぐらと煮立っているカニ鍋を前にして悠は満面の笑みを浮かべていた。
「いやー。良い事すると良い事あるねぇ!」
八木湯の件のお礼。報酬とは別にもらったズワイガニが今日の夕食だ。
今日このかにを貰った時に彼女が聞いた話によると、あの洋間に現れた幻影はあれ以降現れていないそうだ。浄化剤とあの後工事を依頼した濾過フィルターがしっかり機能しているのだろう。
「そう言えば、漆原さんも随分喜んでいたな」
「臨時ボーナスみたいなものだしね」
勿論これも、と綺麗な赤い殻をつまみ上げながら上機嫌の悠。
「ま、あの偽幽霊には残念だっただろうけどね」
あの後分かった事=偽幽霊は以前からあの敷地に忍び込んでいた。
幻影がまだ生きていた頃から密かに横恋慕していたらしい男。彼女の死後、その幻影が現れているのをどうしてか知って、幻影目当てにあそこに忍び込んでいたらしい。
そこに突然大家が巫女=悠を連れ込んで処理しようとしたのを知り、何とかやめさせようとしたのがあの日の顛末だ。
幽霊の振りをして驚かすという何とも情けない方法だが、それも痛い思いをさせられた揚句警察の厄介になりあっけなく終わりとなった。
「人騒がせな奴だったな。お蔭であの後妖刀という呼び名について色々面倒だった」
悠が叫んだ名前は、当然あの場の全員に聞こえていた。
当の本人は正体を明かす訳にはいかず、ひたすらに二人の間の渾名で通すことにしていた。
「まあ、結果オーライでしょ。それに……、妖刀ちゃんが私の事、どう思っているのかも分かったし」
「そっ、それは……っ、それは……お互い様だろう?」
蟹と同様に赤くなって言い返す妖刀。
「まあね……エヘヘ」
「……フフ」
それから鍋越しに見合い、お互いに満更でもなさそうに笑った。
(つづく)
お伝えする事項完結
明日から新章開始します。
尚明日は通常通りの投稿を予定しております。




