お伝えする事項12
「あー、これでしたら同じタイプのもので十分かと思います」
計測開始から数秒。出た数値を悠に見せながら説明する漆原。
「あ、でも二日前の濃度からすると減りが遅いですね。途中で流入量が変わったのかな」
「それは勿論あると思います。結構その時の状況で変わってきますからね」
二人のやり取りを横で聞きいていた妖刀が、だしぬけに窓の外へ鋭い視線を向けたのに気付く者は誰もいなかった。
(気のせいか……?)
不意に感じた視線。悠も二日前同じものを感じていたという事は知らされていない。
窓の外には背の高い藪と、その隙間から隣の空き地との境界線になる金網のフェンスが覗いている。
今日は風もなく、灰色の雲に覆われた空から光が差し込むこともない。
こちらを覗きこむような視線と勘違いするようなものは何もない。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
外に鋭い視線を送っていた妖刀に不思議そうに悠が尋ねる。
だが妖刀は答えない。ただの勘違いと結論付けたか、或いは彼女を不安がらせたくないという想いか。
「他の部屋も一応全部見てくるね」
「分かった」
一同で二階へ。
同じようにがらんとした部屋を覗き、二日前に悠がやったように漆原が室内のソーサリウム濃度を計測する。
続いて一階に戻り台所とリビング。そして風呂場やトイレ、階段下の物置に至るまで全て悠と同様に調べる。
「やはりあの洋間以外には流入はなさそうですね」
辿り着いた結論も一緒。
そしてこちらも前回と同様に良く分かっていない依頼人。
「あの、どういう……」
説明は悠が受け持つ。
「ソーサリウムという物質がこの部屋の換気扇から室内に流れ込んでいます。簡単に言えば幽霊の出る原因が外から入ってきてしまっているので、幽霊を出ないようにするには先日設置したような浄化剤を置いて、定期的に交換するか、或いは入ってこなくするように換気扇に濾過フィルターを取り付ける必要があります」
分かりやすく噛み砕いて伝える。
だが、二日前のような自分自身を鼓舞するため、無理矢理に平常を保とうとするが故のそれではない。物腰穏やかな、いつもの彼女のままの話し方だ。
「第三の方法としてはあの換気扇を塞いでしまうというのもありますが、私はあまり建物の工事には詳しくないので分かりませんが、多分それ以外の方法の方が簡単――ッ!!?」
その声が急にひきつって止まったのは、窓の前に立っていた依頼人の、その背後に一瞬目が行った瞬間だった。
「誰かいる!」
出る筈だった言葉の続きは、悲鳴のようなそれに変わった。
咄嗟に妖刀の袖に手を伸ばす。
悠が一番頼りにする存在。いつも傍にいてくれる存在。
しかしその手はただ虚空を掴んだ。
「悠はそこにいろ!」
その傍にいたはずの、頼れるはずの人物はいつの間にか部屋から飛び出して廊下を戻り、台所に飛びこんでいた。
「見間違いじゃなかったか……ッ!」
とは言え、そこは目的地ではない。
そのまま突っ切ってリビングを縦断。庭――というより藪と建物の間の空間――に通じているサッシを勢いよく開けて外に飛び出す。
足袋と砂利が音をたて、ちょっとした足つぼマッサージのような感覚に僅かに顔をしかめながらすぐに土の上=洋間のすぐ外に駆けだすと、それに応じた様に茂みから人影が飛び出してきた。
「やっぱりな」
現れた人影に向かって低く、唸るように声を上げる妖刀。
浴びせられた人影=真っ白なワンピースに顔を覆う黒い髪。
洋間の幽霊そのもの。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に。
尚、明日は21時に予約投稿の予定です。
明日でこの章は終わる…はず




