お伝えする事項10
悠が落ち着くまで、妖刀の抱擁は続いていた。
しっかりと抱きしめ、その体温を取り込むように全身で悠を包む。時折しっかりと抱いている事を伝えるように手が軽くその背中を叩く。
「落ち着いたか?」
数分後、すする音が静かになった所で妖刀はもう一度口を開いた。
「そうか、よかった」
頭の動きに少しだけ弾んだ声を上げる――もし悠が見上げたら、いつもは見せない慈しむような妖刀と目が合っただろう。
「今日は3時まで誰も来ない。すこし休め。布団敷いてあるから」
ぐずぐずと礼を言って階段を登っていく悠。
その背中を見送って、妖刀は台所に戻る。
あの様子では昼飯を食べる気分ではないだろう。となれば次は夜。昨日に続いて銭湯から帰ってからだ。
今夜はクリームシチューだ。じゃがいもと玉ねぎはある。鶏肉は先日から揚げを作った時の残りが冷凍されている。
「人参は……今日はやめておこうか」
せっかく赤くないメニューを選んだのだ。そこも忘れてはいない。代わりにブロッコリーかほうれん草でも入れよう。
方針が決まった所で途中だった下準備を仕上げて台所を離れ境内へ。
ガス屋の対応で今日はまだ石段の下まで掃き清める途中だった。
「……」
石段の上、雪駄と石と箒が音を立てる。
ふと考える。
人を何人も殺した刀。それが故にソーサリウムの幽霊すら生み出すほどの強い感情を宿らせてしまったそれから生まれた幽霊。
その出自故に、妖刀の中にはそうした記憶が存在している。
何人分か分からない、時代も場所も違う、沢山の血と死体。
だが、それについての感情が存在しない。ただ写真を、それも自分がかかわった訳ではない、ある意味では映画の撮影風景を収めたような現実感のないもの。記憶と言うより記録と言った方が正確かもしれない。
「もとは感情も何もないからな」
それについてはそう結論付けた。ただの刀=刃がついた鉄の棒に感情も何もあるはずがない。
呟いてからふと、石段の上を見上げる。
角度ゆえに実際より大きく見える鳥居。その向こうの境内の端に設けられた社務所へ、その意識は向いている――そこに寝ている悠へと。
「……」
仮説が正しいのか、或いは感受性の問題か。
自分と悠はあまりに違う。
「まあ、それでいいのかもしれないが……」
掃除を終え、石段を再度昇る。ふたりして震えていては仕事にならない。
冷たいのなら、その方が好都合だ。
その後、起きてきた悠はいつもの調子が戻ったように見えた。
「……」
だが、妖刀は安心しない。
ふとした拍子に見せる硬い表情はいつものものではない。
そんな調子で最後の客を見送る。
「風呂は明日には直るそうだ」
「そう。それじゃ今日はまた銭湯だね」
着替えて外へ。
昨日より少し早いとはいえ、すでに辺りは暗くなっている。
「……」
銭湯への道すがら、悠は叱られた子供のように押し黙っていた。
(気まずいな……)
いつもなら無駄口の一つも叩かないでいられない相方。その変化に妖刀が何も感じない訳がない。
(とはいえ何かあるかと言われても……)
咄嗟にすらすら出てくるほど器用ではない。
「……き、今日は寒いな」
「そうだね」
終わってしまった。
「それにしても、日が短くなったな」
「うん。そうだね」
すぐ横の車道を通り抜ける車の音が、終わりを告げるように静かな空間に響く。
「……な、なら、これ……。いやでも流石に……」
「どうしたの?」
世界中で自分自身しか分からないだろう小さな声でぶつぶつ呟く妖刀。
悠が不審に思って問いかけたのと、彼女がそれを辞めて振り返るのはほぼ同時だった。
「な、なあっ!」
「え、なに?」
髪の毛で覆われているが耳の端まで赤くなっている。
「寒いし、その……手を、繋がないか……?」
「え?」
「い、いいだろ?その……」
赤みが更に増す。
「その……家族……みたいなものだから……」
最後の方は独り言と同じぐらい小さな声。
だが、妖刀の手は温かく柔らかい感触に包まれた。
(つづく)
今日はここまで。
続きは明日に。




