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05.王兄一家の日常 後編

 お昼ご飯も、家族みんなで食べます。カンナ姉様の機嫌も良くなっていたので、安心しました。

 さて、昼からは剣技場に行って、訓練を! と意気込んでいたのですが、雨が降り始めました。


「うー、雨だ……」


「兵たちは雨が降っていても気にしないが…、お前はまだ小さいからな。風邪を引いては困る。」


 父上が残念そうにおっしゃいました。僕も、残念です。訓練はしんどいけれど、父上と一緒にいられて、嬉しい時間なのに。でも、見習いの兵士になれるのは十二歳からなので、九歳の僕がたまにこうして訓練に参加できていることだけでも、感謝しなければなりません。……うう、楽しみにしていたのに。


「じゃあアルド、私のダンスの練習に付き合ってくれる?」


「え?」


 姉上の言葉に首を傾げると、にっこり微笑み返されました。


* * *


「わ、わあ、すごい! 人がたくさん!」


 姉上に連れられて広間に行くと、たくさんの人が集まっていました。


「姉上、今日はレッスンではないのですか? 皆さまとても着飾っておいでですが。」


「今日は、実践を兼ねたレッスンの日なの。貴族の子女もたくさん呼ばれているわ。」


「へえ、そんな日があるんですね〜〜!」


 僕もダンスのレッスンはやっていますが、歳の近い第三王女と、カンナ姉様と一緒にステップの練習をしている程度です。大きくなったら、こういうこともやるのでしょうか。料理はないけれど、まるでパーティーのような雰囲気です。なんだかワクワクしてきます。


「いい、アルド? 貴方も将来兄様のような美男になるのは目に見えているわ。その上、王家の血を引いているなんて超優良物件よ。」


「ゆ、優良物件…?」


 真剣な顔でひそひそ話をするので、なにかと思ったら、姉上の口からはよく分からない単語が飛び出してきました。


「貴方の妻の座を狙って、女の人が群がるということよ。」


「はい!?」


 思わず大きな声をあげて、姉上から離れようとしたのにがっしり捕まえられ、元の位置に戻されました。


「ここからが大事な話なの。別に脅そうとしているんじゃないのよ?」


「は、はい。」


「十二歳になってから、時折こういう実践的なレッスンの日があるのよ。もうすぐおいでになると思うけれど、私はアギナルド様と一緒にレッスンをしているでしょう? だからね、みんな必死なのよ。」


「え? どういうことですか?」


「アギナルド様の心を射止めようと、女の子たちが必死ということ。だからみんな、あんなに着飾っているのよ。パーティーでもないのに。」


「は、はあ……」


 この国の第二王子であらせられるアギナルド様と僕とでは全然話が違う気がするのですが……。


「――だからね、それを見て、女を見る目を養いなさい、アルド。」


「え、ええ?!」


 女を見る目って、どういうことですか姉上!?


「アルドはとっても素直で心の優しい子だから、変な女に騙されないか心配なのよ。兄様はお仕事がお忙しいだろうし、私はいつどこに嫁ぐかわからないし。もちろん、お父様やお母様が見定めてはくださるでしょうけれど、心配なものは心配だわ。」


「えっ」


 僕はびっくりして、思わず姉上のドレスにしがみついていました。


「アルド? どうしたの?」


「姉上、どこかに嫁ぐのですか!? そんなの僕初耳です! 何で言ってくださらなかったんですか!」


「え、ちょっ、アルド、落ち着いて。」


「嫌です姉上、まだ遠くに行かないで!」


「〜〜っ、もう、アルド、なんて可愛いの!!」


 姉上にぎゅっと抱きしめられました。


「まだどこにも行かないわよ、将来の話をしていたの。」


「本当ですか?」


「もちろん! もっともっとアルドを可愛がってからじゃないとお嫁になんて行けないわ!」


 よく分かりませんが、まだ姉上がお嫁に行くわけでななさそうなので安心しました。急にお嫁に行かれたら、とっても寂しいので。とりあえず姉上を抱きしめ返していると、咳払いが聞こえてきました。


「ルピナス様、アルド様。美しい姉弟愛でございますが、もうすぐ王子もお越しになりますし、場をわきまえてくださいませ。」


 ダンスの先生の一言で、残念ながら姉上の腕の中から脱出しました。


* * *


 夜、今日はみんなそろってご飯が食べられます。父上や兄上は、忙しいと一緒に食べられない日があるので、全員そろえた日は嬉しくなります。


「アルド、本当にルピナスのダンスのレッスンについて行ったの? 今日は、人が多かったのでしょう?」


 母上に言われ、僕はこくりと頷きました。


「はい。同じ貴族の娘と言っても、いろんな方がいるのだと勉強になりました!」


「…………え?」


 母上がきょとんとされたので、なにか返事を間違えてしまったのかと不安になりました。


「ルピナス、お前アルドになにを吹き込んだ。」


「嫌だわお兄様、その言い方だと、まるで私が悪いことをしたみたいよ。」


「いや、まるでと言うか、」


「次はカンナも一緒に行きましょうねー。」


「ルピナス。」


 姉上がくるりと顔の向きを変え、カンナ姉様に向けて微笑んでおられます。兄上はため息をつかれました。


「まあ、周りに迷惑をかけたわけではないのなら良いだろう。」


 父上がそうおっしゃったので、姉上はこくこくと首を縦に振っておられました。


「本当にそうなら良いですけれど……」


「マリア以外の女と踊りたくないと言って先生を困らせたお兄様よりは、周りの方たちを困らせたりしておりませんことよ。」


「おまっ…!」


「まあ! アレンったらそんな可愛いことを言っていたのね。」


 母上が顔をキラキラ輝かせ、カンナ姉様も多分隠そうとしておられるのですがキラキラが隠せていません。父上は優しい目をされています。


 今日もご飯が美味しかったです。


* * *


 枕を持ってコンコンとノックをすると、中からはーいと返事があったので、僕はドアを開けて、顔を中に入れました。


「……兄上。」


「アルドか。どうした?」


「あの、その……」


 僕がもじもじしていると、外がピカッと光って、ゴロゴロと雷の音がしました。思わずビクッと肩を揺らしてしまいます。泣きそうなのを我慢して、続きを言おうと口を開けたけれど、兄上が先に声をかけてくださいました。


「ああ、天気が悪いもんな。おいで、俺もそろそろ寝ようと思っていたところだから。」


「ありがとうございます…!」


 僕は一目散に走っていって、兄上にぎゅっと抱きつきました。


「ところで、父上と母上は? 最初に俺の所に来たのか?」


「行こうとしたら、途中で父上と会って、『済まないがアレンと一緒に寝るのでは駄目か』って言われました。えっと、今日は夫婦の日だからって。」


「え。あー…、うん、おいくつになっても仲のよろしいことで。」


「僕、よく意味がわからなかったんですけど、父上と母上は毎日夫婦ですよね? なのに夫婦の日って、どういうことですか?」


「え。いや、えっと、うーん…、まあ、あれだ、そのうちわかるから、気にするな。」


「え?」


「ほら、いい子だから父上の言ったことは忘れて、今日は俺と仲良く寝ような。一緒に居れば、雷なんて怖くないさ。」


「は、はい。」


 兄上に抱き上げられて、ベッドの上におろされました。兄上がもぞもぞと布団の中に入っていかれるので、僕も隣に潜り込みました。


「……僕、雨の日も一人で寝られるようになりたいです。」


 五歳になったら、一人部屋をもらうことになっていて、それから一人で寝るようになったんですが、雨の日はなぜか不安になって、一人で寝られたことがありません。……かっこ悪いです。


「ああ、心配しなくていい。俺も、昔は雨の日は絶対一人じゃ寝られなかった。」


「え? 兄上が!?」


「父上も、そうだったみたいだぞ。内緒だけどな。」


「え、えええ!?」


 う、嘘だ。そんな、わけ。


「『俺が雨の日が苦手だったから、お前もそうなのかもしれない』って父上が言ってたよ。まあ、理由なんて分からないけど、いつの間にか大丈夫になっていたから。心配するな。」


「大丈夫に、なります、かね……」


「なるさ。何てったって、アルドは俺の自慢の弟だからな!」


 兄上が、僕の髪の毛をわしゃわしゃと撫でます。明日の朝、寝癖が酷かったらどうするんですか! って言いたいのに、言えませんでした。不安な気持ちだったのが、治ったのは兄上のおかげですし。思わず、笑い声をあげてしまいました。


「……明日は、良い天気になると良いな。」


「はい!」


「じゃあ、明かりを消すぞ。」


「て、手! 手を、握っていても、いいですか…?」


「ああ。」


 兄上は、ベッドの横の明かりを消しました。天気が悪いので、部屋の中が真っ暗になります。でも、兄上と手を繋いでいるので、怖くはありません。


「おやすみ、アルド。いい夢を。」


「おやすみなさい、兄上。」


 兄上は、僕の手を離したかと思うとぎゅっと抱きしめてくださいました。本当に優しくて大きくて頼りになる、僕の自慢の兄上です。


 こうして、今日も幸せな一日が過ぎて行きました。


 明日も明後日も、きっと僕は毎日幸せです。

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