Epilogue ~Santa Claus is coming.~
真希が父親と再会したのは、クリスマスの日だった。実に6ヶ月が経っていた。
「思ったより元気そうでホッとしたよ」
そう言う父は本当に心底安心しているようだった。少しやつれているようだ。それが真希を心配してのことなのか、生活が乱れているからなのか、真希には分からない。父が今1人で暮らしているのかすら真希は知らない。知りたくもない。
真希は仏頂面でメロンフロートをすすっていた。相変わらず目を合わせようとはしない。会話が弾むことはなかった。
「入院費用は送ったはずだけど、届いてるかな」
「…多分ね」
「何か不自由してないか?」
「別に」
「そうか」
父親から連絡を受けて、真希は学校帰りにファミレスに立ち寄った。美菜は行かないと言っていた。母に遠慮しているのだろうか。お父さんっ子だったはずだが。
大した会話なんてしなかった。それでも注文したものを片づける頃には辺りは真っ暗になっていた。冬は暮れるのが早い。それだけだ。
帰り際に、父は小さな包みを2つくれた。真希と美菜へのクリスマスプレゼントだった。礼は言わなかった。
「それじゃあまた、良い年を」
そう言って父は歩き去る。遠くで振り返って手を振る父を見て、真希はきびすを返した。
歩きながら包みの一つを開ける。腕時計が入っていた。女の子らしいものをと選んだのだろうが、どうにも派手でセンスが悪い。まったく、何にも分かっちゃいない。クソッタレだ。真希はそう思いながら、それを腕に巻いた。
分かっていた。真希には分かっていた。今になって父が会いに来たのは、父が真希に無関心だからではないことを。娘に会うことを母が許さなかったのだ。真希が生きるか死ぬかの瀬戸際にあるときでさえ、母は父が見舞いに来ることを認めなかった。今日という特別な日を迎えて、ようやく数時間だけ許されたのだ。そう思うからこそ、真希は言われたとおり今日ここに足を運んだのだ。
分かっていた。真希には分かっていた。離婚は父だけに非があるわけではないことを。気性が荒く嫉妬深い母に、父が辟易していることは分かっていた。何かにつけて父を責める母に全く非がないわけじゃない。父が既婚者と知って近づいた女に非がないわけじゃない。
でも。
それでも、もし気の迷いで浮気をしてしまったとしても、それが発覚して離婚届けを叩きつけられたとしても、まだ何とかなったんじゃないだろうか。くだらないプライドなんかかなぐり捨てて、土下座でも何でもして、離婚を回避する手段はあったのではないだろうか。
父にとって、家庭というのは、娘というのは、そうまでして守らなければいけないものじゃなかったのだろうか。それが、真希にはひどく悔しかった。
どうして離婚などしたのだろう。一度は将来を誓い合った仲なのに。男女の愛なんて、その程度の物なのだろうか。時間とともに薄れてしまうものなのだろうか。些細なことで砕けてしまうものなのだろうか。違うと信じたい。だって、もし、そうなのだとしたら。
「…それこそ本当に、クソッタレだ」
真希はそう呟いた。
道ばたにクリスマスソングが流れる。サンタクロースの格好をした人がチラシを配っている。
小さい頃はクリスマスが楽しみだった。朝起きると、何でも欲しいものが枕元に置いてあった。一日中それを眺めて楽しんだ。真希の世界にサンタクロースはもういない。
ふと考える。もしまたサンタクロースが現れたら。何でも欲しいものが手に入るなら。自分は何を望むだろう。
少しだけ考えて、真希は自分の頭を殴った。
くだらない。そんなもの、本当にくだらない。心が弱くなってる証だ。しゃきっとしろ、私。
家族連れが歩いている。カップルが歩いている。みんな笑っている。幸せがあふれている。
そう、本当に、くだらない。