第110話 未完成な世界
人は、世界を完成させることはできません。
けれど、誰かを想う心は、世界を少しだけ優しくすることができます。
それが主人公の辿り着いた、一つの答えでした。
夕暮れの国道。
主人公たちは、小高い丘へロードバイクを止めていた。
眼下には、これまで旅してきた町々が広がっている。
復興が進む街。
子どもたちの笑い声。
畑で働く人々。
煙突から立ち上る夕飯の煙。
主人公は静かに目を細めた。
「少しずつだけど。」
「世界は前へ進んでるな。」
教育係が隣に立つ。
「あなたが守った世界です。」
主人公は首を横に振った。
「違う。」
「俺が守ったんじゃない。」
「みんなが、自分で立ち上がったんだ。」
失敗作が笑う。
「そういうところ、本当にお前らしいな。」
E-01は町を見つめながら記録を続けていた。
「幸福指数……上昇。」
主人公は思わず吹き出す。
「だから、その数字じゃ分からないんだって。」
四人の笑い声が夕空へ溶けていく。
その時だった。
一陣の風が丘を吹き抜けた。
ポケットの黒糖飴が、ふわりと温かくなる。
主人公はゆっくり取り出した。
黒糖飴は、夕日に照らされて優しく輝いている。
その前に。
白い少女が立っていた。
誰も驚かない。
まるで、この瞬間を待っていたかのように。
少女は主人公を見つめ、柔らかく微笑んだ。
「ありがとう。」
主人公も穏やかに笑う。
「また会えたな。」
少女は小さく頷く。
「あなたは。」
「最後まで、この世界を信じてくれた。」
主人公は照れくさそうに頭を掻いた。
「そんな大したことじゃない。」
「俺は、人を信じただけだ。」
少女は黒糖飴を見つめる。
「あの日。」
「その一粒を守ったから。」
「今の世界があります。」
主人公は首を横に振る。
「違う。」
「俺は、大切そうにしてる人の物を返したかっただけ。」
「それだけだ。」
少女の瞳から、一筋の涙がこぼれる。
「だから……。」
「あなたが選ばれた。」
教育係が静かに尋ねる。
「あなたは、いったい誰なんですか。」
少女は皆へ向き直る。
夕日を背に、小さく一礼した。
「私は。」
「この世界が生んだ、小さな願い。」
「人が人を信じる心。」
「その姿です。」
静寂が流れる。
主人公は少し考えてから笑った。
「難しいことは分からないな。」
「でも。」
「笑ってる方がいい。」
少女も笑った。
「はい。」
「それで十分です。」
その瞬間。
少女の身体は、夕日に溶けるように光となって舞い上がる。
無数の光が空へ昇っていく。
風が優しく吹く。
ロードバイクのベルが、小さく鳴った。
チリン——。
その音は、どこまでも澄んでいた。
主人公は空を見上げる。
「またな。」
光は夕焼け空へ消えていく。
《アーク・ガーディアン》統合管理AIが静かに空を見つめる。
【最終記録】
【世界は未完成】
【だからこそ、美しい】
青年は目を閉じ、微笑んだ。
主人公は黒糖飴を胸ポケットへしまう。
そしてロードバイクへ跨る。
「行こう。」
「まだ旅は終わってない。」
三人は静かに頷く。
四人は夕日に向かって走り出した。
国道は、どこまでも続いている。
終わりではない。
それは、新しい物語の始まりだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
「未完成な世界編」は、この第110話で一区切りとなります。
主人公が辿り着いた答えは、「世界を変えること」ではなく、「人を信じ続けること」でした。
その想いは、これから始まる新たな旅でも変わることはありません。
第4章も、どうぞよろしくお願いいたします。




