第105話 母の温もり
人は忘れたと思っていても、本当に大切な記憶は心の奥に残っています。
一粒の黒糖飴。
その甘さが、主人公を遠い日の記憶へと導いていきます。
夕暮れの国道。
四人は山間の小さな公園で足を止めることにした。
古びたベンチ。
少し錆びたブランコ。
滑り台には、長い年月を感じさせる傷が刻まれている。
主人公はロードバイクを木陰へ立て掛けると、ゆっくりとベンチへ腰を下ろした。
「今日はここまでにするか。」
「賛成!」
失敗作は芝生へ大の字になって寝転ぶ。
「やっぱり空の下で寝るのは最高だ。」
主人公は思わず笑った。
「それ、昔の俺だな。」
教育係は近くの自動販売機で飲み物を買って戻ってくる。
E-01は周囲の安全確認を終え、静かに主人公の隣へ立った。
穏やかな時間。
誰も何も話さない。
風だけが木々を揺らしている。
主人公はポケットへ手を入れた。
いつもの黒糖飴。
包み紙は少しだけ擦り切れていた。
「ずいぶん長い付き合いだな。」
そう呟きながら包みを開く。
黒糖の甘い香りがふわりと広がった。
一粒を口へ運ぶ。
優しい甘さが、ゆっくりと溶けていく。
その瞬間だった。
主人公の瞳に、一つの景色が浮かんだ。
幼い頃。
夕焼けに染まる帰り道。
泣きながら歩く小さな自分。
転んで膝を擦りむき、涙が止まらなかった。
その時。
母は何も言わず、しゃがみ込んだ。
優しく頭を撫でる。
そしてポケットから、一粒の黒糖飴を取り出した。
『はい。』
『泣いた後は、甘い物を食べると元気が出るよ。』
幼い主人公は涙を拭きながら飴を受け取った。
『ありがとう、お母ちゃん。』
母は優しく笑う。
その笑顔だけは、何年経っても色褪せなかった。
「……母ちゃん。」
気付けば、主人公の頬を一筋の涙が伝っていた。
教育係がそっと隣へ座る。
「思い出したんですね。」
主人公は静かに頷いた。
「ああ。」
「この飴の甘さは。」
「母ちゃんの優しさ、そのものだった。」
失敗作も起き上がり、照れ臭そうに空を見上げる。
「泣くなよ。」
主人公は笑いながら涙を拭う。
「悪い。」
「年を取ると涙腺が弱くなるらしい。」
「まだそんな歳じゃねぇだろ。」
笑い声が公園に響く。
その時。
《アーク・ガーディアン》統合管理AIが静かに空を見上げた。
「感情データ……更新。」
主人公が振り向く。
「また何か分かったのか?」
AIは穏やかに答えた。
「黒糖飴は物質ではありません。」
「……?」
「あなたにとっては。」
「大切な人から受け継いだ"記憶"そのものです。」
主人公は黒糖飴を見つめる。
そして優しく握り締めた。
「そうか。」
「だから俺は。」
「絶対に手放せなかったんだな。」
夕日がゆっくりと沈んでいく。
その空を見上げながら。
主人公は心の中で、もう一度だけ呟いた。
「ありがとう。」
「母ちゃん。」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
黒糖飴は、ただのお菓子ではありません。
主人公にとっては、母親との思い出であり、生きる力をくれた宝物です。
その原点を、今回は改めて描いてみました。
次回もよろしくお願いいたします。




