話せない理由
夜は勇者パーティ四人揃って、賑やかな酒場で食事をすることになった。
二人掛けのソファが向かい合うテーブルに着いたけど、私の隣に座った魔王がメニュー表を差し出した。
「今晩は僕の奢りだ。ルネの正式加入とその活躍により、フルル村に第一号となる村民が入ったことをお祝いしよう」
「うわマジかよっ、さすがオルディア、頼りになる!」
「くうっ、結局いつも奢ってもらってる気がするけどっ……今日は理由が理由だから、ありがたく頂こうかなっ。
ルネは何食べたい? メニューのこれがね……」
ルネは魔王に遠慮してるのか、甘いプリン以外何も示さなかった。
だから大食らいの勇者と剣士は鶏の揚げ物や海鮮炊き込みご飯、とにかくメニューの端から端まで頼んだ。
味も口頭説明するより、一口ずつでもお試ししてもらえばわかるはずって魂胆だ。
「ルネは聖女だけど、殺生したものを食べちゃいけないわけじゃないよね?
人間界の聖女は『命をいただくことも神はお許しになっています』って、普通に魚食べてたけど」
神官は派閥によって禁止事項があるって聞いたし、オルディアのお父さんも野菜や自然に採れるものしか口にしなかった。
ルネは頷いて、指で『食べていい』って書いてくれた。人間界の聖女と同じく禁止じゃないみたい。
だから遠慮なく運ばれてきたものを取り分けた。オルディアもいろんな料理があるから、好きなものをちょっとずつつまんでる。
「じゃ、いっただっきまーす……んー、美味しいっ! 混んでると思ったけど、このお店の料理、絶品だよっ」
残りは私とティーカーが食べれば、すぐになくなる。
勇者と剣士はいつも通り、争うようにフォークを動かした。
オルディアは少食だから少しずつ優雅に味わってたけど、最初はルネも向かい合う魔王に失礼しないようにって怯えてた。
「あっねえティーカー、そのえび私のっ」
「早い者勝ちだぜ。っておいフルルっ、俺の皿のまで食うなってっ」
「へへーん、早い者勝ちなんでしょ? 敏捷性は私の方が上だからねっ」
でも元気に食事していいんだって私とティーカーが最後の一個を争ったり、オルディアも笑ってたり、賑やかな雰囲気のおかげで少しずつ緊張もほぐれて……ルネも初めての料理ばかりでも楽しんでくれたみたい。
鳥の唐揚げを恐る恐る口にして、味わったのが見えた。
おいしさに気づいたのか、目がキラキラ輝く。だから見るだけで嬉しくて笑っちゃった。
「……」
しばらく食事が進むと、満腹で眠気が来たのかルネが目を閉じ始めた。
疲れてるだろうし、うつらうつら船を漕いでるから宿に運んであげようかなって思ったんだけど、気づいたティーカーがルネの小さな頭を撫でた。
「ルネ、お腹いっぱいになったら寝てていいぞ。
俺たちはもうちょっと食べていくから、悪いけど待っててくれよな」
頷いたルネが横になりやすいよう、ティーカーが自分の太ももに頭を置かせて寝かせてる。
テーブルの下を覗いたけど、すっかり打ち解けたみたいで安心して眠ってるから可愛い。まさしく天使の寝顔ってやつだ。
「今日はずっとティーカーがお兄ちゃんしてたね。
ルネにも愛情いっぱいだよって伝わったんじゃない? 懐いてくれた感じがするよ」
「だといいけどな。これからの旅こそ本番だから、ちゃんと守っていかないと……」
「その通り、僕みたいに置いて行くのだけはやめた方が良い。拗ねたくなる」
お茶を飲み込み損ねてむせちゃった。
私たち突っ走る前衛の被害者になったオルディアが背中を叩いてくれるけど、犯人その一とその二は揃って申し訳ない顔で頷くしかない。
「わかってるって。オルディアが根に持つほど嫌だったのも知ってる。
ルネはまだ五歳で戦い方も知らないし、フルルのおじさんに鍛えてもらえてた俺たちより目を離せないんだ……置いて行ったりしないし、ずっとそばにいるから安心しろよな」
小さな頭を撫でたティーカーが誓いを口にして、唐揚げも口にした。
ルネの白い髪を大切に撫でる幼馴染を見て、事情を知る魔王を振り返った。
「ねえオルディア。ルネが声を出せない理由、聞いてないんだけど……まさか父親に声を奪われたわけじゃないよね?」
眠ったルネを起こさないよう小声にしたけど、ずっと気になってた。
勇者パーティに参加してから、ルネは何度か話そうとするそぶりを見せた。
でも口を閉ざして文字を書いたり、身振り手振りで伝える方法を選んじゃう。
悪魔は契約によって相手の大事なものを奪うことが多い。
敵の策略によって声を奪われた歌手も冒険の合間にいたし、まさか父親の悪魔貴族によって『魔王様に余計なことを喋るな』なんて声を奪われたんじゃないかと疑ってた。
思い切って聞いてみたけど、オルディアは眠るルネを見て首を横に振った。
「呪いの類はない。……多分、話すのが怖いんだ。
聖女の声は魔族にとって耳障りに聞こえるから、何か言葉にするたびにルネは『口を慎め』と教育を受けてきた。
自分の声を聞かせた相手を不快にさせないよう、今も気遣っているから話さないんだ」
話の合間に放り込んでたご飯が、喉を通らないまま残った。
思わずフォークを置いた私の前で、オルディアが静かに言葉にしてくれた。
「生まれてからずっと幽閉されて、教育はあっても『会話』をする相手はいなかったらしい。
自分が話すほど誰かに嫌がられて『黙っていろ』と言われ続ければ……自分は話せない方が良いと思い始めるだろう」
自己紹介の声を出そうとして、やめて砂に文字を書く姿を知ってる。
魔族となら念話も出来るはずなのに、ルネは身振り手振りだけで会話してた。
ティーカーにお礼を言いたいのに言えなくて、ブローチを身につけることで意思表示しようとしたのも全部……ルネは自分の声を聞いた相手が不快にならないように、ずっと口を閉ざしてたんだ。
「母親すら産声でルネを遠ざけた。
世話役はいたが不快感に耐えられず、たらい回しになったらしい。
フェッセンリックに自分の声が原因だと教えられたルネは、二度と話さなくなったそうだ」
オルディアも気になって父親から聞いたんだ。
ティーカーは眉間に皺を寄せてルネの頭を撫でてるけど、穏やかに眠るルネは驚いても声一つあげなかった。
咄嗟にすら声も出ないし、今すぐに伝えたい気持ちがあっても身振り手振りに変えた姿を思い出して……悔しさと一緒にお茶も飲み込んだ。
「聖女で聖属性だから、魔族にとっては不快に聞こえるんでしょ?
私たちは人間だし、不快なことなんて絶対にないよ。
ルネが起きたら『話していいよ』って言おうかな。人間界にいれば魔族にどう聞こえるかなんて関係ないもん」
「赤子が大きくなるにつれて言葉の練習をするのと同じ道を、ルネは辿っていない。
突然話していいと言われても、正確に音を出せずに言葉が伝わらないだろうな……僕たちが汲み取ってやれればいいが……」
オルディアは言葉を濁したけど、ルネはもう、自分がどんな声を出せるのかもわからないってことだ。
勇気を出して話しかけた時に「わからない」って顔をされるの、きっと辛いだろうな。
上手く言えないのにどうしようって思うこと自体、ルネの負担になる。
オルディアが知らない間に握りしめてた私の手を包んで、銀の髪を小さく横に振った。
「自分を大事にしてくれるとわかった相手なら、尚更現状を変えるのは怖いはずだ。
……一朝一夕では難しいと思うが、練習させたいなら僕が命じてもいい。そうすれば『魔王に従うため言葉の練習をする必要がある』という大義名分はできる」
ティーカーの膝の上で眠るルネが、穏やかな寝顔を浮かべてるのを見ながら……私だってルネにとって何が一番いいのかを考えた。
私も冒険中に島国独自の言葉を話さなきゃいけない場面があったけど、発音が独特だったから伝えるだけでもかなり努力した。
言葉が伝わらないのは不便だって大人の勇者ですら困ったんだから、きっとルネも上手く話せないことが悔しさや自信喪失につながる。
でも落ちこぼれ勇者だったおかげで私にも出来ることがあるんだって気付けたから、お茶を飲み干してカップを戻した。
「命じなくていいよ、私もルネに話してほしいなんて言わないでおく。
でも『喋りたくなる環境づくり』はしようかな。それくらいならしてあげられるもん」
「喋りたくなる環境づくり?」
「うん。誰かが笑ってたら一緒に笑いたくなるでしょ?
言葉が通じない私を助けてくれたのは、通じないからこそ「変だ」って笑って一生懸命聞いてくれた村の人だったんだ。
どんどん周りも集まって、こうじゃないかって最後には目的の場所まで案内してくれた」
言語は違うのに、笑い声だけはどの国も共通だった。
笑い合えば心も自然と通じるし、不安がらず笑顔で話せば相手も気楽に返せる。
不明瞭な会話にどれだけ嫌な顔をされたって、喋り続けていれば『聞いてくれる誰か』に言葉は届くんだ。
「ルネもどんな声をあげてもいい、仲間として楽しい気持ちの輪に参加していいんだって、気づいたら声を出せてる状況にしたいな。
私たちが『話したい相手』になれば、ルネも自分から関わろうとしてくれるはずだよ。
怒ったっていいし、失敗なんて笑い飛ばせばいい、何度間違ったって私たち相手ならいいんだって……出来上がった信頼が自然な声も取り戻してくれるはず。勇者パーティなら絶対に出来るもんっ」
仲間の前で胸を張った。
確実かどうかも分からない方法だけど、幼馴染二人も作戦を聞いて……暖かく笑ってくれた。
「フルルらしいな。じゃあこれから先、仲間としていっぱい笑わせてやろうぜ。ルネの旅はまだまだ始まったばかりだからな」
「僕もそれがいいと思う。……怯えられてばかりいるのも辛いし、話しやすくなるよう僕も頑張る」
大人三人で拳をテーブルの上に突き出すと、合わせてから高く拳を掲げた。作戦開始の合図だ。
「……」
ティーカーの体が前のめりに動いたせいか、ルネが起きちゃったみたいで少し顔を上げた。
私も早速思いついたことがあったから、急いでオルディアの腕を抱きしめた。
「魔族とか人間とか関係ないよ、ルネのこともオルディアのこともみんな大好きだからねっ。
魔王だけどオルディアの声って特に聞きやすくて心地いいよね。もっといっぱい聴きたいなぁ」
わざとらしくなったけど『父親に言われたみたいに声が不快とか、私たち相手なら気にしなくていいよ』ってちょっとでも伝わらないかなってテーブルの下にいるルネを見た。
すやすや。寝直してた。
……そりゃそうだよね、わかりにくいし、寝ぼけてちょっと起きただけだもんねって体を起こした。
肝心な相手には届かなかったけどティーカーは笑いを堪えて震えてるし、オルディアが恥ずかしさ半分、嬉しさ半分って顔で私を見てる。
恥ずかしいから何もない顔してたけど、耳元に唇が近づいた感触にゾクゾク身慄いして……好きだって教えた涼やかな声が吹き込まれてた。
「褒めてくれてありがとう。後でたくさん聞かせようかな。
……フルルも僕の膝枕にくるか。その可愛い顔をティーカーにすら見せたくないんだ。……ほら、おいで」
囁かれて魅了状態に陥った勇者はあっけなく魔王に膝枕されて、真っ赤になった顔を両手で覆っていた。
頭を撫でられてるけど、ティーカーと二人で魔王が笑い合ってるけど、魅了状態だから仕方ない。
硬い太ももが気持ちよくて意外に枕として優秀だから、自分からじゃ「やって」なんて滅多に言い出せないしいいんだって頬擦りして、顎の下まで撫でられてしまった。
……うん、勇者はやっぱり猫だったのかもしれない。




