オルディアの歌声(前編)
今日はオルディアと一緒に魔族退治に向かった。
出航した船が、ある海域に行くと突然沈むらしい。
何十年もそうだから知ってる地元民は近づかない……なんてどうにも怪しい状況だから調査したんだけど、漁師さんと一緒に船を出した私たちは『魅惑の歌』で船員を惑わせるセイレーンを岩礁に見つけた。
体の下半分が魚の魔族は私たちに気付くと歌を止め、顔を顰めている。
「もう何代も勇者に見つからなかったのに……。
魔王様、これも何かのご縁です……海の底でつがいになりましょう」
「……聞くに耐えない戯言だな。僕の妻は勇者フルルだけだと決めている。
お前は僕の命令にも従わず、多くの人間を食らっていたんだろう? 我欲を優先した罪を贖え」
オルディアが全魔族に向けた念話を聞いて、処罰されることはわかっていたセイレーンが歌声を響かせる。
先ほどよりも岩礁に近づいてたこともあって、船上の漁師たちが途端に正気を失った。
「歌だ……綺麗な……」
「呼んでる……俺を……」
船が突然大きく揺れて、四方八方からアンデッド化した船乗りたちまで這い上がってくる。
これまでに沈められた各国の乗組員が骨を震わせ、声にならない音を響かせた。
全状態異常耐性のオルディアは、歌を聞いても平気。
私とティーカーも少しだけ負荷がかかってるけど、精神力で対抗すれば魅了状態にならずに済む。
でも漁師たちは、我先にセイレーンの手下になるため船の端へと向かっていく。
飛び降りようとする手をアンデッドが掴もうとしてるから、私もとにかく聖剣で骨を切り払って、船乗りを弾き飛ばした。
ティーカーは正気を失って暴れる漁師を掴んで、引き戻してくれる。
「おい、行くなって!
フルル、気絶させるぞ、このままだと飛び込まれる!」
「いいよ、そうして! オルディアは浄化お願い、私はティーカーと一緒に船乗り止めてくる!」
全方位攻撃出来る神官のオルディアが、神へ祈りを捧げてくれている。
神聖魔法の魔法陣が、足元に白く輝きながら広がり始めた。
その間にも湧き上がってくるアンデッドが、海水の中から甲板に無数に乗り上げてくる。
私もショックの魔法や手刀、さまざまな方法で乗組員を倒した。
背後からは無数の敵が這い上がってくる。
その重みで船が沈むんだって分かるくらい水を含んだ状態のアンデッドが、うなりを上げて迫ってきた。
「『浄化の光』」
詠唱を終えたオルディアが、魔法陣にいるアンデッドを一掃した。
船が激しく揺れたけど、聖なる光に焼けた体が天に召されて消えていく。
「フルル、こっちは船室に閉じ込めてきた! セイレーン頼む!」
「ありがとうティーカー、行ってくる!」
頼りになる仲間に船の防衛を任せたら、私も岩礁めがけて飛び降りた。
魔法も唱えておく。
詠唱状態のままセイレーンに力いっぱいの聖剣を振り下ろしたけど、咄嗟に避けた人魚の体が海中に逃げた。
何十年も人間を食い続けて成長してるから、一筋縄じゃいかない。
でも私だって、逃げる先なんてわかってた。
だから魔法を走らせて、広範囲に電気の罠を作動させた。
「っぁあああぁあ!」
「ごめんね。勇者は雷魔法、得意なんだ」
魔法の網にセイレーンが引っかかった。
悲鳴をあげて、すぐに逃げ出す。魔法耐性がかなり高い相手だ。
それでも逃さない。
亡くなった船乗りたちのためにも、ここで逃がしちゃ駄目なんだ!
だから雷魔法を打ち込み続けて、再び岩礁までセイレーンを誘き寄せた。
憎らしそうに表情を歪めたセイレーンが岩に上がって、ますます海の底からアンデッドが湧き上がってきた。
「私の血肉になり、望んでそばにいる愛らしい者たちよ……勇者も沈めておしまいなさい……!」
アンデッドが一斉に狙いを私に変えた。
セイレーンは綺麗な歌声でも、私の足止めをしようとしてくる。
オルディアはアンデッドのために、今も祈り続けてくれてる。
ティーカーも船の上から誰一人飛び込ませないように、戦ってる。
私に託された敵なのに……倒せないわけがない!
聖剣の柄を強く握り直して、溜め込んだ力で一気にセイレーンへと駆け抜けた。
向かってくるアンデッドも、ものともせずに切り進む。
接敵されて驚くセイレーンへと聖剣を振り抜いて……断末魔を聞きながら灰に変えた。
湧き上がるアンデッドが主を失っても海に沈めようとしてくるから、掴みかかってくる手にもひたすら聖剣を繰り出し続けた。
「『すべての迷える命よ、神の元へ帰れ』」
海底から湧き上がってくる無数のアンデッドが、オルディアの広範囲の浄化魔法で一息に焼き切られた。
深く暗い場所にも、神の光が届いて……煌めきが海の底から湧き上がって、爆発したみたいに広がっていく。
セイレーンに囚われていた魂が、ようやく神の元へ向かえるんだ……どこまでも白く広がる光を見て、私も聖剣を腰に収めた。
「……」
……帰れてよかったね。ずっと気づかれないままここにいたんだね。
いろんな気持ちが湧き上がってきて……私も激しい波しぶきの中、ひざまずいて彼らの安寧を祈ってた。
こうして、勇者パーティは無事に討伐を終えた。
街に戻って後処理もしたんだけど、結果に気づいたオルディアが頭を押さえる。
「魔族を倒しても、勇者は手元から資金が出ていくのか……」
実は旅の資金がすっからかんになった。
「えへへ、だって誰かの依頼で倒したわけじゃないからね。
船代もかかってるし、討伐しても支出ばかりってよくあることだよ?」
「魔族も倒したし、向こうも船の修理代まではいらないって言ってくれたけどな。
ちゃんと払うって約束してた分くらい払わないと、協力してくれたのに悪いって」
支払いを終えて冒険者ギルドへ歩き出したけど、神官服姿のオルディアは小さくため息してる。
漁師たちとの話し合いに立ち会った時には勇者を立ててくれてたけど、魔王なんて魔界全体の経営者みたいなものだし、私の大雑把なお金勘定に思うところがあったのかもしれないって気づいた。
「ええと、オルディア……もしかして資金力無さすぎて呆れちゃった?
改善出来るところは直していくから、何かあれば遠慮なく言ってねっ」
「いや……最初から僕がセイレーンの居場所まで連れて行けばよかったと、そう後悔しているだけだ。
フルルに何かあるわけじゃない。魔族討伐の手腕もさすがだったし、惚れ惚れしてる」
無意識に褒めてくれるから照れちゃった。
なんでもないって顔しようとしてるのに、自然な言葉だったから、全身が汗かきそうなくらい熱くなってる。
肌が赤い私に気づいて、オルディアが優しく微笑んだ。
そんな風に言ってくれる仲間もいなかったし、慣れていないせいだって言い訳しながら、必死に顔を扇いだ。
「実は……いつ言おうか、迷ってることがあって……」
「どうしたの? 悩みごと?」
尋ねるとオルディアが、うつむく。
みんなで立ち止まって答えを待ってたけど、銀の髪が今度上げられた時には、首が横に振られてた。
「……いや、なんでもない。気にさせて悪かった」
「ねえちょっと。奥歯に何か挟まる言い方してるんだけど」
「レムス溜め込むからな……隠し事があるなら、今後のためにも吐かせてやらなきゃな」
ティーカーの言う通りだ。
私も両手をくすぐる体勢に構えたけど、幼馴染の魔王にはすぐに気づかれたみたいで手首を掴まれた。
ぐぬぬ、腕にどれだけ力を入れても動かせない。
頬を不満に膨らませた私を見ても、顔を赤くしたオルディアは絶対にくすぐらせてくれなかった。
「街中だぞ、フルル」
「見られたっていちゃつく恋人同士だって思われるだけだよ。
ほらほら、何隠してるの? ちゃんと相談してくれないなら、くすぐっちゃおうかなー」
「何もない。……無理強いするなら、僕にも考えがあるぞ?」
不意に近づいた魔王に、耳元で囁かれた。
目が眩むくらい強い魅了効果が襲ってくるから、必死で対抗する。
力が抜けて倒れかけた体が、オルディアの腕の中に収められた。
「無理に暴こうとする悪い子は、食べてしまおうか。
キスして、体に触れて……街中でも構わない恋人はいるはずだからな」
涼やかな声の主に、何されるのか想像した体が熱を帯びてゾクゾクする。
魅了されて震えてる私の顔が、オルディアの胸に押し付けられた。
衣服を通しても伝わってくる温もりが、肌をじんわり温める。
抱きしめられたまま、好きな人の腕の中を感じてたけど……指を弾く音でようやく正気に戻れたから、慌てて離れた。
セイレーンにも魅了されなかった勇者を完璧な状態異常に変えた魔王は、楽しそうに笑ってる。
「ねえオルディア、くすぐられるより街中で女性を抱きしめてる方が恥ずかしいと思うよ」
「挨拶のハグだから問題ない。頬にキスして挨拶する国もあると聞いたから、その一環だ。
そうか……今ここで唇を奪った方が恋人らしかったか」
微笑む半淫魔の魔王に唇を触られて、今度は私が真っ赤になった。
もういつもの調子に戻ったオルディアが、触れるか触れないかくらいで唇を触ってくる。
冷静にならなきゃってティーカーを振り返ったけど、苦笑してるし私も急いで冒険者ギルドの方向を示した。
「分かった、じゃあまた言いたくなったら言ってね。
お昼ご飯のお金もないから、次の依頼を受けよう。
何軒か特級冒険者向けの討伐が掲示板にあったからね、行くぞーっ」
ということで勇者パーティは、ゴブリンの巣の討伐依頼を受けた。
かなりの数のゴブリンがいたけど、オルディアとティーカーがいれば大規模な討伐だってすぐに終わった。
最後にオルディアが巣まで破壊してくれたから、他の群れがまた住み着くこともない。安心して街に戻れた。
お昼は稼いだお金で新鮮な魚介をいただいたけど、隣に座る神官姿の魔王が気になって声をかけた。
「ねえオルディア、魔力大丈夫?
今日は神聖魔法も使ってるし、巣を壊すのにも大量の魔力使ってるでしょ。回復したいなら魔力ポーション持ってるよ」
「ああ……心配してくれてありがとう。
実は魔力ポーションは回復量が少なすぎて、今は自然回復が一番早いんだ。もう回復したから気にしなくていい」
最強の魔王は魔力量も最強だった。
私だったら海の底にまで届く神聖魔法の時点ですっからかんになってるよ……なんて考えてたら、オルディアが手招きして顔を近づけた。
「魔力ポーションで思い出したが、今度魔界でティコの木の群生地に行って、実を集めようと思うんだ。
フルルはおやつがわりにも食べていたと思うし、好きだったと思うから……一緒にどうだろうか」
「えっ、魔界にもティコの木あるの? 行きたい! ……ところでなんで小声で相談してるの? ティーカーは?」
「恋人同士になったのに、まだ一度も二人で出かけたことがないからな。
たまにはデートに誘おうと思って……」
銀の髪に深緑の瞳になった幼馴染の、照れくさそうな笑顔が見えた。
何を言われたのか分かってるのに、繰り返さないと頭に入ってこなくて……理解するほど心拍数が上がってくる。
二人で。
デート!?
恋人っぽい提案に、魅了もされてないのに目が回った。
顔を上げるとオルディアも赤くなってる。
また私の耳元に形の良い唇が近づくから、それだけで体が跳ねてた。
「休みが合えば二人で出かけたい。……考えておいて欲しい」
お誘いに頭がいっぱいになってる勇者を見て、魔王が小麦色のおさげ頭を撫でてきた。
正面に座るティーカーも、顔から火が出そうなんて私の様子がおかしいことには気付いてるから笑ってた。
「フルルはずっとオルディアが弱点だよな。
セイレーン相手だと魅了も全然かからなかったのに、オルディアなら絶対に引っかかってるし」
「そ、それは油断してるか、戦闘中で気を張ってるかの違いじゃない?
そうだ、今度ティーカーも試してみてよ」
「何を?」
「突然オルディアが囁くの。精神対抗できない私の気持ちもわかるはずだよ」
「「え……?」」
「えっ二人とも、どうして嫌そうな顔するの!?」
どうやら親友同士で耳元で囁いて魅了したり、されたくもないみたいってことは分かった。
……絶対にティーカーも、かかるはずだと思うんだけどな。
オルディアの魅了をかけてもらうのは、仲良く首を横に振る二人相手じゃ、諦めるしかなかった。




