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美少女が頬を染めて上目遣いしたから仕方ない

 出迎えたユリウス様は、アルカイックスマイルを浮かべていた。

 美しい容姿には年を重ねたことにより大人の魅力が加わっている。


「ご無沙汰しております。シルフィーネ・フォン・シュリーレンでございます。ご迷惑をおかけ致しますが本日より宜しくお願い致します」

「とんでもない。ようこそお越し下さいました、シュリーレン嬢。ユリウス・フォン・アストレアです。どうぞごゆるりとお過ごし下さい」

「ありがとうございます」

「ではお部屋にご案内致しますのでどうぞ」


 ユリウス様が直接案内してくれるらしい。両親がいないのが新鮮だった。

 道筋で私はユリウス様に話しかけた。


「アストレア様。どうか以前のように話して頂けませんか」

「ですがシュリーレン嬢は社交界デビューを済ませたれっきとした公爵令嬢でございます。私は侯爵弟に過ぎませんので」


 ユリウス様は困ったように眉を下げた。


「何を仰っていらっしゃるのですか、私はいずれアストレア様の妻になる者です。どうか、フィーとお呼びになって下さいませ」

「……フィー嬢、」

「フィーと」

「……フィー」


 懐かしい会話だ。初めて会ったときもフィーと呼ぶことを強要した。

 今私には、あの時のような淑女らしからぬ強引さが必要だ。


「ありがとうございます。ユリウス様と呼んでも?」

「……ええ」


 最早ユリウス様は諦めの笑みを浮かべている。

 今なら波に乗ってお願いできるかもしれない。


「ではついでに、私には敬語を使わないで頂けませんか」

「は!?そんなことできません」

「名前を愛称で呼び捨てにしているのですから今更ではありませんか。それに、敬語を使われるのは距離を置かれているようで嫌です」


 距離を置いているのだけれどな……というユリウス様の呟きはしっかりと私の耳に入った。


「ここです。一応一人用の客室の中で最も広いものになっております」

「敬語はなしでお願いします」

「フィー」

「先に少しお話できませんか?」




 ユリウス様はダイニングに案内してくれた。


「お話とは?」

「ユリウス様が私と結婚するつもりがないというのはよく分かっているつもりです。ですが、私は諦める気はありません。ユリウス様が受け入れて下さるまで、侯爵様にお願いして置いてもらうつもりです」

「フィー、きちんと考えて下さい。三歳のときの気持ちを引きずっているだけではないですか?」

「十分に考えました。学院で出会いもありました。ですが、それでも私はユリウス様を想い続けております。今も再び貴方に会って、気持ちを再確認したところです」


 ユリウス様はすっと目を細めた。


「私はどうしてフィーが私を好いてくれるのかが分かりません。私と貴女は年に一度数日だけこちらに滞在していた、ただそれだけの仲です。まともに話したことも殆どない。何が貴女をここに押しかけてくる程に駆り立てるのか私にはさっぱり分からないのです」


 自分のどこが好きなのかと、ユリウス様はそう尋ねている。

 どこが好きか。

 彼が、状況を、自分を、敵を、相手を最大限分析して、そして相手を思って告白せずに身を引いたところ。これは私がユリウス様のファンになった理由。

 身内といるときとそうでないときにキャラが違うところ。それが私が沼に嵌った理由。

 その上で実際にユリウス様に会って、顔と声が決定打となって私は恋をした。

 けれど、この世界の私はユリウス様の事情を全く知らない筈なのだ。


「……私は、「好き」という感情に理由はないと思っております。好きになったのは、一目惚れです。一目惚れって、世間では美談でしょう?ですが結局、顔です。一目惚れによる「好き」に理由はありません」


 ユリウス様は納得したようなしていないような微妙な顔をしている。

 私は言葉を続けた。


「その一目惚れを大事に大事に私はずっと守ってきた訳ですが、ずっと守ってこられたのは年に一度ユリウス様に会って何となくの人柄を掴めたからです」


 そう言うと、ユリウス様は唇の端を吊り上げた。


「そうですか。でも貴女たちを含め他に見せていた私は作り出したものです。残念ながら本当の私は貴女が知っているような人間ではない」

「本当のユリウス様、ですか」

「フィーは私の妻になりたいのですよね?」

「は、はい」

「口外しないのならば普段の私を貴女に見せます」


 面白そうに言うユリウス様は、既にこれまで見せてきたことのない顔をしている。

 私はこくりと頷いた。


「フィー」


 普段と全く同じ声なのに、ぞくりとする響きがあった。

 捕食者のような表情に私の心臓は嫌になるほど喚いている。

 ユリウス様が身を乗り出して私の髪を一房梳いた。


「俺はお前の思っているようなお上品な人間じゃない。対外的には猫を被っているだけだ。お前が好きになったのはお上品で丁寧で貴族らしい俺だろう?」


 くいっと顎を持ち上げられる。ユリウス様がさらに乗り出し、顔が近づいた。

 キスされる。そう思ってぎゅっと目を瞑るが、なかなか唇の感触が来ない。

 目を開けると、クスクスとユリウス様が笑っていた。


「ぁ、ユリウス様」

「俺は妻以外にキスするつもりはねぇ。本当の俺に幻滅したならさっさと帰れ」


 ユリウス様は私を離して席に座り直し、いつものお上品な顔に戻した。


「今ならなかったことにします。貴女が私の妻になるべくこちらに押しかけてきたことも、何もかも。お疲れでしょうし、明日一日はこちらに滞在して頂いて構いませんので」


 にこりと笑ったユリウス様には、先程の蠱惑的な雰囲気が嘘であったかのように穏やかな雰囲気しかなかった。


「待って下さい!私、……私、さっきのユリウス様の方が好きです。すごくドキドキしました。ここから立ち去るつもりはありません。それから、これからは先程のように私に接して頂けませんか」


 ユリウス様が虚を衝かれたように目を瞠る。そして少し顔を赤らめて目を逸らした。


「フィー、そんな顔をするな。煽ってるのか?」

「あ、煽ってなど!」


 一体どういう顔をしていたのだろうか。

 反射的に否定してしまったが、はっと思い至る。煽りに煽れば、既成事実を作れるのではないかと。


「い、いえ!すごく煽っています!どうぞ私に手を出して下さい!」

「そんな真っ赤な顔して何言ってるんだよ……。そんなつもりがないのは分かってる。ほら、もういいだろ。部屋に戻れ」

「これからもここに置いて頂けますか!」

「分かった、分かったから。好きにしろ」


 許可を、貰えた。


「ありがとうございます!」


 猫を被っていない本当の彼も見せて貰えた。後はユリウス様が絆されるのを待つだけ。

 成功を確信して私は心の中でガッツポーズをした。

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