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ちょっと誇張しすぎた(ユリウス視点)

 彼女に初めて会ったのは、彼女がまだ三歳だった頃のこと。

 父親であるランスロットに瓜二つな彼女は、とても可愛かった。彼女の姉や兄も整った顔立ちをしていたが、拙いながらカーテシーを披露した彼女がとても可愛かった。

 俺の好きな人を妻にした憎きランスロットは顔面偏差値が最強なので、彼女も妖精のように可愛かった。


 可愛い可愛いと思っていると、告白された。勿論俺にロリコン気質はないし、ロリどころではない幼女である。流石に妻にするのは考えられない。

 彼女を見て私の妻にしたいくらいだなどというランスロットを煽るためだけの世迷言を口にしてしまったのが悪かったのだろうか。


 それから彼女とその家族は毎年アストレア領を訪れるようになった。

 彼女の仕草は年を経るごとに洗練された美しいものになってゆき、どんどん淑女になっていく。

 学院入学前には、幼さを持つ可愛さと大人の美しさが上手く融合したような美少女になっていた。

 あれ以降好きだと彼女が口に出すことはなかったが、彼女の態度を見るに、彼女はまだ俺のことを想っているようだった。


 彼女が学院に入学した。

 シュリーレン一家は彼女が居らずともアストレアを訪れる。彼女の熱の籠った視線がないのは新鮮だった。

 ランスロットとカルメリーナが客室に戻った後、彼女の兄であるレイモンドが俺を訪れてきた。


「妹を妻にするお気持ちはありますか」


 レイモンド卿は無表情だったが、そこには彼女を心底大切にしていると感じられるような響きがあった。


「ありません。第一、歳が離れすぎています。それに彼女も学院で良い人を見つけるのではありませんか?」

「いいえ、妹はきっと貴方を想ったまま帰ってくることでしょう」

「それでも、私は彼女を妻にはしません」

「妹の何がお気に召さないのですか」


 レイモンド卿は表情を変えずに言う。しかしその声音には苛立ちが混じっていた。


「私はシルフィーネ嬢を愛せないでしょう」

「それは母を愛しているからですか」


 俺は大きく目を瞠った。そのような様子は見せていない筈なのに。


「……やはり図星ですか」

「根拠は?」

「貴方が母を見る目は焦がれるような熱を持っていた、ただそれだけです。貴方も学院卒なら分かるでしょう?好きな女性を見る男性の目がどのようなものなのか」


 俺はぐっと押し黙り、そして机に肘をついて口角を上げた。


「ええ、そうですね。私は学院にいた頃からカルメリーナを愛しています。私の身分を考えて身を引きましたが、ね」

「妹はきっとモテる。あんなに可愛くて性格も良くて優秀ならば誰もが欲しい。勿論それを口に出すか、あるいは縁談を持ち込むかはまた別ですがね。その気持ちを振り捨てて貴方の元に来ても、それでも受け入れないと言うのですか」

「カルメリーナと同じです。彼女にはもっと相応しい人がいる」

「そうかもしれません。ですが彼女は貴方を求めている。正直なところ、姉が王太子妃になった以上、次女である妹は誰と結婚しても構わないのです。流石に平民は少し考える必要がありますが、貴族であれば誰でも構わないという方針です」


 彼はつまり、当主でない私でも全く構わないということを言っている訳だ。それならもうそこには反論できない。


「……どちらにせよ、私には愛する人がいます。届きませんが、それでも彼女が逃げてこられる場所になりたい。そのためには妻という存在は邪魔でしかない」


 俺がそう言うと、レイモンド卿は口元だけゆるゆると笑みを浮かべた。


「妹は母の娘です。結婚しても母が逃げてこられる唯一の女性ではありませんか」


 はっとして、……臍を嚙む。これも論破されるのか。


「例え私が彼女を愛せなくても構わないと?」

「さあ?彼女がそれでも良いと言うのなら反対はしません。妹が泣くようなことがあれば問答無用で連れ帰りますがね」

「……ご両親や王太子妃殿下も同じお考えですか?」

「ええ」


 年の差という理由は彼女が卒業した時点でもう役に立たない。どこかの伯爵が親子以上の年の差がある女性を妻に迎え相思相愛であるという前例があるからだ。

 本当に反論する要素がなくなってしまった。


「どうやら反論は尽きたようですね」


 レイモンド卿が愉快そうに目を細めて喉の奥で笑いを漏らす。

 大体俺が何を言って妻にしないと言っても、彼女が諦めず、かつそれを家族が容認している限り、どうしようもないのだ。


「……シルフィーネ嬢に諦めて頂くしかなさそうですね」

「諦めないでしょうね。さっさと絆されてやって下さい」


 夜分遅くに失礼致しました、と言ってレイモンド卿が立ち上がる。

 彼は部屋を出ようとして、立ち止まった。


「誰を愛するかはその人の勝手ですが。……目を向けるくらいはしてやって下さい」


 振り返らずにそう言い、彼は俺の返事を待たずに部屋を出て行った。


⁑*⁑*⁑


 そして、二年後の春、兄であるアストレア侯爵から手紙が来た。


『元気にしてるか?

 シルフィーネ・フォン・シュリーレン嬢から縁談が届いている。どうする?』


 それだけが書かれた短い手紙だった。

 ふと彼女が三歳のときの、俺に告白してきてくれたときの言葉を思い出した。


『わたしががくいんをそつぎょうしたときにアストレアさまにけっこんをもうしこんだら、きちんとかんがえてほしいのです』


「……きちんと考えて欲しい、か」


 彼女は良い子だし、可愛いし、優秀だ。異性に対しての愛という感情を考えないならば、妻として最高の人選だ。

 ただ俺は、結婚しなくても良い立場だ。そして彼女の母親を愛している。彼女と結婚する理由は何もない。

 愛する人さえ幸せにできないと考えたのだ。愛してすらいない彼女を幸せにできる自信が全くない。


「こういうところがヘタレっていうんだろうか」


 鼻で笑って自嘲し、俺は兄に断りの手紙を出した。




 それからしばらく、兄から再び手紙が来た。


『そっちにシルフィーネ嬢が住むことになったから。

 お前が絆されるまでアストレア領で暮らして迷惑にならない程度に領主館に押しかけるって言うんだが、流石にそれはなぁ?(笑)

 てことで、領主館に部屋を用意するって言ったから。食事もそっちでとるように言ってる。さっさと絆されて妻にしちまえば?(笑)

 いい部屋用意しとけよー、お前と同じ部屋は駄目だぞ!彼女は喜ぶだろうが駄目だぞ!(笑)』


 紅茶を飲みながら読んだことを深く後悔する。つまりは思い切り吹き出した訳である。

 噎せてこほこほと咳をしながらもう一度手紙を読み、俺は天を仰いだ。


「あー……」


 宜しくない。この状況は非常に宜しくない。

 もし誰か他家の人間が知れば、俺と彼女が事実上の婚約関係にあるとみなされる。兄はそれも見越して許可を出したのだろう。俺が退けないように。

 だが兄が許可を出したのなら俺に拒否権はない。


「シュリーレンの末娘がしばらくここに暮らすことになった。覚えてるか、シルフィーネ嬢だ。一番いい客室を用意しておけ」

「畏まりました」


 呼んだ執事に言いつけ退出させてから、俺は大きな溜め息をついた。




 それから程なくしてシルフィーネ嬢ががやって来た。

 本当に来たよ、とげんなりしつつ笑みを浮かべる。


「ご無沙汰しております。シルフィーネ・フォン・シュリーレンでございます。ご迷惑をおかけ致しますが本日より宜しくお願い致します」

「とんでもない。ようこそお越し下さいました、シュリーレン嬢。ユリウス・フォン・アストレアです。どうぞごゆるりとお過ごし下さい」

「ありがとうございます」


 三年ぶりのシルフィーネ嬢は、可憐さを残しつつも美しい大人の女性になっていた。ただ少し体型が彼女の姉とは違って……なので、妖艶さは欠片もない。

 そんな失礼なことを思いながら彼女を部屋に案内する。

 彼女は以前のようにフィーと呼べと言ってきた。現時点での身分は僅かに彼女が上、断ることもできない。それどころか味を占めたシルフィーネ嬢――フィーは、俺を名前呼びにし、さらには敬語を使うなとまで言う。わざわざ距離を置いているのに、問答無用で詰めてくる。母親とは大違いだ。

 俺が拒否すると、少し話したいと彼女が言う。応接室を使うか悩み、ダイニングに移動した。


 俺は彼女に、俺のどこが好きなのかと訊いた。気持ちを引きずっているだけではないか、と。

 彼女は一目惚れだと言った。ここに通って俺の人柄を掴んだと言った。

 だがお分かりだろう。俺の猫かぶりは上手なのだ。これで帰ってくれればいい。そう思って俺は素を見せてやることにした。


「フィー」


 先程までとは全く別の、俺の素で彼女の愛称を呼ぶ。彼女は目を見開き、顔を真っ赤にした。その髪を一房梳く。


「俺はお前の思っているようなお上品な人間じゃない。対外的には猫を被っているだけだ。お前が好きになったのはお上品で丁寧で貴族らしい俺だろう?」


 彼女の顎をくいっと持ち上げ、顔を近づけてやると、彼女はぎゅっと目を瞑った。湯気が出そうなくらい顔が赤いが大丈夫だろうか。

 勿論口づけるつもりは全くない。怪訝そうに彼女がゆるゆると目を開ける。その様子が可笑しくて笑いが零れた。


「ぁ、ユリウス様」

「俺は妻以外にキスするつもりはねぇ。本当の俺に幻滅したならさっさと帰れ」


 席に戻り、猫を被った自分に戻って彼女になかったことにするから帰れと諭す。しかしあろうことか彼女はそれを拒否した。


「待って下さい!私、……私、さっきのユリウス様の方が好きです。すごくドキドキしました。ここから立ち去るつもりはありません。それから、これからは先程のように私に接して頂けませんか」


 頬を染めての上目遣い。美少女から羽化しようという年頃の彼女がすれば破壊力が凄い。彼女に惚れている訳ではない俺ですらドキリとしてしまった。

 煽っているのかと本心でないながら咎めると、彼女は反射的に否定し、少し止まって、肯定した。


「い、いえ!すごく煽っています!どうぞ私に手を出して下さい!」


 流石に呆れたが、この必死な感じはなかなか可愛い。

 ここに置いてくれと言う彼女に好きにしろと言ってしまった自分は、既に少し絆されてしまっているのかもしれない。

シルフィーネの名誉のために補足。

学院での三年間で1サイズアップしてます!姉がFくらいあるので相対的に小さく見えるだけ!

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