振られたあの人は今
黒の長髪にシェリー色の瞳のあの人です
私はシルフィーネ嬢のクラスメイトで、学院を首席で卒業した男。
きっと私の名前を覚えている人はほとんどいないことだろう。
突然「セオドリック」という名前が出てきて『誰だっけそいつ』となった人も多いのではないだろうか。分かっている、私の存在感がとても薄いことなど。家名を覚えている人などゼロに近い筈だ。
けれどな、クリストファーよりはましだろう!?あいつなんぞ台詞すらない。一体誰のことなのか覚えている人は千人に一人というレベルではないか?エルメントルート・フォン・ランセル侯爵令嬢と両想いになった男だ。ん、ランセル嬢は流石に覚えているよな?シルフィーネ嬢が「ルート様」と呼んでいる令嬢だ。
おっと、私の名前を思い出してもらうのを忘れていた。セオドリック・フォン・ブランドナーだ。何だって?『そんな人いたっけ』?何だと!?それはあまりにも酷い!
そうだな、こう言われれば分かるか?
シルフィーネに振られた男だ、と。
……仕切り直そう。
私のことは思い出してくれたと仮定して。
私がシルフィーネ嬢に振られた後どうなったのかと一瞬考えてくれた人のために、その後の私をお話ししようと思う。
⁑*⁑*⁑
私がシルフィーネ嬢に想いを告げたとき、シルフィーネ嬢は想い人がいる、必ず実らせると宣言して断った。
『もしも、もしも私がその方をお慕いしていなければ、きっと私は貴方を愛していたでしょう』
そんなことは言わないで欲しかった。
希望を持たせ、その希望を徹底的に打ち砕く。そんなのあまりにも。
『もしもその方より早く、いや誰より早く貴女に会っていれば、私を好いてくれましたか?』
そんなことを改めて尋ねてしまうあたり、どこかで諦めきれていなかったのだろう。
『……恐らく』
『そうですか。悔やまれますね』
どれだけ私が悔しかったと思う?
どれだけ私が憤ったと思う?
だって。
後から出会ったというだけで私は振られたのに。
その男は先に出会うという幸運を得たくせにシルフィーネ嬢を受け入れないのだから。
そいつは、自分の幸運を、何も分かっていないのだ。
『幸運を祈ります』
自分の口は思ってもいないことを勝手に紡ぐ。
『貴方も』
ねえ、シルフィーネ嬢。貴女が今泣きそうな顔をしていることに、貴女は気付いていますか?
私から離れていったシェリー色は、すぐに男どもに隠されて見えなくなった。
『ブランドナー様!私と踊って下さい!』
『私とダンスを!』
『私と!』
ああ、鬱陶しい。
女が群がってきた所為で、噎せ返るような香水の匂いが鼻につく。いや、『匂い』なんていう良いものではないな、『臭い』だ。
私は無理矢理笑顔を作る。
『すみません。少し暑くなってしまったので体を冷やしてきます』
きっとこういう頭の弱い人たちにはただの断り文句に聞こえていることだろう。だが、これは強い拒否だ。
お前たちが暑苦しくて鬱陶しいのだ、失せろという皮肉。
一部の人間にしか理解できない皮肉なんて皮肉でも何でもないのだろうが。
ふとシェリー色が埋もれた場所に目を遣ると、そこには既に誰もいない。
視界の端にテラスに出るシェリー色が映って、苦笑した。
⁑*⁑*⁑
当然、実家に戻ると婚約者選定の話になる。
ブランドナー公爵家は代々国民の教育関連のトップを務めている。つまりは出仕が必要であり、となると妻に領地経営の大部分を任せることとなる。
何が言いたいかというと、公爵家の領地を守れるような能力のある女、つまり第一クラスを卒業している女が欲しいのである。
さて相手だが、今独身で婚約者を作っていない女性となると、第一クラスを卒業している人がいない。
そして今年の女は皆相手がいる。
ということで、今年は諦めて来年以降に持ち越すことにした。
翌年、三人の女子が条件に当てはまった。
私が縁談を持ち込んだのは、アーデルハイト・フォン・クライネルト侯爵令嬢だ。選んだ理由は特にない。うちは政略結婚の必要はないし、うちも三人も派閥は全員中立である。そもそも今のシーアランド王国はかなり平穏で、派閥なんてあってないようなものなのだが。
で、どうやって決めたかというと、ペンが倒れた方向だ。三人の中では顔が一番好みだったのでまあまあ納得している。
最近の婚約は、承諾か否かを決める前に顔合わせすることが一般的だ。なので、取り敢えず顔合わせということになった。
「初めまして。ブランドナー公爵家が長男、セオドリック・フォン・ブランドナーと申します。本日はどうぞ宜しくお願い致します」
「お初にお目にかかります。クライネルト侯爵家が長女、アーデルハイト・フォン・クライネルトと申します。こちらこそ宜しくお願い致します」
実際に見たクライネルト嬢は、絵姿よりも美人だった。
何よりも。
「貴女の瞳はオペラだと思っていましたが、ロゼなのですね。とても綺麗です」
そう言うと、クライネルト嬢はぱちぱちと目を瞬かせた。
「ああ、いきなり容姿について口にするのは失礼でした、申し訳ありません」
「いえ!褒めて頂いているのに、そんな。そうではなくて、ローズだと言われたことしかないので驚いて」
「ああ、確かにそうですね。私の瞳がよくシェリー色だと形容されるので」
「そういうことでしたか。ふふ、どちらもお酒ですね。ブランドナー様のシェリーもとても綺麗です」
クライネルト嬢が浮かべたその笑みは明らかに自然と生まれたもので。
帰り際、私はもう一度彼女に問うた。
「改めて、クライネルト嬢。私と婚約して頂けませんか?」
「ええ、喜んで」
彼女とならば、生涯を共に歩める気がした。
⁑*⁑*⁑
私も今では二人の子を抱える父親だ。
二人とも男だが、大人しい子たちなので家の中が騒がしくなくてとても良い。女の子が欲しかったというのも本音だが、授からなかったものは仕方がない。
今年跡継ぎである上の子の長男が五歳を迎えたので、そろそろ家督を譲るつもりだ。
実は結婚してから発覚したことがある。
初夜でもない、何でもない日の夜のこと。私に腕枕をされながらデルが言ったのだ。
「ねえリック。今更なのだけれど」
「うん?」
「私実はお酒にそれ程強くなくて。いえ、弱いという程でもないのよ、でもとっても強いという訳ではないのよ」
「うん」
「つまりね、私、シェリー酒は飲めないの」
えへへ、とデルが舌を出す。可愛い。
因みに呼び方については、アーデルハイトからアーデルになり、そしてデルになった。
「……まあ、シェリーが駄目でも私を受け入れてくれるならそれでいいよ。それとも私も無理?」
「まさか!リックの瞳は綺麗で好きなのよ!」
「ならいいよ」
「よかった」
ふにゃっと笑ってデルは私の胸に頭をすり寄せ、そのまま眠った。
デルは可愛い。全てが愛らしい。
けれど、女性として愛することはできない。そしてそれは向こうも同じ。
決してシルフィーネ嬢に未練がある訳ではない。彼女を見ても、クラスメイト或いは友人以上の感情を抱くことはもうない。
それでも、どうしても女性としてはデルを愛せない。
妻として家族としての愛情は持てど、恋愛という意味での愛情は持てない。
だが、貴族としてはそれは一般的。
むしろかなり良い夫婦だといえるだろう。
何故なら世間には冷え切った夫婦関係もありふれているのだから。
長男夫婦は想い合っての結婚、次男夫婦は想い合ってではないが私達のように良い関係を築いている。
孫たちにも幸せな家庭を築いて欲しいと思う。
そういえば、シルフィーネ嬢は割とさっくりと想い人を仕留めていた。
菫色のドレスがよく似合っていた。シェリーよりも、余程。
どうでもいいのですが実は作者は非常に非常に非常にお酒に弱く度数3%のお酒を一口が限界であるため当然のことながらシェリー酒もロゼも飲んだことも見たこともございません。検索結果が元となっております。
どこか違和感がありましたら是非教えて頂ければと……。
セオドリックってアーデルハイトに惚れてるよねと思ってもお口にチャックでお願いします。




