家令の回想
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ただひたすら家令が回想しているだけのお話
どうも。私はアストレア領主館の家令でございます。年は67。70になったら引退する予定です。
私は元々王都のタウンハウスに執事として勤めておりました。ところがユリウス坊ちゃまが領地の方に行くというので、私も共に領地に行き、坊ちゃまは領主代行、私は領主館の家令となりました。
さて、坊ちゃまは40目前だというのに奥様がおりませんでした。
坊ちゃまが言うには、シュリーレン夫人を想っているのだそうで。当主でない自分は妻を娶る必要がないのだからと言って、結婚を拒んでおられました。
私とて坊ちゃまの嫌がることは致したくありません。確かに坊ちゃまが結婚する必要がないのは事実でございますし、否を申すことはございませんでした。
しかし私とて愛する妻を持つ身。その幸せを知って頂きたいとも思っておりました。
坊ちゃまの縁談はすっかりなくなっておりました。なので、結婚について話すこともなかったのですが、ある日縁談があったという手紙がご当主様から届いたのでございます。
坊ちゃまは少し考えられ、そしてお断りの返事を出されました。
聞くと、お相手はシルフィーネ様。シュリーレン公爵令嬢であり、毎年ここを訪れられていたお方です。
それはもう愛らしく、天使のような少女なのですが、なんと坊ちゃまを想っておられました。
このお方なら坊ちゃまを幸せにできるのではないか、そんなことも思っておりました。なのに一考のみで――以前は一考することもなかったので進歩はしたのでしょうが――お断りしてしまうなんて。
それからしばらく、再びご当主様から手紙が届き、それを読んだ坊ちゃまは盛大に紅茶を吹き出されました。どうやらシルフィーネ様は諦めずにこちらにいらっしゃり、坊ちゃまが絆されるのをお待ちになるというのです。
ご当主様の命令ですから、坊ちゃまは断ることができません。坊ちゃまは嫌そうに使用人に客室の準備を指示されました。
使用人たちは話を聞いて、遂にユリウス様に春が来るのかと非常に嬉しそうにしていました。私も嬉しかったですからね。
しかしあくまでもご客人という立場でお迎えになるのでしょう。客室という指示がなければ、坊ちゃまの隣の部屋をご用意して差し上げるのに。
三年ぶりにお会いしたシルフィーネ様は、それはそれは美しい女性になっておりました。
しかし坊ちゃまを想う心は全く変わっておられませんでした。
使用人たちはシルフィーネ様のことを奥様とお呼びし、名前で呼ぶようにとシルフィーネ様に言われておりました。使用人たちの気持ちはよく分かります。私達にとっては、シルフィーネ様は坊ちゃまの奥様になる方なのですから。
使用人たちは、メイドから騎士まで皆シルフィーネ様を歓迎しておりました。毎年訪れられていた方ですので受け入れやすかったのもあるかもしれません。
坊ちゃまは、シルフィーネ様とお過ごしになるにつれて、シルフィーネ様に惹かれてゆかれました。使用人たちは皆それに気付いておりました。
しかし坊ちゃまご自身とシルフィーネ様は全くお気付きになられません。
そうして。
シルフィーネ様は実家に帰ると仰いました。
坊ちゃまも、使用人たちも、とても驚きました。全くそのような素振りがなかったからでございます。
坊ちゃまはお引き留めになりませんでした。
正確には、引き留めようと何度も口を開きかけて、けれど仰ることができませんでした。
使用人たちは、引き留めようと侍女を一人送り込んだようです。そして、見事単なる帰省だという情報を得ることができました。一同ほっと安堵致しました。
しかし緘口令が敷かれ、使用人以外に漏らすことは禁じられました。つまり、坊ちゃまだけ知らないという状況になった訳でございます。
結局当日になっても坊ちゃまはお引き留めになることができませんでした。しかし、出発間際にシルフィーネ様が自ら帰省だとネタばらししたのです。いえ、単に言い忘れていたことを言っただけなのでしょうが。
坊ちゃまは胸を撫で下ろされておりました。
ですが、坊ちゃまの仕事のパフォーマンスが非常に下がってしまったのです。
シルフィーネ様がいないというだけでこれです。
それでも坊ちゃまはお気付きになられません。
これでは埒が明きません。私は坊ちゃまを諭しました。
一度夫人を愛しているという設定を忘れられてはどうかと申しますと、設定ではないというお言葉が返ってきました。いやはや私としたことが、本音が出てしまっていたようです。
そこで私は、二人を同時に愛することがないとどうして言い切れるのか、と申しました。坊ちゃまが仰る通り、坊ちゃまは二人を同時に愛することができるほど器用ではございません。ですが、こう言わないとシルフィーネ様のことをきちんと考えられないと思ったのです。
坊ちゃまは二日間じっくりと考えられました。
考えに考えて、きちんと結論を出されました。
「俺が愛しているのは、カルメリーナじゃなくてフィーだ」
そう坊ちゃまは仰いました。
シルフィーネ様がお戻りになられたら、お気持ちをお伝えするということです。
使用人たちは歓喜に沸きました。ようやくだ、と。
しかし、シルフィーネ様はお戻りになられませんでした。
災害級の大雨でした。どの領地でも、対処に追われました。ですので、雨が止んでもシルフィーネ様はお戻りになることができなかったのです。
そうして半年が経ちました。しかし次は、二週間後に王家がパーティーを開くというのです。それではシルフィーネ様はお戻りになることができません。
ただ、エスコートを頼む手紙が届かなかったのは意外でございました。坊ちゃまも少し落ち込んでおられるようでした。
坊ちゃまは王都に旅立ってゆかれました。私は領地でお留守番でございます。
帰ってきた坊ちゃまから話を聞きました。
そして、シルフィーネ様がお戻りになりました。
坊ちゃまは、お気持ちをお伝えになりました。
シルフィーネ様は、それを受け入れられました。
幸せそうな口づけに、使用人は部屋から出て扉を閉めました。
本当ならば婚約すらしていない男女が二人きりになるなどあってはならないのですが、もう実質結婚したようなものでございます。ですので誰も咎めませんでした。
⁑*⁑*⁑
私は、坊ちゃまが家を移るとき、それについて行くことにしました。
私が引退するまでの間に坊ちゃまとシルフィーネ様のお子を見ることができたのはこの上ない幸せです。




