兄にもいない
その翌日は、ディーとツィア様とのお茶会だ。
「ご無沙汰しております、殿下。ツィア様は昨日ぶりですわね」
「久しぶりだな。そうよそよそしくするなよ、シュリー。幼馴染だろう?」
ディーはぴくりと片眉を上げる。
そう言ってくれるのは嬉しいが、流石に無理だ。
「ですが殿下、殿下にはもうツィア様がおりますから」
「何を仰っているのですか、シルフィーネ様。折角の幼馴染なのですから大切になさって下さいませ。男女関係にない幼馴染を引き離すほど私は狭量ではないつもりですのよ?特にシルフィーネ様にはぞっこんの想い人がいらっしゃいますしね。どうか入学前の通りに接してあげて下さいませ、フェル様が寂しがってしまっては可哀想ですわ」
ツィア様がくすくすと笑う。その言葉と表情に嘘はない。
私とて幼馴染を失うのは寂しい。ありがたく甘えておくことにする。
「ありがとう、殿下、ツィア様」
「当然だろう」
「ええ、本当に。それよりも、シルフィーネ様はシュリーと呼ばれておりますのね。シュリーレンのシュリーですか?」
私は思わず吹き出してしまった。私が初めてディーにそう呼ばれたときと同じ反応だったから。
ディーはむすっと口を尖らせた。
「違う。シルフィーネからのシュリーだ」
「……あまりない愛称ですわね」
「幼馴染は特別っていうイメージがあったんだよ。今もだけどな。だから呼び方も特別にしたかったんだよ」
微妙に投げやりな感じだ。
少し遠慮はあるが、随分打ち解けたのだろう。普段のディーに近い気がする。何だか少し寂しいが、良いことだ。
「ではシルフィーネ様はフェル様のことを何と?」
「ディーと。フェルディナンドからのディーですわ。ディーがフェルは嫌だと言ったのです」
「言ってない」
「言ったも同然じゃない!『特別な呼び方がしたいのだ』からの『父上と母上はフェルと呼んでいるぞ』なんて、フェル以外にしろって言ってるようなもんでしょ。ツィア様もそう思われますわよね?」
「ええ、シルフィーネ様の仰る通りですわ」
ツィア様が笑うと、ディーは不貞腐れたように私を軽く睨んだ。それを見てさらにツィア様が笑う。
「それよりシルフィーネ様、フェル様にタメ口ならば私にもタメ口を使って下さいませ」
「ですがツィア様はもうすぐ王子妃、ひいては王弟妃になるお方ですのよ?」
「本人にはタメ口なのですよ?それに今は婚約者ですらありません。どうして私が駄目なのですか」
反論できない。
「……分かったわ、ありがとうツィア様。でもその代わり私にもタメ口を使ってくれる?」
「それはできませんわ!現時点ではシルフィーネ様の方が身分が上ですもの!」
「もうすぐ逆転するのだからそれがちょっと早まっただけって考えれば良いのよ」
うぐぐ、と悩んだ末にツィア様は頷いた。
侍女が紅茶を淹れ直してくれるのを眺めながらディーが会釈程度に軽く頭を下げる。
「シュリー。ツィアを紹介してくれてありがとう」
「あら」
「お前以外に俺が素でいられる女がいるなんて思ってもみなかった。本当に感謝してるんだ」
「運が良かっただけよ。私かツィア様が一年早く生まれていたら私はツィア様を紹介していなかったもの」
「それでも。感謝くらい受け取ってくれ」
ディーは見たことがないくらい真剣だ。ツィア様の前だからではなく、本当に感謝しているらしい。
私はにんまりと笑う。
「ならお礼が必要ね」
「な!……何が望みだ。王命での結婚か?」
「まさか。そんな卑怯なことはしないわよ。そうね、ツィア様を他の愛称で呼んであげて」
「は?」
「へっ!?」
二人が驚いた顔をする。……そんなに驚くようなことを言っただろうか。
「貴方の気持ちなんて分かっているのよ、馬鹿ね」
「なっ!」
ディーがぱっと目を瞠る。さっきからバレバレなのだ。
「大体幼馴染は確かに特別だけれど、恋人は特別ではないの?」
「おい馬鹿!」
ディーとツィア様の顔が真っ赤になる。これはまさか。
「ディー、貴方まだ」
「もう黙れ!!」
「まだ恋人ではないの?」
「んんん!口を開くな馬鹿!俺が言うんだ!」
言われれば言われる程揶揄いたくなるのが分からないのだろうか。
ツィア様は所在なさげに目を泳がせているが、こちらもディーのことを好きなのだろう。
「まあいいわ。とにかく、ツィアなんてのは私たちクラスメイトが自然と呼んじゃうくらい普通の愛称なのよ。私に特別な愛称をつけるならツィア様にもつけなさい」
「分かった、分かったから!なら、レティはどうだ」
「レツィじゃなく?」
「わ、私はレティでいいです!」
ツィア様の声が普段より一段高い気がする。あと頬が緩んでいる。
「まあツィア様がいいならそれでいいのだけれど」
「ええ、ええ!折角フェル様がつけて下さったのだもの」
「――俺の」
「そう?まあそうよね。うんうん」
ん?ディーが何か言おうとしていた気もするけれど、まあいいか。多分気のせいだ。
「――俺の」
「ええ!シルフィーネ様をシュリーとされるのですからレツィじゃなくレティなのも納得よ」
シュリーレンのシュリーかと思った。
「~~~俺を無視するな!」
くわっと目を見開いて身を乗り出されると少々怖いのでやめて欲しい。
「なんですの?」
「俺のこともフェルじゃなくて別の愛称で呼んでくれ」
「ではルディで。レティと似た感じでお揃いっぽいと思いません?」
ルディ、お揃い、とディーがぼそぼそ呟く。にやにやしている。気持ち悪い。
しかしディーを好きなツィア様は気持ち悪いとは思わなかったのか、嬉しそうににこにこしている。
というか、開き直ったのだろうか。ツィア様を想う気持ちが全く隠れていない。
「シルフィーネ様。ありがとう」
「いいえ。でもよかったわ、上手くいっているようで」
「私も本当に感謝しているの。好きな人と結婚できるなんて全く思っていなかったからすごく嬉しいのよ」
「えっ」
ばっとディーがツィア様を向く。
その口元にゆるゆると歓喜が浮かんだ。
「ちょっとディー!貴方女性に先に言わせるなんてあり得ないわよ」
「ツィア!好きだ、愛してる。誰に何と言われようとも俺の妃はツィアだけだ!」
「きゃあっ」
突然ディーが立ち上がり、ツィア様に抱きついた。
ツィア様の持っていたティーカップの中の紅茶が大きく揺れる。あっ、ちょっと零れた。
「ああっすまないレティ!火傷を」
「していませんけれど!ルディ様!急にそういうことをするのはやめて下さいませ!」
ツィア様の顔が茹で上がったように真っ赤だ。可愛い。
「そんな、様づけだなんて……」
「……………………ルディ」
ためにためてツィア様がぽつりと呟く。ディーが満面の笑みを浮かべてツィア様の肩口に顔を埋めた。おっと首筋を食んでいる。
ラブラブだ。非常にラブラブだ。私が完全にお邪魔虫だ。なかなか恋が叶わない私への嫌がらせだろうか。
折角縁結びしてあげたのに!恩知らずな!
「お二人ともそれ以上はお二人のときにして下さい。もう私は退散するけれど、通りすがりの女官たちにとっても目の毒よ」
「ま、待って」
ぱちんとウインクして見せ、腰を上げるとツィア様が焦ったように止めてきた。
「婚約パーティー、来てほしいわ」
「勿論よ!参加必須だし、何よりツィア様とディーの幸せな日なのだもの」
「ありがとう!正直に言うと、今月中にはパーティーが開けそうなのよ」
「大丈夫よ。それにここにいたらユリウス様にエスコートを頼みづらいわ」
「確かにそうね。シルフィーネ様、頑張ってね」
「ありがとう」
今度こそ立ち上がると、ずっとツィア様の首筋を食み続けていたディーが立ち上がって姿勢を正した。
「シュリー。初めてお前の気持ちを聞いたときから、ずっと応援してる。俺のただ一人の幼馴染なんだから自信持てよ。アストレア卿を名前で呼んでるのだって大きな進歩なんだからな。簡単に諦めんなよ」
「当然じゃない!けど……ありがとう、ディー」
「おう」
あーあ。
これで相手がいないのは私だけになってしまった。
きっと私には山のように釣り書きが来ているのだろう。自分で言うのも何だが、整った容姿で第一を次席で卒業している私を欲しいと思う人は大量にいる筈だ。
ふっとセオドリック様の顔が頭を過る。
『簡単に諦めんなよ』
私は頭を振って頭の中からセオドリック様を追い出した。
私の相手はユリウス様だけだと、ずっと決めているのだから。
今日中にもう一話投稿します。
なかなかユリウスが出てこなくて申し訳ないです……。




