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死神が僕にくれた幸福な運命  作者: 風乃あむり
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「きゃー! フォトジェニック! インスタ()えっ!! エモい〜!!」


 伏見稲荷大社の千本鳥居を前に、一眼レフを首から下げたももちゃんは大興奮だった。


 修学旅行の二日目、ほとんど全てももちゃんが作った自主研修の計画書をもとに、僕たちは京都観光を進めていた。ももちゃんは「涼ちゃんが映えるところ」を選んでコースを決めていて、彼女が一番楽しみにしていたのが、この伏見稲荷大社だった。


 霊峰稲荷山を緩やかに登っていく石階段の参道は、幾重にも続く朱塗りの鳥居に守られている。その様子は神秘的で、純粋に美しかった。


 ももちゃんがここで写真を撮りたくなる気持ちはよく分かる。でも。


「どうしよう本山、僕にはももちゃんが何語を話しているか分かんないんだけど」


「優磨、俺に共感求めるなよ。俺はちゃんと分かるぞ、健全なフツーの中学生だからな」


「ほ、ホントに?」


 驚く僕にはお構いなく、モモちゃんはぱしゃぱしゃとシャッターを押しまくっていた。


「いいよー涼ちゃん可愛いぃ! うんうん、その恥じらう表情、尊いよ〜」


「恥じらってるんじゃなくて、本当に恥ずかしいんだよー!」


 涼乃は周囲の目を気にしてキョロキョロしていた。モモちゃんが大騒ぎしながら撮影するので、観光客の注目を集めているのだ。平日とはいえ、ここは有名な観光スポットだから、外国の人もたくさんいた。


 モモちゃんのせい、ってだけじゃないな。僕はこっそり息を吐いた。ため息をつくのが四月からすっかり癖になっている。


 三年生になって涼乃は一段と美人になった。あどけなかったやわらかい頬の輪郭は、するりと大人びた直線に代わり、ふっくらとした唇を際立たせている。


 長い髪を風にまかせているのは今までと少しも変わらないのに、今は宙をひらめくアゲハ蝶のようにあでやかだ。人目を引くに決まってる。


「優磨はほぼおじいちゃんだよなー」


 ケタケタ笑う本山にムッとする。以前に同じようなことを涼乃にも言われたからだ。

 やっぱり涼乃と本山の距離はどんどん縮まっているんだ。


 本山は僕から離れてモモちゃんに並んだ。今度は動画を撮るぞーとか言って映画監督気取りで、涼乃に演技指導をしている。


 昔の涼乃だったら「は?」の一言で返り討ちにしていただろうに、今はノリノリだ。


 またため息がこぼれる。このままじゃため息の海で溺れそうだ。


 ――なんで僕、ここにいるんだろう。


 涼乃からも本山からも目を逸らして鳥居の続く参道を見上げた。


 頂上へと人々を導く朱の鳥居たち。蛇行して登る参道は、その先が見通せないこともあって、永遠に続いているように思われた――もしくは、天国へと続いているような……。


「少し雲行きがあやしいね」


 撮影の合間に涼乃が空を見上げた。ホテルを出た時には広がっていた青空を分厚い雲が灰色に侵している。


 またモモちゃんがシャッターを押した。


「いいねーその見上げる感じ! ほら、アゴのラインが綺麗だなぁ」


「もう写真はいいんじゃない? 雨降りそうだよ?」


「だな。時間的にもそろそろヤバイし。下山しよーぜ」


 涼乃の心配に本山が同調して、渋るモモちゃんを二人で引っ張った。

 写真を確認して三人は笑い合っている。


 涼乃の笑顔にはかたさも棘もなく、本山と目を合わせて微笑む様子は、「フツー」の女子中学生だった。


 ――やっぱり僕、もう涼乃に必要ないんじゃないか?


 足が止まった。


 立ちすくむ間に、三人は鳥居をくぐって山を降りていく。


 ぽつり


 冷たい一滴が僕の頬を打った。


「雨だ!」


 誰かが声を上げて、みんな慌てて駆け出した。三人も、他の観光客も、僕を置き去りにして下界へと逃げていく。

 

 山頂を見上げて踵を返したのは僕だけだ。


 ――もう、どうでもいいや。


 ずぶ濡れのまま歩き出す。


 雨音が他のあらゆる音を遮断して、激しい雨しぶきが視界を漂白する。


 その空虚な世界の中で、朱の鳥居だけがやけに鮮やかに僕の進む道をかたちづくっていた。


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