5
――かたんかたん。
――かたんかたん。
電車が揺れる音がする。
川沿いを走る一本の線路を、空色電車が僕を乗せて進んでいく。
僕はぼんやりと景色を眺めていた。
あれ、ここはどこだ? 不意に不安になってあたりを見回した。
待ってくれ。ここは三途の川を越えていくあの電車の中じゃないか? もしかして……もう僕は死んだっていうのか?
サッと血の気が引いていく。
どうして? そんなはずはない! 涼乃を守って死ぬはずだろう!? 僕はまだ何もしてないのに!
――いやだ、死にたくない! 絶対に死にたくない!!
頭を抱えてうずくまった。
死神に説明を求めたかった。この状況はなんなんだって、問い詰めたかった。
それで顔を上げると――、
僕は古びたアパートの中にいた。
――嘘だろ?
さっきまで電車に乗っていたのにとか、そんなことはどうでもよかった。腹の底に冷たい恐怖がのしかかる。
小さな冷蔵庫。ひたひたと水が漏れる台所の蛇口。破れたふすまと、擦り切れた畳。
怖い。足がすくむ。膝が震える。
それなのに――どうしようもなく懐かしい。
――ここはお母さんと暮らした家だ。
ぽろぽろと涙がこぼれてきた。
殴られたのも、蹴られたのも、ひもじかったのも、お母さんに抱きしめられて嬉しかったのも――全部全部この家でのことだった。
ピンポーンと間の抜けたチャイムが鳴る。
まさか、と玄関を振り返る。
――もしかして、お母さん!?
錆びたドアがぎぃと開いた。鼓動の音が早まる。極限まで心が張り詰める。
扉の向こうに人がいた――。
アフロの死神だった。
無性に腹が立つ。
なんでだよ、なんでお前がここにいるんだよ。お母さんにまた会えると思ったのに。懐かしくて恋しくてたまらなかったのに。
妙にのっぺりとした無表情で、死神は僕に言う。その声は、何かフィルターを通してぼかしたみたいに不明瞭だった。
――あなたの……命で彼女を……救いなさい。
――そのた……めに、生き返ったんです……からね。
なんだよこんなところで言うなよ。
そうだ、ここで人生を終わらせるはずだった僕を、かつて死神が救ってくれた。
そして、呪いをかけた。運命を示してくれた。
死神の言った通り、僕は運命の女の子に出会えた。
好きでいるだけで幸せになれる、僕の特別な女の子――涼乃。
彼女を守るために生きてきた。それが僕の命を燃やす原動力だった。
「大丈夫、ちゃんと約束は守るから」
僕は死神にもう一度告げる。
「涼乃のために、死ぬんだから……」
ただ――それが今は怖いんだ。
おかしいよね。
僕は、彼女のことが大好きで、ずっと、涼乃のためならこのくだらない命なんて惜しくないって思ってた。その気持ちは強くなる一方だ。
それなのに、今、死に向かっていくのがこんなに怖い。
こんなにも涼乃を大切に思うのに、どうして突然こんなふうに怯えているんだろう。
好きで、好きで、好きで。大好きで。
なのに、なんで死ぬのがこんなに怖いんだろう。
僕が死ぬか、彼女が死ぬか。
選べる道はただ一つなのに。
――かたんかたん。
――かたんかたん。
いつの間にか、僕は空色電車に戻っていた。
あぁ、そうか、これは夢なんだ。
僕の恐怖が見せる、生々しい夢。
空色の電車は進む。ゆっくり、でも確実に先へ。
その歩みが後戻りすることは決してないんだ。