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「きぃやぁぁぁぁ!!」
すさまじい奇声。床を叩き、ダダンと踏み込む一歩。空気が震える。打ち下ろされた竹刀の軌道が見えない、はやすぎる。
想像以上の迫力に、僕は観客席で口を引き結び拳を握っていた。気迫に押しつぶされないよう耐えていた。
秋が深まり、風が北の冷たさを含み始めた十一月。東京武道館。
僕は剣道の試合を観戦していた。東京都中学校秋季剣道大会――いわゆる新人戦。
目当てはもちろん夏原さんだ。
僕はどうしても彼女の試合を見てみたかった。彼女が自分の時間と思いを一番に注ぎ込んでいるもの。それがいったいどんなものなのか、もっと知っておくべきだと思ったから。
大会なら応援に行っても不自然じゃないよな、と自分に言い聞かせ、いや不自然でもいいや僕は夏原さん公認(?)のストーカーだしと開き直ってやってきた。
そして今、あまりの迫力に圧倒されている。
普段は何事にも冷めた目線の彼女が、闘志むきだしで相手に打ちこんでいく。
防具の中で脈打つ鼓動の音まで聴こえてくる気がした。
そのエネルギーに動かされて、僕の心も体も叫び出す。
「頑張れっ! 頑張れ、夏原さん!!」
✳︎
「あんた昨日の試合見に来てたでしょ?」
翌日、環境委員の朝清掃に参加すると、顔を合わせた夏原さんが開口一番そう言った。
僕たち二人の身長はさほど変わらないはずなのに――彼女は長身で、僕は男にしては背が低い――見下ろされるような威圧感がある。
つんと上向く彼女の唇に僕はあわてる。まずい、やっぱり勝手に見に行っちゃまずかったかな。
「いや、ごめん、夏原さんの試合を見てみたくて」
素直に告白すると、彼女は毒気を抜かれたように怒らせた肩を落とした。
「試合が始まる直前にあんたがいるのに気づいたのよ。びっくりするからやめてよ。太刀筋がにぶる」
にぶった人の試合にはとても見えなかったけど。準優勝してたし。でも邪魔になったなら申し訳ない。
「ごめん。でもさ、僕がいたのは二階の観客席のすみだよ。まさか君に気づかれるなんて思わないよ」
「私は目がいいの」
とんとんと彼女は自分のこめかみを叩く。
「とにかく、これから来るときは事前に言いなさいよ。こそこそされるとイライラする」
「え? これからも観に行っていいの?」
彼女は眉を寄せた。
「だって私たち友だちなんでしょ? 応援に来たって問題ないわよ」
「え、もしかしてストーカーから昇格?」
肩をすくめた彼女は呆れ顔だ。
「何言ってんのよ。最初にあんたが“友だちになってください”って私に言ったんでしょ? もう忘れたの?」
確かに言った。忘れてなんかない。
でも、いつだって僕が一方的に君に夢中だったから。
彼女は僕に背を向け掃除を始めてしまった。
竹ぼうきがリズミカルに揺れて、歩道の落ち葉を集めていく。
掃き清めても掃き清めても、色づいた葉は際限なく風に乗ってふりしきる。
はら、はらり。
赤、朱、紅、黄、茶、橙。あたたかな色彩が僕たちのあしもとに満ちて、やわらかい絨毯を織り上げていく。
「部活なんてやってない山丘くんには分からないかもしれないけど、応援されるのってけっこう嬉しいものよ。わざわざ足を運んでくれるとなおさらね」
そう彼女は言った。背を向けたまま、ぽつんと言葉をこぼすように。そして、小さく言い添える。
「誰かが応援に来てくれるなんて、初めてだったのよ」