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山丘家に来てから、僕はいつも義理の妹である杏奈に助けられている。
「あんた、なに最近浮かれてんの? ちょっと学校の成績がよくてお父さんたちに褒められたからって調子にのらないでよ」
彼女はぴしゃりと冷水を浴びせて、僕を戒めてくれるから。
中間テストの結果を見せたら、おじさんたちはずいぶん喜んでくれて、わざわざケーキを用意してくれた。今日はお祝いだって笑いながら。
ケーキに紅茶の添えられたあたたかい時間を終えリビングを出ると、さっきまでニコニコとミルクレープを頬張っていた杏奈が僕に近づいてきた。
「あんた、自分が死に損ないの拾われ子だって、忘れてないでしょうね?」
最近の彼女は、両親の前では僕に当たらない。
リビングでは当たり障りなく接して、言いたいことは二人がいないところで言う。
なんでも思ったことを口にする幼かった少女が、こんなにたくましく賢く成長している。とても頼もしい。
それにしても杏奈は鋭い。
涼乃と出会って、今までわきまえ押さえつけていたものを僕は解き放ってしまったのかもしれない。
楽しいとか、嬉しいとか。わくわくするとか。
そんな身のほど知らずの感情に浮き足立っていたのかも。
「忘れてない。君たちには迷惑かけないよ」
大丈夫だよ、杏奈。
僕は死神にほんの少し命の期限を伸ばしてもらっただけ。死に損ないで、すぐに消える存在。
「そうしてちょうだい。家にいるだけで邪魔なんだから。その心がけ、絶対に忘れないでよ」
廊下で話す僕たちの横を、義兄の賢都がすり抜けていった。
「おい杏奈、先に風呂入るぞ」
高校生になった今でも、彼は相変わらず僕を見ない。見事なほど、僕の存在を無視し続ける。
杏奈は辛辣だけど、話しかけてくれるからいい。僕にとっては賢都の態度の方が胸にこたえた。
不安になるんだ。賢都の視線がいっさい僕を認識しないから。
ねぇ、僕、ちゃんとここに存在してるよね? 幽霊なんかじゃないよね?
✳︎
杏奈にはああ言ったけど。
やっぱり僕は今までの僕ではいられなかった。
今年の夏もいつもと同じ。長い夏休みを、息を潜めて自分の部屋でやり過ごした。そんな普通の夏を、僕は人生で最悪の夏休みだって思っちゃったんだ。
だって、夏原さんに会えないから。
不思議だよね。去年までの夏だってずっとずっと僕には君が欠けていて、それでも苦しいなんて思わなかったのに。
今、僕のいる世界は、去年までと決定的に違っていた。
僕は君のいる世界にたどり着いてしまった。
なんだか呼吸の仕方ですら変わっちゃった気がする。自分のカタチが作り変わった気がする。
僕はきっと、もう二度ともとの世界には戻れない。
春の雪解け水が、二度と故郷の山には戻れないように。陸に上がった生物が、もう二度と海には還れないように。
どんなに戒めて、凪いだ自分のままでいようとしても。
もう絶対に後戻りできないんだ。




