SS・「猫の日」その後のその後
時系列は本編終了後
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王宮にある、第三王子の私室。
侍女達に通されたエイミは扉を背に数歩進んだところで、きょろきょろと控えめに見回しながら所在なく立っている。
「エイミ様。殿下は間もなく戻っていらっしゃいますので、どうぞお掛けになってお待ちくださいませ」
「あ、はい……」
アリッサに勧められたが、エイミは立ったままだ。
正式に婚約者となったエイミは、王城の馬場に来たときには自分のところにも寄ってほしい、とエドワードに言われていた。そうして今日初めて訪れたのだが、タイミング悪くすれ違ってしまったようだ。
主不在の部屋で座って待つのを躊躇うのは前世の感覚かもしれないが、どうしても気後れしてしまう。
――ここがエド様の部屋……。
前世も今世でも、同年代の異性の部屋など初めてだ。
ここは王宮内で、当然アリッサをはじめ部屋付きの侍女達もいるが、身内以外の男性の部屋というだけで、やはり落ち着かない。
歴史がありそうな家具でまとめられた広い室内は、壁に数枚の絵が飾ってある。綺麗な風景画や、史実を題材にした絵画のそれらを眺めながら待つことにした。
一枚一枚、端から順にゆっくりと見ていくうちに、エドワードの机の脇まで来た。事務仕事の公務はまだ多くない、と聞いたが、視察関係の事務書類や魔道具研究のレポート、それにエイミへの手紙などはここで書いているのだろう。
インクとペンが整然と並んで置かれた机上には、二つの額が写真立てのように飾ってあった。
「……ふぁっ!?」
「? エイミ様、どうかなさいました?」
「う、ううん、アリッサ、なんでもっ」
目に入ってしまった額のひとつには、少し垂れ耳のシェパードみたいな犬が描かれていた。特徴からいって、エドワードが幼い頃に飼っていたという犬だろう。
こっちはいい。
並んで置かれたもうひとつが問題だ。
それは猫の絵……エドワードも動物が好きだから、犬の絵と猫の絵を並べて手元に置いても不思議はない。だが、描かれている猫にエイミは既視感がありすぎた。
――っえ、いや、ちょっとちょっとっ!?
赤いリボンを着けた、ぽっちゃりした黒猫がクッションの上で気持ちよさそうに横になっている。開いた瞼から覗くのは金色の瞳で、まだ眠そうに前足でこすっている様子がとても愛らしい。
その黒猫に寄り添いながら、覗き込むようにしてすらりと立つのは金茶色の毛並みが綺麗な猫で、首には瞳と同じ銀色のチーフ。
いつかの「猫の日」に、アレクサンダーの実家の公爵家で猫の衣裳を着せられたあの一件がフラッシュバックする。
――お、思い過ごし……だよね……?
だがあの時、たしかエドワードとアレクサンダーも髪と同じ色の猫耳を着けさせられていた。そう、金茶色の……。
描かれているのは全身まるっと猫なのに、もう、エドワードにしか見えない。黒猫のほうは言わずもがな。
「あ、エイミ。来てくれたんだね」
「ぴゃっ!? え、エド様っ」
変な声が漏れそうになる口を両手で押さえたのと同時に部屋の扉が開き、エドワードが戻ってきた。
「ごめんね、急に呼ばれてしまって。座って待ってくれていてよかったのに」
「う、ううん、絵とか見せてもらっていたから、あ、あのっ」
「うん? ……ああ、その絵」
やや挙動不審になりながらエイミが指さす先を見て、エドワードは笑みを深める。
「可愛いよね。アレクのとこの絵師に描いてもらったんだけど」
「あ、アレク様の、」
――ってことは、やっぱりーっ!
気が遠くなりかけるエイミだが、エドワードは実に自然な調子で愛おしそうに絵とエイミに視線を向ける。
「ここにあると書き物も捗るんだ」
「……これ、しまって……」
「だめ」
額に触れそうになった指を握りこまれながら、にっこりと、それはもういい笑顔で却下される。既に赤くなるだけなって涙目のエイミは、あうあうと口を開け閉めするだけだ。
「だ、だって」
「猫だよ?」
「…………にゃあ……」
「っ、え、」
返事の代わりに猫のような声が出てしまったのは、偶然だったのに。
それはずるい、と逆にエドワードが赤くなって目を逸らすから、ますます困るのだった。