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思慕の伏籠  作者: 咲哉
思慕の伏籠
7/7

三ノ刻 混迷

今回は、会話文が多いと思います。

また、解説書でも書きましたが、乙女ゲーについて語る際には、プレイした数の多いノベルタイプであったことを元に書かせて頂きます。偏った知識のまま書いていることを、予めご理解頂けますと幸いです。

 貴女は、終わることを望むのかしら?

 それとも、始まることを願うのかしら?

 ねぇ、お小さい人―――。



『三の刻 混迷』



――声が。

 声が、聞こえる。

 優しく囁くような声が。


「うふふ。ようやくのお目覚めね、わたくしのお小さい人」


 目を覚ました私は、その柔らかな音が聞こえた場所を求めて、視線を彷徨わせた。

「こっちよ、お小さい人」

 私を導く声は、真上から聞こえていた。

 華奢な身体に纏った黒のカフタンの裾をひらめかせながら、ふわりと降りてきた女性。

 波打つように蜂蜜色の長い髪が揺れ、柔らかなカーブを描く頬は、ふっくらとした唇と同じで、薄桃色。

 黒のカフタンは、彼女のその白磁のような肌に映え、胸元を飾る金の豪奢な刺繍は、まるでアクセサリーを身に付けているかのようだった。


 圧倒的な美が突如目の前に現れ、言葉も出なかった。

 それほどに、目の前に現れた女性は、とても美しい人だった。

 それこそ、今まで生きてきた中で一番美しいと、そう思えるほどに。

 けれど、その容姿はどこか人外めいており、美しいと思うのと同時に少し怖いとも感じた。


 そんな私に気付いたのか、目の前の女性はくすりと笑う。

 さらりと彼女の肩口から零れ落ちる、ウェーブがかった金糸の髪。

 見透かされているような気がして、落ち着かない。そわそわし出した自分の身体を宥めるように、そっと自分の腕をさすった。

 

「何を、怖がっているのかしら?私のお小さい人は」

 ゆったりと紡がれた言葉は、どこまでも優しく響いている筈なのに、ひやりと冷たい何かが心の奥底を撫でる。

 思わずびくりと身体を震わせれば、その、――まるで血のような深紅の瞳が私を捉えた。

 女性を目の前にして言葉を失ったときとは違う意味で、言葉が出なくなる。

 ぱくぱくと音にならない声を紡ぐだけ。恐怖で顔を強張らせた私にそっと近づいて来る女性。

 ぎゅうっと目を瞑れば、温かな手が頬を流れ落ちた涙を拭う。その手つきは、優しくて。彼女に対して怖がった自分が、馬鹿みたいだとそう思えてしまうくらいに。

「何も怖がらなくていいのよ。私は貴女に危害を加えるつもりなんてないわ。ただ……」

 そう、一旦言葉を切った彼女は、そっと目を伏せる。


「お小さい人。私は、貴女とお話がしたいの」


 貴女には危害を加えない。けれど、今から話すことはきっと貴女を傷つけると思うわ。

――そう、彼女は言った。このとき彼女の目は伏せられており、どういう表情で言っているのか分からなかったけれど、その声はどことなく愉しそうだった。

 今から私を傷つけるのが楽しみで仕方ないと言わんばかりに。


*  *  *


 「何からお話しましょうか。自己紹介?それともここがどこか、ということかしら。ねぇ、貴女はどちらから聞きたい?」

 手と手を合わせ、無邪気な少女のように私に問いかけてくる女性。

「……どちらでも」

 結局どちらも聞かされるのなら、別に順番なんてどちらでもいいと思う。

 そんなことよりも、どうして私は彼女と話をしなくてはいけないんだろう?

 彼女の存在に圧倒されて、その勢いでこういう流れになってしまったけれど、どうしてこうなったんだろう?

 現状に戸惑う私を差し置いて、女性の美しい声がこの空間に響いた。

「私は、貴女にも分かる言葉で言えば“女神”と呼ばれる存在になるわ。そして、ここは生きとし生けるものたちが、その生を終えたときに必ず通る場所」

 それが意味するところは……と、彼女はこちらを見つめる。

「……それって」

 知りたくもない事実を突き付けられたような気がした。

 けれど、脳がそれを拒絶しようとする。実感がないのだから仕方がない。そんな私を追い詰めるように彼女は、更にその笑みを深め、さらりと、私の頬を撫でる。


「うふふ。ねぇ、お小さい人。貴女は忘れてしまったの?」


 すぅ……と、彼女の存在が消える。ただ一人、私を残して。見渡す限り白一色に塗りつぶされたこの空間に。

 何一つないこの場所で、一人佇んでいた。

「……あの人。忘れてるって……私は、何を忘れているの?」

 それは、この場所の意味に繋がることは分かる。分かるけれど、やっぱり思い出せない。

 私は一体……と、そう思ったときだった。穢れを知らないこの空間に突如として現れた色。

 その色を視界に入れた途端に、ずきりと、疼き出す頭。

「い゛っ……」

 急に痛み出した頭に手を添え、顔を顰める。その視線の先。

「……赤」

 白色の世界に、まるで筆で書き殴ったような、掠れ、伸ばされた赤の跡。

 それは、人から流れる血のように、鮮やかな色をしていた。

「血?」

 と、呟いた瞬間。私の身体からも同じ色のものが、ぽたぽたと重力に逆らうことなく下へと滴り落ちていく。

 その光景がなんだか不思議で、しばらく眺めていた。

 どうして、この血は私から流れているんだろう?

 足下に赤色のそれが広がるのを眺めていると、ずきずきと頭の痛みが襲う。思わず立っていられなくなって、その場にしゃがみ込むと、ノイズが聞こえ出す。

 断片的に出てくる記憶。ノイズに交じって聞こえる誰かの叫び声。


 これは一体、何―――?


*  *  *


 しとしとと降る雨の音。

 引き攣った運転手の顔。

 女の人の悲鳴。

 冷たい地面の感触。


 そして、――血の、匂い。


 強制的に思い出されていく記憶。その波にのまれていく。

「……ぁっ、…ぁ……」

 見開いた目からぽたぽたと涙が流れ落ち、喘ぐように声が漏れる。


 手に持っていた傘が。

 あれは、私の数少ないお気に入りの青色の傘で。

 手から離れ、灰色に澱む空を遮るかのように。

 まるで澄み切った青空を連想させるかのように、私の視界に入る。

 それは、遥か高く舞い飛び、同時に私の身体をある種の浮遊感が襲う。


 何かにぶつかった感触。


――あぁ、私は。


 痛いのに。痛い、筈なのに。


――私は、あのとき。


 その痛みすら、今はもう感じない。


――あの場所で。


 まるで、翼が生えた鳥になったような気分だったのに、引き戻された。冷たい雨が打ちつけるアスファルトに。


――私は。


 みるみる内に体温が奪われていく。


――そう、私は。


 口の端から伝う血が、雨と交じり合い、やがて薄まっていく。


「死んだんだ。私……」

 正しい解答を導き出した子供を相手にするように、いつの間にか現れていた女神が、座り込んだままの私の頭をそっと撫でる。そのときにはもう、赤色のそれが消えていた。私から流れ落ちたものも含めて。元通りの白い世界。

「ご名答。運命の輪から弾かれて貴女は、死んだの」

 鈍い頭の中に入ってきた新しい言葉。のろのろとした動きで彼女の顔を見る。

「……運命の、輪?」

「そう、運命の輪よ。生きるもの全ては、生まれたときからその寿命は決まっているものなの。でも、それを知ることなく生を受けたものたちは、己が寿命を迎えるまで生きることになるわ。でも、その寿命を知るものがいるの。それが、貴女たちが神と崇める私たち。けれど、たまにいるのよ。その決められた寿命を迎えることなく運命の輪から弾かれ、私たちの管理下に置かれない魂の存在が」

 それが、私?

「本来なら、まだ死ぬはずのなかった魂だからこそ、生と死の狭間であるこの空間で私は貴女を迎えに来たの」

「迎えに?」


「ええ、定められた寿命を迎えられなかった魂は、輪廻の輪から外され、来世を迎えることが出来ない。それは、世界の理から外れることを意味するわ。だから、私は貴女の魂を迎え、貴女の存在のまま別のどこかに転生させる義務があるの。そこで貴女は、今の貴女の生を終えることになる。そうなれば、貴女がその生を全うしたときに来世を迎えることが出来るわ。ただし、貴女の寿命は一度リセットさせて貰うことになるの。既に消化してしまった寿命のままだと折角転生しても味気ないでしょう?これは特典よ。運命の輪から外れた全てのものに該当するから安心して。そこで、貴女が与えられた寿命を迎えればそれでいいの。ふふっ。私が何を言っているのか分からないわよね?大丈夫よ。実際に転生すれば嫌でも分かるから」

 それは、大丈夫って言わないんじゃ……と、困惑する私を無視するかのように彼女の言葉は続く。

「転生する世界は、やっぱり貴女が知っている世界がいいわよね。その方が貴女も安心でしょう?でも、貴女が生きた世界は駄目なの。ごめんなさいね?これも決まりなの」

 どこがいいかしらと、一人で話し出す彼女についていけない私は、彼女の中で結論が出るまで待ち続けるしかなかった。

 実際のところ、彼女が言っていることの大半は分からなかった。転生する意味は、なんとなく分かったような気がする。

 でも、私の存在のまま転生させるって、どういうことなんだろう?今の記憶を持ったまま生まれ変わるということ?

 といっても、死ぬ前の記憶は、私が死んだ記憶しか思い出せていない。

それ以外のことは、思い出そうとしても霞がかったように、ぼんやりとしか思い出せなかった。

 なんで?とも思ったけれど、早く思い出さなくちゃ!と焦ることはなかった。いつか思い出す。そんな気がしたから。

 だから、今の私にあるのは、死んだときの記憶と、この場での彼女との新しい記憶だけ。

 分からないことだらけだけど、答えを知っている彼女は、転生すれば分かると言う。

 なら、彼女が言うように転生すれば答えが出るのかもしれない。でも、その疑問すら転生したときに覚えているのだろうか?


「決めたわ!貴女のために私、新しい世界を創ろうと思うの」

 そんな簡単に言っていいことなんだろうか?

「うふふ。呆れた顔をしているわね。とはいえ、最初から創るのは時間がかかってしまうから、貴女がしていた乙女ゲームをベースに創らせて貰うわね、お小さい人」

……乙女ゲームって、何?と聞き返そうとした私だったけれど、まるで能面のように無表情となった女性に、何も言えなくなってしまう。

「対象は、乙女ゲーム。題名は、思慕の花。ギアス歴302年と定める。これは、彼の者が現れる15年前である」

 淡々とした口調で紡ぎ出されていく言葉の羅列。その中身は、知らないことの筈なのに、なんだか知っているような気もする。変な感覚だった。

 心の中がもやもやして落ち着かない。胸元を手で掴めば、着ていた服の皺が寄った。


「うふふ。お待たせしてごめんなさいね、お小さい人」

「え、いえ……」

「そうそう、貴女。私に何か言いたいことがあるんじゃないかしら?」

「え?えっと……」

 何でも聞いていいのよ?と優しく促されたので、さっき聞こうとしたことを口にする。

「ああ、そのことね。そうねぇ……」

 少し悩むそぶりを見せた彼女が、私の額に人差し指をあて、口元を微かに動かす。

「!?」

 微かな熱を感じ、思わず彼女から離れる。そのとき、さっき死ぬ間際の記憶を思い出したときのように断片的なものが頭の中に流れこんできた。

 今回は、酷い頭痛とノイズを起こらなかった。そのことにほっとする。

「それで、思い出したかしら?」

「ええ、まぁ……」

 彼女のおかげで思い出したのは、乙女ゲームというものについての知識と、思慕の花というゲームの微かな記憶。

「貴女は、このゲームを元に創られた世界に転生することになるわ」

 楽しそうに話す彼女。何が、そんなに楽しいんだろうか?

「その世界は、ゲームに似せているけれど、完全なゲームではないの」

 そのことだけは、覚えておいてねと、忠告される。

「ゲームに存在するいくつものBadEndを迎えても、世界の流れは止まらない。そこで終わりを迎えるわけじゃないの。それに、ゲームにはない最悪の結末を迎えることだってあるかもしれないし、決まった筋書なんてあってないようなものだから、全員を愛して、愛されるようなことだってありえるかもしれないわよ?」

「それは、難しいと思う」

 彼女の言葉にすぐさま否定の言葉が自分の口から発せられた。そんな自分を不思議に思いつつも、ついさっき思い出した記憶が彼女の言葉を否定する。

「あら、それはどうしてかしら?」

「だって、……ゲームには、そもそもそんな逆ハー展開なんてないじゃない。ないものを生み出すのは、難しいことだと思うから」

 私の記憶が告げる。乙女ゲーム本編内においては、全ての者から愛される展開なんてなかったと。

 それこそ、ドラマCDやアニメ、漫画や小説といったものでは、あったと思う。

 ゲームフルコンプ絵として、それらしい絵があったかもしれない。けれど、それだけ。本編内で争奪戦になるようなものは、いままでプレイしてきたものにはなかった。

 本来なかったものを新たに生み出すことは難しいと思う。ましてや、故意的に作り出すとなると。

 そうまでして頑張るつもりもないし、彼女が言う最悪の結末というものに足を踏み入れたくもない。

 なら、どうするか。答えは簡単。ゲームと同じように進むのをただ見守るだけ。

 そうして、私はただその世界で生きればいい。わざわざ引っ掻き回すようなことをする必要もない。

 それに、完全なゲームではないけれど、似せていると彼女は言った。なら、その似せているという言葉に賭けたいと思う。

 

 そもそも、女神があんなことを言わなければ、自分という存在にそこまで自意識過剰にならずに済む話だった。

 彼女がああいう言い方をしたということは、彼女の中で私がこの世界で何かしらの影響を与える可能性もあると言っているような気がする。それは困る。なら、やっぱりゲーム本来の道を歩むことを祈るしかない。


――このときの私は、ゲームの世界であることに固執していた。現実を生きるということは、そうではないと知りながらも。

 私は、それに見て見ぬふりをした。

 

 そんな私に、ころころと笑い出す女性。

「うふふ。そう簡単に物事が進むと良いわねぇ、お小さい人?」

 細くなった紅い瞳が私を見つめる。その瞳の奥底は、冷めていた。思わず、びくりと身体が震える。

「私は、確かにゲームを元にしているとは言ったけれど、厳密に言うとゲームとは別物よ?だっておかしいと思わない?ゲームは用意された筋書と、ほんの少しの選択肢で未来が決まってしまうわ。けれど、現実の世界はそう甘くないものでしょう?生きとし生けるものたちは、数多の選択肢の中から、意識するにしろ、しないにしろ、何かしら選びながら生きている。それは、その人自身にとって選択したと、そう自覚する程のものではない、ほんの些細なことだったとしても。そうやって選択し続けるということが、生きているということなんじゃないかしら?」

 彼女は、そう言うと先程までの冷酷な瞳を温かな眼差しに変えると、私の頬を滑るように撫でる。


「本当なら、こういうことをわざわざ言う必要はないのよ?それに、貴女を迎えに来ることは義務ではあったけれど、蔑ろにすることも出来たわ。でも、貴女に会って、お話したいと私がそう選択をしたから、貴女に全てのことをお話しているわ。そして、貴女も今の今まで無意識に選択し続けていたことに気付いてる?私とお話することも。流されながらも現状をそのまま受け入れようとしていることも。貴女が選択して、私も選択し続けることでお話が進んでいることに」

 ねぇ、お小さい人。貴女は気付いていたかしら?と、問う彼女に私は、何も答えられなかった。

 答えられなかったということも、彼女が言う無意識に選択をしたということになるのだろうか。

 そう考えてしまえば、人生の中にどれだけの選択肢が散りばめられているんだろう?想像するのが怖くなった。そんなことを意識してしまえば、途端に生きることが息苦しくなってしまう。

 気分の悪くなった私の頬を、彼女は何度も何度も優しい手つきで撫で上げていく。

 彼女の温もりに少しだけ、気分が良くなったような気がした。気分が悪くなったのは、彼女の言葉を聞いた後だというのに。現金なものだと、苦笑した。


「私ね。ここまで聞かされた貴女がどういう道を進むのか、凄く気になるの」

 だからね、とそこまで聞いたときに、ぐにゃりと視界が歪む。そうして、私の意識が深く沈みこんでいった。


――声が。

 声が、聞こえた。


 女性の、愉快そうな声が。

「私はね、貴女が愛おしくて仕方ないの。だから、貴女がどういう選択をし続けたとしても、それで貴女が堕ちてしまおうとも。逆に幸せを掴んだとしても。私はね、どんな未来でも祝福するわ。ねぇ、私のお小さい人」

9/9 加筆・修正。


・文章中に、能面=無表情という書き方をしましたが、実際には違うみたいですね。

少し調べてみたのですが、能面にも怒りや喜びといった瞬間の表情を捉えたものもあるそうです。

女面も、一見無表情のように見えるようになっているそうですが、傾け方によって見える表情が変化するみたいです。

なら、どうしてこういう能面のくだりを入れたのか。正直なところ、言葉のボキャブラリーが少なすぎたが故です(猛省)


・今回、実際のゲーム本編にはなくて、現実の世界で出来ることで、ぱっと思いついたのが逆ハーでした。(自分がプレイしてきた作品にはなかったというもので、最初に思いついたのがこれでした)

一番分かりやすい例かなーと思いまして。

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