ほつれる
配信者は、仕事の席で女の名前を聞いた。
「先生、彼女も来てましたよ」
「……そうなん?」
「知ってます?」
一拍。
「まあな」
女が何をしているのか。 誰と会ったのか。 誰が女を面白がっていたのか。
配信者は聞いていた。
知らない話だった。
以前なら女の向こうにいる人間の何人かは、自分が知っていた。
女が知らない名前を出すこともできた。
女が何かを尋ねれば、答えられることもあった。
今は女の話を、他人から聞いている。
「へえ。頑張っとるんやな」
自然に言えたと思う。
実際。そう思っている。
女が自分の世界を広げることは、悪いことではない。
むしろ。
最初から、そういう女だった。
欲しいものがあれば動く。
必要なら会う。
違うと思えば離れる。
――せやけど。
胸の奥に、何かが引っかかった。
何だ?考えてやめた。
女のことだ、自分が知らなくても何もおかしくない。
ただ以前より少しだけ。
遠い。
*
それから。
配信者は、また女の名前を聞いた。
今度は別の人間からだった。
その次も。
違う場所で。
「先生、あの人知ってます?」
知っている。そう答える。
間違いではない。
顔も知っている。
話したこともある。
連絡先もある。
それなのに。
相手の口から出てくる女の話の方が、自分の知っている女より新しい。
配信者は気づいた。
女の名前を聞く回数は増えている。
なのに女自身から聞くことは減っている。
端末を開いた。
女とのやり取りを見る。
途切れてはいない。
連絡すれば返事は来る。
必要があれば女からも来る。
何も切れていない。
それなのに、、、細い。
昔。
女は、自分を通して誰かへ辿り着こうとしていた。
自分の知っている人間。
自分の古い縁。
自分のいる場所。
今は自分を通らなくても。
女はそこへ行ける。
いや、もっと遠くまで行っている。
――まあ、ええやん。
女が自分で作ったものだ。
喜ぶべきことだ。
なのに少しだけ、、、寂しい。
その感情を認めた瞬間。
配信者は苦笑した。
「何やねん、それ」
恋ではない。
女を自分のものにしたいわけでもない。
誰かと会うなとも思わない。
ただ自分が知っていたはずの女を、知らない人間たちが知り始めている。
そして自分だけが、女の新しい場所を知らない。
*
夜。
配信者は画面の前に座った。
音を確認する。
開始のボタンを押す。
いつもの声で話す。
コメントが流れる。
笑う。
拾う。
返す。
何も変わらない。
配信者は配信者だった。
配信が終わる。
画面が暗くなる。
配信者は椅子にもたれた。
端末を取る。
女とのやり取りを開く。
最後の会話を見る。
特別なものはない。
必要なことを話して。
終わっている。
指を置く。
何か送ろうとして。
やめた。
何を聞く?
最近どうしている?
誰と会っている?
何をしている?
聞けばいい。
けれど。
それを聞いてどうする。
配信者は端末を伏せた。
女との糸は切れていない。
けれど、、、、、もう。
自分が引かなければ動かない糸でもない。
女は。
自分の知らないところで。
自分の知らない人間と会い。
自分の知らない場所へ行く。
配信者は、暗くなった画面を見た。
そこに映っているのは。
一人の男だった。
かつて。
女にとって。
その先へ続く糸の一つだった男。
今はただの、、、、一人の配信者だった。




