オタク少女は ①
詩織と吹雪との関係は、先日の商業施設での出来事が広まったことで有耶無耶に――。
なってくれたら嬉しかった。
午前中こそあの件に関する話ばかりされたが、午後には吹雪との関係を尋ねる声がクラスメイトから上がり、詩織があっさり喋ったことで今度はその話で持ち切りになった。
それは翌日になっても収まることはなく、教室で大河と智彦に色々と言われている。
「ったく、知らない間に両手に花とか羨ましいぞ。この色男」
「どこのエロ同人だ、テメェ」
「いつの間にかそうなっていただけで、意図的にそうしたわけじゃない。あと大河、エロ同人みたいな展開にはなってないから」
少なくとも不順異性交遊はしてない。
「いいじゃねぇか、どうせそうなるんだろ」
否定できないのが悔しい。
俺だって男だ、そういう展開を想像したのは一度や二度じゃない。
無論、言えるわけがないが。
「つうか今の話、虎沢さんの家族は了承しているそうだが、狼谷って子の親は知っているのか?」
「それがな……」
俺も今の関係について吹雪の家族にどう説明するか、吹雪に相談したことがある。
そうしたら吹雪は既に家族へ話していたそうだ。
両親はオタク趣味に理解を持っており、それどころか現在でも細々とオタク活動を続けているそうで、空想が現実に起きたと喜んで娘に起きた出来事を快く受け入れたとのこと。
「マジか、それ」
「本当だ」
しかも俺達との間で起きたことを、嬉々として聞かれるらしい。
先日の商業施設での件も、「トラブル展開キターッ!」と叫んだとか。
「双方の両親公認なら、もう大丈夫だな」
「くそー、なんで悠希ばっかり! 俺も彼女の五、六人欲しいぜ!」
なんで五、六人も欲しいんだ大河。
相手が二人もいる俺が思うのもなんだが、一人でいいだろう。
しかも教室でそんなことを言うから、女子達から冷たい眼差しが集まっているぞ。
もしも藤井達と席を外している詩織がこの場にいたら、周り以上に冷たい虚無の目を向けていただろうな。
「ひょっとすると、もう一人か二人増えたりして」
「なんだとっ!? おい悠希、まだ他にも誰かいるのか!?」
他人事のように適当なことを言う智彦はともかく、既にいるような反応をするな大河。
そのせいで周りにいるクラスメイトに誤解が広がりそうだぞ。
ここはしっかり否定しないと、余計な噂が広がりかねない。
「いるわけないだろう。根も葉もないこと言うなって」
「いーや、分かんねぇぞ。狼谷だっけ? そいつに意識されていたのに気づかなかったんだ、他の奴からの好意に気づいていない可能性はあるぜ」
どうしてお前は、そういうことには鋭いんだ。
しかも吹雪という前例があるから、否定しにくい、
「どうだ、心当たりがあるならキリキリ吐きやがれ」
「あのなぁ。俺が気づいていないなら、心当たりなんてあるはずが無いだろう」
大河へ反論したら「言われてみれば!」、と驚いた表情を見せる。
「むしろそういうのは、ずっと同じ学校で同じクラスだった大河の方が知っているだろ。悠希に関する噂とか、そういうのは無かったのか?」
「特に聞いたことは……いや、それっぽいのが一人いた!」
えっ、いたの?
「覚えているか悠希、同じ中学の龍宮葉月って地味な眼鏡女子」
「ああ、覚えているぞ」
大河と同様に中学の三年間でずっと同じクラスだった、ショートカットに切りそろえた髪に眼鏡を掛けた、地味な雰囲気の女子だ。
多少話す間柄で友人と言えば友人がが、特別深い仲ではない、というぐらいの関係だったな。
向こうも俺と話すときは淡々としていたし、それっぽい雰囲気は微塵も無かったぞ。
「あいつが何かあったか?」
「悠希は気づいていなかったのか。あいつたまにお前のこと、ジッと見ていたんだぜ」
「そうなのか?」
全く気付かなかった。
と言っても、四六時中見ていたわけではないそうだ。
何日かジッと見つめていたかと思えば、ある日突然見つめるのをやめる。
そんなことを繰り返していたらしい。
「なんだそれ」
「俺が知るかよ。そんなだから一種の奇行みたいに言われて、俺のことを狙っているって話にはならなかったんだよ」
常に見つめているのならともかく、見つめるのは数日でそれ以降は見つめていないを繰り返すんじゃ、俺へ恋愛感情を抱いているとは言い難いか。
全く興味が無い訳ではなさそうだが、判断に困る話だ。
「そこらへんを確認したことはないのか?」
「当時同じクラスだった女子なら聞いているかもしれないが、俺は知らない」
情報共有しておいてくれよ、親友。
というか見つめられていたことを教えてくれ。
気づかなかった俺が言えたことじゃないから、口にはしないけどさ。
あれ? でもそういえば……。
「龍宮もこの学校に入学していなかったか?」
受験して受かったのは他にもいたが、合格した別の学校へ行ったから、あの中学からここへ入学したのは俺と大河と龍宮の三人だけだったはず。
俺の記憶違いでなければな。
「あれ? そうだっけ」
「だとしたら、今は見られている期間だったりして」
面白半分といった様子で笑みを浮かべる智彦だが、口にした内容につい教室の出入口を見てしまう。
うん、いないな。
大河も同じく教室の出入口を見て、誰もいないと分かると顔を見合わせて頷きあう。
「気になるから調べてみるか」
「ああ。このクラスにはいないから、本当にいるとしたら別クラスだな」
といっても探すのは一苦労だし、ここは妙な組織を作っている藤井にでも聞いてみるか。
何気に情報網が広そうだから、闇雲に探すより確実に分かるだろう。
「ねえ兎沢君、ちょっといいかしら?」
その藤井の声がして振り向くと、噂をすればなんとやら、鋭い目つきをした藤井に後ろ襟を掴まれた龍宮が気まずそうな表情をしてそこにいた。
しかもその龍宮に、詩織が不審の眼差しを向けている。
なんだその状況。
「本当にいたよ、龍宮」
「あっ、その子がたまに悠希を見つめていたっていう龍宮って子か」
軽く驚く大河と関心を示す智彦。
その二人の反応に、詩織と藤井がジロッって擬音が出ていそうな感じで龍宮を見る。
教室内にいるクラスメイトも、今度は何事だとこっちを見ている。
「詩織、藤井。なんで龍宮を捕まえているんだ?」
「この子が身を隠しながら、教室の出入口から中をジッと見ていたの」
廊下から身を隠しながら教室の中を見る龍宮の姿が浮かぶ。
まさかさっき俺と大河が見た時にいなかったのは、詩織と藤井に声を掛けられていたからか?
「あまりにも不審で誰も声を掛けなかったから、私が声を掛けたの。そうしたら、兎沢君を見ているだけって言ったからとっ捕まえたの」
とっ捕まえたのって、そんな片手間みたいに……。
「さー、白状してもらうよー。なんで私と吹雪ちゃんのゆーき君を見ていたのー」
少し不機嫌な詩織が頬を膨らませて尋ねるが、喋り方のせいか緊張感に欠ける。
「……違うんです」
両手で顔を覆って隠す龍宮が、震える声で呟く。
現行犯で捕まって、自分で口を滑らせて置いて、何が違うというのか。
「私はただ、兎沢君を観察していただけです」
「観察?」
「はい。私の作品の参考にするため……」
作品の参考ってどういうことだ。
「そういえば中学の時、龍宮が同人活動の真似事をしているって聞いた気がするぞ。それのことか?」
大河の指摘に顔を隠したまま一瞬ビクッてなった龍宮が、しばしの間を置いてコクリと頷く。
言われてみれば、俺もそんな話を聞いたことがあるような気がしてきた。
「だけど決して収益とかは求めていないし、世にも出していない、極めて個人的に楽しむだけのもので、そもそも作品といってもお金を取るどころかどこかのサイトにアップして大衆へ見せる価値もない、本当に拙くて見せるのも恥ずかしいものであって――」
早口で長々と述べられるこれは、説明なのか言い訳なのか。
時折自身を卑下するような言い方をするのは、自信が無いのかそれとも本当に拙いのか。
いくつもの疑問が浮かぶ言い分を聞いているうちに、休み時間の終了が迫り、別クラスの龍宮は一旦解放された。
「続きは昼休みに聞くから、逃げないでね」
「は、はひぃっ!?」
脅すな藤井。
それと、「逃げようとしても団員の目があるから逃げられないわよ」って囁くな、怖いから。
あと詩織も、休み時間が終わる前にクンスハしておかないとって言って、普段より激しく匂いを嗅ぐな。
周りの皆は早くも慣れたようで気にしていないが、当事者の俺は気苦労が溜まるばかりだ。
そうして迎えた昼休み、場所は教室、そして俺と詩織と藤井の前には、ここへ来るか迷って藤井の言っていた団員に連れて来られたオドオド状態の龍宮、周囲には面白半分で見物している大河や智彦といったクラスメイト。
なんかクラス全体で龍宮一人へ圧を掛けているみたいだけど、クラスメイトは距離を取って遠巻きにみているだけだから、そういう風には見えずに済んでいる。
「さて、話の続きをしましょうか」
面接官のような雰囲気を出す藤井に、龍宮は消えそうなほど小さい声で「はい……」と返事をした。
当事者として俺と詩織もいるが、詩織は俺に密着してクンスハしてだらとら笑顔を浮かべているだけ。
一応そこにいるんだから、いざという時はしっかりしてくれよ、詩織。
「あなたがどうして兎沢君を見ていたのかは、先刻の話で分かったわ。だから単刀直入かつ率直に聞くけど、どうしてあなたはモデルに兎沢君を選んだの?」
俺もそこが知りたい。
何故俺を選んだのか次第では、龍宮としっかり話し合わなくちゃならない。
場合によっては説教や文句を言うが、もしも好意的な意味でだったら反応に困りそうだ。
いや待て、もしもそうなったら詩織の方が反応して、吹雪と同じような展開がこの教室で行われてしまう。
頼む、推しのキャラに似ているからとか、そんな理由であってくれ。
「……愛読している漫画に出る、推しのキャラに似ているからです」
よっしゃっ、これで詩織による三人目の勧誘は避けられた。
しかし願ったことがそのまま叶うなんて、今日はツイているぜ。
はぁ、良かった。
「最初は」
……うん?
「最初は推しキャラが現実にいるような感覚で兎沢君を観察して、あのキャラが動いているように脳内変換して、それを拙いながらも絵や小説にして楽しんで、新しいのを作りたくなったら再度観察していたんです。だけど兎沢君の観察を何度も繰り返すうちに、段々と彼を観察するのが楽しみになっていって」
なんだかこの流れに対して、少し嫌な予感がする。
落ち着け、まだ決定的な言葉は出ていない。
まだなんとかなる可能性は残っている。
「気づけば推しのキャラに似ているから、ではなくて兎沢君自身を観察していると自覚したんです。そうしたら、少し前から絵は兎沢君そのものになって小説も兎沢君の言動を基にしていると分かって」
冷静にな、冷静にな俺。
まだ大丈夫、大丈夫だぞ。
野次馬している周りの連中、何かを期する眼差しを向けないでくれ。
「もろもろの情報から自分の気持ちを考察した結果、兎沢君へ恋心を抱いていることに気づきました」
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
必死に逸らしていた目を、現実へ向けさせられたよ!
なんで、どうして、何故にそうなる。
野次馬達の悲鳴や雄叫びに反応も出来ず、現実を受け取るので精一杯だ。
匂いを嗅いでいた詩織は、「むっ」って言いながらだらとろ笑顔を引き締め、龍宮を見る。
「ですがこんな私が彼の隣にいていいものか悩みに悩み、何もできないのに同じ高校へ進学までしてしまい、ほんの少しの勇気を出せない間に虎沢さんが兎沢君の隣に並んだの知って、諦めようとしたら複数人とのお付き合い可という噂を聞いて、新作のため現在の兎沢君の様子を確認がてら見に来たら捕まって、現在に至ります」
説明が続いている最中も周囲から好奇の眼差しが集まり、詩織はクンスハしながらも真剣な表情で頷きながら反応し、藤井は腕を組んで黙って聞き続けた。
もしも龍宮の言う、ほんの少しの勇気を出していたら、現状は変わっていただろうか。
いや、今と変わらないか泥沼化している光景しか浮かばない。
「なるほど、よく分かったわ。詩織から言いたいことはある?」
「ゆーきくんを、私と共有してもいいくらい好きですかー?」
いや、最初に聞くのがそれが。
詩織にとっては大事なことなんだろうが、聞かれた龍宮の方は――。
「はい、好きです」
躊躇せずに言ったよ。しかも肯定だし。
野次馬、うるさいから静かにしろ。
「噂を聞いてワンチャンあると思って、様子見に来たんです。本当にチャンスがあるなら、もう逃しません。それに」
それに、なんだ?
「リアルハーレム展開の渦中へ飛び込めるチャンスなんですよ! 一人のオタクとして、飛び込まない選択肢はありません!」
「あははー、面白い子だねー。いいよー、許可してしんぜよー」
「ありがとうございます」
なあ、なんなのさこの急展開。
周りも歓声だか悲鳴だか雄叫びだかでうるさいし。
……俺、もう家に帰りたい。




