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第二話『魔法使いと平和』  作者: 由条仁史
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第7章 戦線の主人公

無事任務を終えた平等鞠。生きて帰ってきた鞠を迎える彼女の周りの人々。そして浮かび上がってくる謎と一人の少女――

 第7章 戦線の主人公



 『DghT』との戦闘があった翌日の朝早く、一台のトラックが砂衣の住むマンションに停まった。電話でもあった通り、『魔法行』の車である。

「お疲れ様だ……鞠」

 と、トラックの運転手は言った。




 魔法使い同士の戦い。

 魔法という大いなる力を使えるようになると、人は稀に暴走する……思想であったり、魔法現象であったり。

 それを鎮める者もいる。魔法を使うことが出来、なおその正義の心をとどめておくことのできる魔法使い。彼らは戦う……戦う運命にある。

 その運命に足を自らの意思で踏み入れるものもいれば、足を引き摺り込まれるものもいる。

 そのような魔法使いは大抵何処か歪んでいる。それを個性と呼ぶのには無理がある。個性を超えた、何か特異性。変態性と言ってもいいかもしれない。

 彼らは戦う。

 戦うということは、単に暴力を振るうことではない。

 死ぬ覚悟と、殺す覚悟が必要なのだ――人が死ぬ戦い。他人の命を奪い、自分の命を捧げる。その覚悟が彼らにはある……。

 だからといって、何も殺す必要はないという考え方もある。戦う魔法使いが全員、快楽殺人者というわけではなく、むしろ大半は殺人というものをしたくない。

 純粋に――嫌なのだ。

 人が死ぬということは、決して軽いことではない。人はいつか死んでしまうが、それでも死に急ぐ必要はないし、殺す必要もない。

 人の死は――重い。

 命は――重い。

 人を殺した者は、その罪の十字架を背負い――磔にされ、窒息死する。その運命を背負うのだ。

 いくら正義の衣を身に纏っていても、人を殺したらそこで終わりだ。罪の鎖は――正義だろうが締め上げる。

 しかし今回、鞠は誰一人として殺しはしなかった。無血の勝利――である。魔法の新しい可能性を産んだにもかかわらず、その代償はほとんどなかった。

 強いて言うとするならば、彼らの目的の未達成と、電車賃とガソリンくらいか。




「轆轤さんっ!」

 運転手の顔を見て、鞠は運転席側の窓に飛びついた。

 轆轤と呼ばれた運転手は無表情を貫いている。冷たいという意味ではなく、どちらかというと頼り甲斐のある無表情であった。

「どうしてトラックの運転手やってるの? 『魔法行』の――」

「頼まれたんだよ、濾過にな」

「濾過さん――」

 昨日電話でトラックの手配をすると言っていた、鞠の尊敬する人。敬愛する人――平等濾過。

「あと、濾過からこれを預かってる」

「?」

「ほらよ」

 ドア裏のポケットから渡されたものは――ポッキーだった。

「『ごめんね』だってさ」

 ヘアピンの電話に気づいてもらうために、ポッキーの中身を取り除いてしまったお詫び――ということだろうか。『RRQ』との戦いではこのヘアピンがなければ勝てなかったというのに。

 あの人なりの謝罪方法なのだろう。食べたかったのも事実ではあるし。

「というか、濾過さんほっぽり出してていいのぉ? 轆轤さぁーん。濾過さんは轆轤さんがいないと生きていけないーって言ってたよ?」

「だったら今夜にでも同じベッドで寝てやるよ」

「それ、白昼堂々と子供に言うことじゃないって!」

 ……轆轤は男子ではあるが、言わせてもらう。彼は貞操意識が著しく低い。大抵こういう場合は自棄になっていることが多いのだが、轆轤は違う。

 むしろその対極とも言える。彼が自棄になることなんてあるのだろうか。楽しむことはあっても、悲しむことはない、そんな彼が――

 それとももしくは、彼は昔、とんでもないほど深い悲しみを背負ったのかもしれない。だからどんな悲しみもそれとは見なさない――

 なんて、考えすぎか。要するに度胸のあるナルシストだ。一般的にはまともに評価されない。そんな男だ。

「しっかし、魔法使い四人をまとめて倒すとは、やるな。鞠」

「そんなことはないって――」

 内心、褒められて喜び、どきどきしている自分に気づく。

「今回は、本当に運が良かっただけ。シチュエーションに恵まれただけ――実力じゃあないよ」

「運も実力のうち――だな。今回の場合は。厳密には運じゃないからな。鞠、お前の発想なんだ――誇れ。濾過だって、こういうことができるとは知らなかった」

 厳密には、『DghT』の発想なのだが……ともかく、達成したのが鞠である以上、そういう意味では鞠の手柄である。

 ただ――鞠の今回の戦闘で、評価された部分はあくまでも物質製造であり、『魔法行』からの脱走者を殲滅したことではない。鞠が命を張ってその発想を得たのだ――と言えるのならばこの戦闘に意味はあるのだが、残念ながらそれでもない。鞠が命を張って戦ったことは、あまり意味がなかった。

 なぜなら、それは戦わなくても手にはいる技術だったからだ。

 より正確な言い方をするのならば――『DghT』と戦闘で出会う必要がなかった、話し合いで発想を得たのだから、戦闘はまるっきり関係がないのだ。

 ただ。まあ。

「よく、生きて戻ってこれたな」

「……うん」

 鞠が戦ってきた四人――全員、持っているのだ。殺すための魔法を。死なないで済んだ――死なないで帰還するということが、どれほど幸運だったか。彼女を待つ人物が、どれだけその事実に安心したか。

 戦線に立つ人間というのは、たくさんの思いを背負っているのだ――力と、共に。




 トラックの荷台の中。空調や照明といったものはなく、鉄の箱。そこに、四人の人間がいた。

 『HRB』、『RRQ』、『14C』、『DghT』の四人である。

 彼らはこのトラック内で、何を考えているのだろうか。

 『魔法行』に帰るとはいっても、彼らの場合嬉しいものではない。当たり前だ。これから拷問を超えた死刑を受けに行くのだからそんな気持ちになれるはずがない。

 忘れてはならないのだ。

 魔法行は厳格な秘密結社だということを。

「…………」

 無言になるのも無理はないだろう。彼らの命は、どうせ明日にはなくなってしまう。それまでの待機時間だ。面接試験の待機時間よりもピリピリしていてーーそして彼らの目には生気がなかった。

「魔法……」

 『DghT』はつぶやいた。今まで自分を支えて、あるいは狂わせていったその力の名称を。彼女は、この四人の中では一番、魔法の依存度が高かったのだ。

「もし、魔法なんてものがなかったら、どうだったんだろうね」

 魔法のある世界。とても便利な世界であるが、さてその便利さが失われてしまったらどうなるのだろうか。現実世界でいうならば、電子がもしも存在しなかったらというようなものだ。その世界では、原子は火水気土の四つであり、世の中のものは本当にこれだけで構成されているのかもしれない。

「そしたら魔法行なんてものもなくて、普通に生活して……学校にも行って、友達も出来た……のかな」

 ――健気な空想ではあるが、見方を変えればこれは現実逃避だ。これから起こる嫌なことから逃げるために、この世界とはまるっきり違う、別の世界、別の未来について考えているのだ。

「友達……ねぇ」

 『RRQ』はそうつぶやいた。

「確かに、魔法なんてなければ、僕が虐げられることもなかったんだよな……どうして魔法なんてあるんだろうね」

「魔法を否定しているのか? 『RRQ』」

 『HRB』が、少し語気を強めてそういった。

「……したくもなるってもんですよ」

「魔法を――絶対に否定しちゃ、だめよ」

 『14C』は――そう言った。

 『14C』が、そう言った。

「私たちのこの作戦は失敗したけど、それでも、全部が失敗だったわけじゃないでしょ? だって――あの子に、私たちの目的を伝えることができたんだもの」

 ――『RRQ』は鞠と対峙したとき、彼らの目的を話した。話せただけでも、それは十分ではないだろうか。もちろん、普通に考えればそんな目的なんて仕事を邪魔するような思想は忘れられるものである。しかし、この場合は少し違うのだ。なぜなら――

「あの子は、まだ子供だから――ね。私たちの目的をいずれ、叶えてくれるかもしれないわよ」

「……敵に、任せるのか」

「それしかできないでしょ? 今この状況でできることは――これからの世界を祈ること」

「……何も言わない主義だったお前が、そんなことを言うのは珍しいな」

「こんな……こんな結果になって、主義だの思想だの、もう必要ないわ」

「…………」

 そう――今この状態でどれだけこの四人が想像をめぐらしたところで意味はない。何度も言うように、彼らは死ぬからだ。そう、だから――

「鞠……ちゃん……か」

 ――『DghT』が涙を瞳に溜めながらそういったとしても、意味はないのだ。

「……もうやめましょ。こんな話――でも、そうね。楽しかったわ。この作戦は」

「楽しかった――確かに、そうですね……今までで一番、楽しかった……!」

 ――過去にあった楽しいことに逃げ込む。現実逃避のハイエンドだ。

 未来に目を向けないという意味では、空想となんら違いはないのだ――ただそれが、より現実に近い現実逃避だというだけで。そんな陰鬱な空気が、トラックの荷箱に漂い――


「いやいやいや、本当に、死ぬとでも思ってるの?」


 ――と、突然現れた彼女には、四人の誰も反応することはできなかった。

 真っ赤なローブに、真っ赤な髪だが強い感じではなく、柔らかい髪質。こんな状況にまるで不釣合いなほどにとろんとした桃色の瞳。肉付きは良いが全体的にはすらっとしている――少女。そんな少女が、トラックの荷箱の中央に煌々と炎を灯しているランプと共に現れた。どこから入ってきた? いつ入ってきた? ずっとここにいた気もするし、むしろこの場所にはやはりそんな人物はいないような気もする――!

「まあ。こんな状況のあなたたちに言っても分からないでしょうけれど――あなたたちがしてきたことは、本当の意味で無駄じゃなかったんだよ」

 やわらかい口調――平等濾過に似ているか?――で四人に言って聞かせている。いや、独り言を言っているのか? いやいや、問題はそんなことではなく――

「いままでありがとうなことには変わらないけど、それでも死ぬ必要はまったくない。だって、こういう結果になること、それ自体が、運命――」




「鞠ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 平等濾過が平等鞠を見てはじめに発した言葉は、抱きつくための両手と共に出されたそれだった。

 ダムの水門が開いたときの水のような勢いで鞠に飛びつき、鞠が床に仰向けに倒れたところでその抱きつきは止まらなかった。

「無事でよかった! 無事で! おかえりぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! ああもうかわいいかわいいかわいいー! もっとすりすりさせてー! もう! 心配したんだから! 罰としてメイド服ね! メイド服を着て一日中私にご奉仕すること!」

「ぐぐぐぇぇ……濾過さん、濾過さん。そろ、そろ、死ぬ。肺が、肺がァー!」

 涙目なのはどちらも変わらないが、濾過の場合は嬉し涙、鞠の場合は苦し涙だった。

 この喜びようはまるで普通ではない。それほどまでに濾過は鞠のことを愛している。この数日分の空白を埋めるにしては愛情を注ぎすぎな感じはするが……。

 ちなみにここはマンションの一室――というには部屋には入っていなく玄関での出来事ではあるのだが、むしろ濾過が押し倒した場所は廊下と呼ぶべきところだ。もちろんコンクリートの床である。

 コンクリートの上でいちゃいちゃしている少女と幼女。

 なんだこの図は。

 ――と、その図を横で見ている轆轤は思った。

 平等轆轤。今朝トラックで鞠を運んだ人間だ。

 魔法使いではない。

「おい、そのくらいにしておけ。冗談じゃなくて普通に死ぬぞ」

「……うーん。わかった」

 素直に鞠から離れる濾過。気絶している鞠。

 ……気絶するほど締め付けていたのか。濾過の腕力も捨てたものではない。というのも彼女が『魔法行』からの逃亡を行う際にある程度の武術は体得していたらしい。これは轆轤が濾過から聞いた話なので、確実性というものはないのだけれど。

「ほれ、起きろ、鞠」

 やさしく包み込むような言葉と共に、轆轤は鞠を抱え上げる。真っ青な顔で目が半開きな鞠は、魂が抜けたように軽かった。

「うー……」

 と、鞠は唸りながら、轆轤に背負われ、轆轤の家に入った。

 轆轤の家――いまやほとんど、鞠の家である。

 平等鞠、任務終了。

 無事生還。


 鞠はこうして、無事に『魔法行』へ帰還することができた。ほとんど傷らしい傷を負わずにこの任務を終えたのだ。それ自体がとても評価されることである――なにせ、『魔法行』からの脱走者を、全員回収できたのである。この報酬は『魔法行』の本部からも出るだろう。鞠の懐も暖まるというものである……それにあまり意味はないだろうけれど。

 しかし鞠の戦果はこれにとどまらず、なんと『魔法行』では初の『物質製造者』となれたのだ。そのことは『魔法行』でも前例がなく、つまりは第一人者として名を挙げたのだ。

 現実の物理学界では多大なコストがかかる、いわば核分裂と核融合という操作を軽く、思想だけで成し遂げてしまったのだ。魔法界ではもちろんだが、現実世界でも相当凄いことではある。

 ただし、この技術だって、悪用されてしまったら戦争どころの騒ぎではない。だからこそ『魔法行』では鞠のその技術を隠さなければならない。

 いや――技術ではなく、能力といったほうが良いかもしれない。もとより、物質製造などというものはできないものなのだ。原理があり、方法が確立されていたとしても、人間には不可能なのだ。人間の処理能力が追いつかない、記憶容量が足りない、そのような障害が立ちはだかる。シュレディンガー方程式だの複雑な計算を、どうやって一度に、並行することができるだろうか。

 しかし鞠はそれが可能だった。これは何を表しているのだろうか。

 また、鞠のその白髪、魔法石、捨て子ということは、一体どういうことなのか。どうして鞠はそこまで不思議な存在であるのか。

 そして――


 トラックに現れた赤い少女は、一体何者なのか。


 『魔法行』をめぐる不可思議な魔法戦線――前半戦、終了。



                   第7章・終

                   第二話・完

 あとがき


 普通主人公といえば読者に共感させるために十代半ば以上の人物を据えるのですが、この話の主人公というか語り手は平等鞠という10歳の女の子です。それはなぜかというと単純に筆者であるこの由条仁史がそのような女の子が好きなのです。ということでロリについて語ります。幼女の何がいいかってことなんですが、やっぱり成長性というものは重要だと思います。未来があるということは希望があるということです。つまりロリっ子には希望が満ち溢れているのです。そう考えると、少し悲しくなってきますよね。こんな汚れた趣味を持って、きんモザやのんのんびよりを楽しんで見ている自分を、客観的に見つめてみると……ううっ。いいもん、大学生活に希望はあるもん。そういう感じで自分を励ましながら童女たちを書いていきました。想像するだけで楽しいですよね。『DghT』ちゃんは少しばかり病み系ですけど、未来があるから希望がありますね。だって、第四話に登場しますもん。乞うご期待。

 さて今回は第一話とはうって変わって魔法を外側から見ていくという話の進め方をやってみたのですがどうだったでしょうか。ずいぶんとだらだらと書いてしまったのは反省すべきことですね。しかしその分、第一話よりは内容は濃くなったように感じます。第三話はスピード重視で行こうと思います。

 理系な僕が小説のような文章を書くにあたって、文章のクオリティの上げ方というのはまだ勉強中でその基礎も身についていないのですが、Twitterで宣伝というのをはじめました。botですね。ぜひフォローしてください。そしてよかったら続きを読んでください。感想、批判も待ってます。書いてくれると、うれしいなって。次話は主人公が変わる、多視点で物語を書いて行きたいと思います。では、このあたりで第二話『魔法使いと平和』。読んでくださりありがとうございました。乱文失礼しました。

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