12.アリアの会談④ 疑念と決意
「どういうことだい?」
レイドはアリアに釣られて険しい顔で問う。
「魔女という存在は東の諸国にとって最大の悪の対象なんですよね? 同じ魔法が使えるというだけで同列にするでしょうか? それに隠し方も少し異常に感じます。まるで存在そのものを否定するかのような隠し方……そこまでして隠す必要があるのでしょうか?」
レイドはすでに冷めてるであろう紅茶を一口飲んで、アリアの疑念について考えていた。
「……言われてみれば確かに少し過剰な気もするね」
アリアはここでこの絵を見た時から抱いていた疑念を一気に畳みかけることにした。
「それと他にまだ気になることが」
「なんだい?」
「東の英雄の賢者ホローカスの話はご存じですか?」
「申し訳ない、賢者と呼ばれる英雄がいたということくらいしか知らない」
「そうですか。では私の知るかぎりの範囲で簡潔に説明させていただきます。賢者ホローカスは男でありながら聖なる力を使えました」
「その言い方だと、聖なる力を使えるのは女性だけなんだね?」
アリアは静かに頷いた。
「そして賢者ホローカスが英雄と呼ばれるようになった戦いで倒した化け物は牛鬼と呼ばれる愚魔です」
「牛鬼? それはどんな化け物なんだい?」
レイドは賢者は知っていても牛期は知らないようであった。アリアは目を閉じホローカスの絵に描かれていた牛期の姿を思い出す。
「頭は牛、体は巨大な人間の男の化け物で、強大な肉体……力を持っていたと言われています」
アリアが眼を開けるとレイドもアリア同様目を閉じていたことに気が付いた。レイドはアリアの言葉から牛期の姿を思い描いているのだとわかった。
レイドは目を開けると絵の中の魔女を凝視した。
「アリアが気になっていることがわかったよ。つまりこういうことだね。東では男だけが使えるはずの聖なる気を、女性であるバライカ様が使って聖なる力に似た魔法の力を使う蛇女を倒した」
「そして西では女しか使えないはずの聖なる力を男のホローカスという者が使って、聖なる気を使ったかのような強靭な肉体を持った牛男を倒しました」
レイドは考え込むように天井を見上げていたが、やがて肺の中の空気をすべて吐き出すかのように息を吐くと真っすぐとアリアを見た。
「参ったね。確かにこれはおかしい。気味が悪いほどに真逆で一致している」
奇妙な表現ではあるがレイドの言葉に偽りはなかった。
「レイド王子にそう言っていただき良かったです。私のただ気にしすぎなのかと……」
「これを気にしすぎで片付けるほど僕は能天気ではないよ。しかし、問題はなぜこんなことが起きたか、だね」
「偶然というのは排除して考えていいですよね?」
「そうだね。偶然だったらそれこそ僕らの気にしすぎで片付けられるかね」
「そうですよね。そうなると、この状況は誰かが狙って作り出したものってことになりますよね?」
レイドはコクリと頷いた。
「そうなるよね…………アリア、すまない、この話は一旦ここで終わりにしないか?」
レイドは唐突に話の終わりを提案した。アリアはこの提案に一瞬戸惑ったがすぐに察しがついた。
「勿論構いませんが、理由だけお聞かせいただけませんか?」
レイドは静かに言う。
「僕の頭によぎったのは王家の誇りを侮辱するものだ。この考えをアリアと議論するよりも先にしっかりと調べる時間が欲しいんだ」
その答えだけでアリアはレイドが自分と同じ可能性、すなわち王族が情報操作をして東西の対立を仕組んだ可能性を疑っていると確信した。
「わかりました。私も自分の考えを少し整理する時間が欲しいのでありがたいです」
それはアリアの本心であった。
アリアはこの歴史捜査、そして今回のアリアを国外つ方に追いやった事件で最も気になったのは、知能を持つ愚魔の存在である。もし魔女が、あるいは牛鬼がしのうをもち愚魔の統率を執れる愚魔であるならば、両方の説明がつく。そして、人類にとって最も脅威となる存在である。
しかし、アリアは今はまだその考えを口には出さない。憶測でしかない迂闊な発言は権力者の怒りを買うことを知ってしまったから。
「そう言ってもらえるとこっちもありがたい。じゃあこの話は一旦ここで終わりにしよう。それで今後の話なんだけど」
「今後ですか?」
「そう今後。具体的にはアリアの今後の話さ」
アリアはハッとする。そして思い出す自分が置かれた状況を。自身は国を重大な危機にさらし追放された身であるということを。昨夜、寝床を与えてもらい、こうして飯にありつけたわけだが、状況をしっかりと理解された今同じ扱いになるとは限らない。
「私の……そうですよね、他国で追放されたような人間をこのまま置いておくわけにはいかないですよね。えーっと、どこかこの国の近くの適当な場所で待機しておけばいいですかね?」
アリアの返答にレイドは目を丸くさせ、そして、声を出して笑った。
「どうしてそうなるんだい? アリア、言うならば君は次期国王のフランクから、つまりは未来のフローネ王国から送られてきた和睦の使者だ。フランクが王になり、フローネ王国の政権を握るまで我が国にいてくれて構わない」
アリアはホッとため息を吐く。
「ありがとうございます」
アリアはそう言い頭を下げた。
「それで問題の今後どうするかというのかなんだが、実は僕と部下の間で意見が分かれている」
「分かれてる? その具体的には……?」
レイドは腕を組み渋い顔をした。
「僕としてはアリア、君を大事な客人としてこの城にいてほしい。しかし、部下たちはこれに反対で国のどこかで滞在を認める程度の扱いにしたいらしい」
アリアはポカーンとした。
「あの私としても王子の心遣いはありがたいのですが、
後者の扱いで十分ありがたいです」
レイドは静かに首を横に振る。
「そういうわけにはいかない。君は100年途絶えていた東西の同盟関係を復活させるため、愚魔が溢れるこの島をたったひとりで横断してきた、偉大な和睦の使者なんだ」
大袈裟だなと思いながらもアリアは口を挟まない。
「そんな君を客人としてもてなさず、ただの移民として扱うなんて考えられない。それに、このことを知ったらフランクも怒るだろう」
「そ、そうですかね?」
「そうに決まっている!!」
アリアとは対照的にレイドは力強く言う。
アリアは正直なところお城に住むのは窮屈そうだから街で自立して生活したいという思いがあった。
「で、でも部下の皆さんが反対ならここは引き下がった方が良いのではないでしょうか?」
「……僕も正直なところ致し方ないと思っていた。でも、今こうして君と話して意見が変わった。西の価値観を持つ君の意見は重要だ。それに魔法を使って愚魔と対峙してきた君の経験も。どうにかして君には城内に留まり力添えしてほしいんだ」
アリアはレイドの言葉も尤もだと思った。西と東のずれはフランクが王になる前に可能な限り解消しとくべきである。解消の近道は理解のあるレイドとの対話である。今のような場が今後も必要になる。そうなると、アリアはレイドにすぐに提言できるよう城にいたほうが良い。
「レイド王子の考えはわかりました。そして私もレイド王子の考えに賛成です。問題は部下の方々をどう説得するかですね」
「そこなんだよ。部下たちは君の重要性を理解していない。君が西の聖女であることを話すのも手だが、頭の固いのもいるからね。逆にこじれる可能性が高い」
「……レイド王子は先に手紙を読んでいたのですよね? 部下の皆さんには私のことをなんて説明したのですか?」
「聖女云々の話は伏せ現国王の怒りを買い追放され、フランク王子の手紙を届けに来た和睦の使者だとだけ伝えた」
アリアは複雑そうな顔をする。
「追放されたことは伝えているのですね」
「隠しごとは少しでも少ない方がいいと思ってね」
「確かに、そうですね。それもあって最初はあんな審査されるような目を向けられていたのですね」
「すまない、そういうことだ」
レイドは謝罪したがアリアは当然の処置だと感じた。国外追放されるような人間を信用できるはずがない。そんな人間と王子をふたりっきりにさせるなんて部下が快諾するはずがない。
一方で、現状王都同様の権力を有するレイドが色んな面で部下にお伺いを立てている点はどこかのアホな王とは全然違うと感心した。
「今回は審査を経てなんとか部下たちを納得させこうしてふたりで話せてるのですね」
「そういうことだね、まあ部下たちを納得させたのは偏にアリア、君の人柄だけどね」
性格を褒められることなんてなかったアリアは少し顔を赤らめた。
「そ、それで今度は私を場内に置いてもいいと思えるくらいのなにかを示す必要があるってことですね」
レイドは口をへの字に曲げた。
「そうなるんだけど、これが難しい。単なる西側情勢の情報提供なら数日で済む。今後、半永久的に滞在する理由としては納得しないだろう。さて、どうしたものか」
アリアとレイドはそれっきり黙り込んで各々思案を巡らせた。やがて、アリアはひとつの名案を思い付く。
「レイド王子、つまりは私がフローネ王国からの使者だとか関係なく、フライブルク王国にとって重要な人物になればいいのですよね?」
「それは確かにそうだけど……どうするつもりだい?」
アリアは微かに笑う。
「……東でも聖女になります」




