謎バイト02
『102』の部屋は鉄錆の臭いがした。
入ってすぐの玄関の向こうには畳の部屋がある。
「靴は……脱がなくていいよね?」
玄関前のフローリング部分が埃で白くなっているのを見て、そう呟く。
「かまいません。ここはもう、誰かが住み着くことはありませんから」
内ポケットにいる真白にそう断言されて、ほっとしながら第一歩を踏み出す。
フローリングを抜けて畳を踏むと、グニッとした感覚とともに足が沈んだ。
「うわ、腐ってるよ」
「長居をすると床が抜けるかもしれませんね」
「重いのを持ち出すとかはやめようか」
畳が腐ってるとこんなになるんだと思って足を戻し、そこから部屋の中を覗く。
いまの僕の力なら箪笥だって一人で運び出せるとは思うけど、床の方が耐えきれなかったりしたらたまらない。
壁に寄りかかるようにしてある和箪笥も項目の一つだったけれど、あれは諦めよう。
「そうですね。ここの床に穴は開けない方がいいです」
「なにそれ?」
「きっと、よくないものが下にいます」
厳しい声でそんなことを言われて、僕はちょっと後悔しながらその場から持ち出し項目の中にあるものを確認する。
「ええとそれじゃあ……」
あそこにある雛人形と、藁人形と熊のぬいぐるみは紙袋に入るね。
大きいのはそれだけで、後細かいのがもう少し入りそうだけど……。
「ううん、他には……」
「あのテーブルの上にある指輪はどうですか?」
真白に言われて、冬にはこたつにもできる小さなテーブルの上に指輪があるのを見つけた。
テーブルの表面が劣化で捲れ上がっていて、指輪はその隙間に埋もれるようにしてあったので、すぐにはわからなかった。
「じゃあ、持っていくのはそれだけってことで……」
ここまで来てなんで藁人形があるんだよとか、そういうツッコミはしない。
だって、このアルバイト自体が怪しさ満点だからね。
「よし、それじゃあ……」
さっと行ってさっと帰ってくる。
そう決めて、グネッとする畳に踏み込む。
爪先立ちで、体重をあまりかけない気持ちで……。
一番奥にある転がった雛人形を拾う。
うわっ、畳の下からメキって感じの音が聞こえた。
絶対、畳の下も腐ってる。
ジャンプとかしたら余計な負荷がかかりそうなので、抜き足差し足でそろそろと、でも素早く移動して、藁人形、熊のぬいぐるみを拾って紙袋に放り込む。
うう、熊のぬいぐるみ、なんでかすごい濡れてるんだけど?
さっきまで雨の中に野晒しにでもされたの? ってぐらい。
隣にあった藁人形はぜんぜん濡れてなかったのに?
あっ、気が付いた。
この熊のぬいぐるみ、お腹が切れてて赤い毛糸で縫い止められてる。
ああ、わかった。
これってあれだ。
一人で、かくれんぼ、なあれだ。
なんかお腹の辺りがモゾモゾ動いてる気がするんだけど?
もしかして、お腹の中に湿気った穀物的なものが入っていて、しかもハエが卵を産みつけた結果とかが起こっていたりしない?
あるいは穀物的なのを食べる虫とか?
「うひぃ……」
「旦那様、手を離さないでください」
「わ、わかった」
真白の注意を聞きながら、最後のコタツテーブルに向かう。
そこで指輪を取って、玄関に戻って、それでおしまいだ。
表面がひび割れしたテーブルの上にあるのは飾り気のないシンプルな銀色の指輪。
結婚指輪とかかな?
ていうか考えてる暇はない。
さっと取って……ってぇぇぇぇぇっ!
「どうしました⁉︎ 旦那様⁉︎」
「あ、後で⁉︎」
とにかく、指輪を掴んで、紙袋に放り込んで、そのまま玄関に向かう。
「ふう……」
「どうしたんですか?」
「いや、なんか……手を握られたような気がして」
「え?」
指輪を握ろうとしたら、その手を誰かに握り返されたような気がした。
すごく冷たい手だった。
だから思わず声が出てしまった。
「ええ? そうなんですか?」
真白の反応は困惑しているようだった。
「そういえば真白って幽霊は見えるの?」
「見えますよ」
「なら、ここでも見えてたり?」
「その話は後でしましょう」
その反応が一番怖いんだけど?
とにかくアパートから出て、フード付きスーツの人に紙袋を渡す。
「素晴らしい!」
紙袋の中身を見て、スーツの人……いやフードさんはとても喜んでくれた。
「それでは四点で……五万七千円となります!」
「え、すごい」
一点四万円+追加ボーナスだったはずだから、一万七千円分もボーナスがあったってことになる。
「ちなみに、ニャンゴト・サービスからの入金は無税です! 確定申告の時は気をつけて下さいね」
「ああ、ええと、どうも」
さすがに税金の話はよくわからないけど……収入をいくら超えたらダメとかそういう話だよね?
定期的なアルバイトとかしてないから、そもそも気にしなくていいとは思う。
「あの……いいですか?」
と、フードさんがお金が入っているのだろう封筒を取り出したところで、真白が口を挟んだ。
「はい、なんでしょう?」
いきなり女の子の声が聞こえてもフードさんは驚いたりしなかった。
「あの……報酬の代わりに情報でもよろしいでしょうか?」
「ううん……情報の種類によりますね。なんでしょうか?」
「ええと、とある探し物がありまして……」
と、真白の交渉が始まった。
探し物って……気のせいじゃなくて姉の遺体の話だよね?
異世界転生した姉のこちらでの遺体は、バラバラにされてオカルトな好事家たちのオークションにかけられてしまったらしい。
できればそれを集めたいと思っている。
思ってはいるけど、その数が多そうなんだ。
探すためのアイテムはあるけど、けっこう大変だったからね。
他にも探す当てがあったら嬉しいけど……。
「ううん、一度のアルバイトでその情報を話すのは難しいですね」
「そうですか」
「ですが、アルバイトの成果をポイント制にして、達成時に情報を一つお教えするというのは有りかもしれません。上と掛け合ってみますので、とりあえず今回は報酬をお受け取り下さい」
と、封筒を渡された。
「では、次もニャンゴト・サービスをよろしくお願いします」
「あ、どうも」
フードさんが頭を下げ、釣られて僕も下げてしまう。
そして上げると、フードさんはもういなかった。
なんか視界がおかしいことに気付いて隣を見ると、そこには僕が入ったはずのアパートはなくて、取り壊されたばかりという感じの荒れた空き地があった。
僕の手には無地の封筒とその中身の五万七千円が残された。
これだけが、さっきまでのことが体験として現実であったという証拠になる。
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