堂城さん、怒る
車での移動中。
なにか問題はないかと聞いてきたので、斜九字の件を報告した。
「斜九字?」
「うん、そう」
斜九字の名前を口にした瞬間に車内の体感温度が下がったと感じたのだけど、話が進むごとにそれは進行して、気のせいじゃなく寒くなった。
温度差で窓が曇ってない?
「そう、薄汚いナメクジの分際で私の真白を。そう」
なにこの反応、怖い。
え? 堂城さんって娘ラブなの?
いや、それは母親的に正しい感情のような気がするけど……その熱量が半端なくない?
熱量が高くて寒くなるっていうのもわからない。
そんな子をもらった僕の命は大丈夫なのか?
「お嬢さん、落ち着いてください」
運転中の立花さんが口を開いた。
バックミラー越しの彼の顔はとても青かった。
「寒いです。このままでは冬眠してしまいます」
「あら、ごめんなさい」
なにそれ、蛇ジョーク?
だけど、堂城さんが我に帰ったようで、車内の空気が戻った。
気分が現実にも影響を与えるって、堂城さんも普通の人間ではないみたいだ。
結婚前からそうなのか、結婚したからそうなのか。
とりあえず、聞いてみようか。
「堂城さんって妖力みたいなのがあったりするの?」
「尾羽くん」
「うん」
「霊力よ。間違えないようにね」
「あ、そうなの?」
「私たちは蛇神の一族なんだから、その違いは重要よ」
「ええと、わかったよ」
どうやら会話のとっかかりで間違えたみたいだ。
霊力と妖力の違いはわからないけど、格は霊力の方が上ってことかな?
そういえば、真白も自分たちは神で妖怪じゃないみたいに言っていたし、その違いは重要なんだろう。
「斜九字の件は注意しておくわ。そんな街中で戦いを仕掛けるような危険思考の者が一人だけなのか、それとも連中の中でそういう空気が醸成されつつあるのか」
「後者だったら危ない感じだね」
前者ならあの虹色美少年に気をつけるか排除すれば解決する話だけど、後者だと大きな戦いの雰囲気とかを感じてしまいそう。
組織の雰囲気に感化されて、虹色美少年が暴走したっていうね。
それってつまり、組織自体がやる気になっているってことだからね。
「ていうか、そんな抗争みたいなことってあるの?」
「ここしばらくはなかったのだけど……嫌な予感はあるわ」
「あるんだ」
「祠を壊された時の柚木さんの反応は覚えている?」
「ああ……なんか変だったね」
顔から色々と垂れ流してて、なんかやばい感じだった。
「当初は厳里の者が報復で呪術師でも雇ったのかと思ったのよ。あそこは古くからの……三文字の稼業の家だから」
「三文字って、ああ……」
そういう職業ね。
それなら、いきなり車で攫うとかいう思考になるのかもしれないね。
「だけど、確認したらそんなことではなかったわ。警察の締め上げでいまの彼らにそんなことをする余裕はない」
「それなら、他のところが?」
「柚木さんにその部分の記憶はなかった。誰かが私たちの動向を監視し、ちょっかいをかける隙を狙っている者がいる。尾羽くん、あなたが襲われたのは偶然かもしれないけれど、あるいはなにかの予兆かもしれない。気をつけて」
「ええと、うん、わかったよ」
と、頷いてみたけれど。
「え? なんか僕って荒事に向いているみたいに思われてない?」
「え?」
「え?」
なぜか、首を傾げあう僕たち。
「期待していますよ。尾羽くん」
なぜか立花さんにまでそんなことを言われてしまった。
いや、まぁ忍者的なところは見せちゃってるけど、別に戦ったりはしてないんだけどなぁ。
団地の前まで運んでくれた。
「ありがとうございました」
渡されたスポーツバッグを抱えて高級車から降りる。
「では、気を付けてね」
「はい……って、真白に会っていく?」
直接渡せばいいじゃないかと思うのだけど、堂城さんは首を振った。
「新婚さんの部屋に親が出向くとか、いけないと思うの」
「本気で言ってる? それ?」
「もちろん本気よ。私が何歳で嫁入りしたかは話したでしょう?」
「そうかもしれないけど」
「どうしても一人で行動しないといけない時は、連絡をくれれば預かるわ」
堂城さんの連絡先は真白に渡すスマホに入っているのだそうだ。
「それでは」
高級車が走り出すのを見送り、僕は部屋に戻った。
「……とは言ったものの」
尾羽亮哉を降ろして走り出した車内で香澄は呟いた。
「本当に大丈夫かしら?」
「大丈夫ですよ」
物思いに耽る香澄に立花が答える。
古くから堂城家の奥方に仕える立花は、見た目に似合わず荒事に詳しい。
その立花は、厳里兄妹に攫われた時の亮哉を見ていた。
「まだ若いので不慣れなようですが、キレたら中々のものですよ」
回収した厳里兄の状態も酷いものだった。
暴力慣れしている車内の連中をたった一瞬で精神的に制圧してみせた。
あの気迫は、そうそう出せるものではない。
「ああいうのはたまにいるんです。味方にできたのは心強いですよ」
亮哉の仲間入りは断鬼にとって良い風になると立花は思っている。
「そういうことではありません」
しかし、香澄の反応は違った。
「真白はちゃんと大事にされているのかしら? 変なことになっていなければいいのだけど。やっぱり様子を見に行った方がよかった? でも、真白に来るなと言われているし」
「ははは……」
ぶつぶつと呟き続ける香澄に、立花は乾いた笑いをこぼして運転に集中することにした。
どうやら主人は会話を求めてはいないようだ。
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