本戦第一試合
本戦第一試合。
王都の巨大なコロシアム。
その中心に設けられたステージへ、零がゆっくりと足を踏み入れる。
観客席では、セレナとカズトがその姿を見下ろしていた。
シオン会長も誘ったが、直前まで仕事が立て込んでいるらしい。
今回の参加がいかに無理を押してのものかが窺える。……本人の私欲も混じってはいるが。
やがて、司会と実況役の生徒が声を張り上げた。
「ついに始まります戦技祭本戦第一試合!対戦カードの紹介だ!
ステージ右側!セレナ第一王女殿下の奴隷であり、生徒会特別執行部の委員メンバーという異例の経歴の持ち主――零選手だー!
中等部ながら実力は未知数!予選はすべて余裕の勝利!
今回もその拳で相手を粉砕するのかー!?」
歓声が渦のように広がる。
「続いて左側!高等部三年、子爵家のモーブ選手!
闇魔法を自在に操り、ハンマーと組み合わせた独自戦術で勝ち上がってきた実力者だ!
攻防一体、その完成度は必見!零選手がどう攻略するのか注目です!」
「それでは皆さまお待たせしました!
戦技祭本戦第一試合――はじめぇえええ!!」
合図と同時に、零が踏み込む。
躊躇いのない加速で、挨拶代わりの一撃がそのままモーブへと叩き込まれる。
しかしその拳は、足元から伸びた影に絡め取られるように受け止められた。
「やっぱりその魔法、少し厄介ね。殴ってる感じがあまりないわ」
分かっていながらも確かめるように拳を振るう。
「相手の闇魔法って、影みたいなのを操る感じですよね。物理が通りづらいタイプですか?」
闇魔法にも色々と種類があり、影を操るタイプは見慣れないカズト。
「はい。水や風よりも、闇属性の壁は衝撃吸収に優れています。力任せに突破するのは困難でしょう。
それをあの精度で扱うとなると……中々のセンスと練度です」
闇魔法にも長けているセレナから見ても、モーブの評価は高かった。
その時――
モーブの口元が、ゆっくりと歪む。
「――くく……くははははッ!」
耳障りな笑いが、闘技場の空気を濁す。
「無知なる者よ……よくぞ我が影界へ足を踏み入れたな」
足元の影が、意思を持つかのように蠢き、じわりと広がっていく。
「我が操るは常闇の理……触れた瞬間に力を喰らい、衝撃すら呑み込む深淵の帳」
片手を掲げ、舞台役者のように誇示する。
「貴様のような矮小な肉体で抗える領域ではない」
一歩踏み出すと、影が呼応するように波打つ。
「その拳、いかに振るおうと無意味――我が漆黒の防壁の前では、すべては無へと還るのだからなァ!!」
「……うるさいわね。やってみないと分からないでしょ!」
魔力を濃く纏い、再び踏み込んで視界から消えるような速度で死角へ回り込む。
だが、まるで最初からそこに壁があるかのように、打 ち込まれた拳はそのすべてが影に阻まれる。
「無駄だと言っている!
我が闇は視るのではない――満たすのだ」
足元から広がる影は、もはや地面に留まらない。
「この領域において、逃れる術など存在しない」
モーブを中心に、薄く、しかし確かに空間そのものへと滲み出していた。
「これは、、闇魔法で知覚を補っていますね。空間全体で捉えてます」
外側から見ているからこそよくわかる。
「なるほど、目で見てるわけじゃないのか」
カズトが納得したように頷く。
「いかに速かろうと……いかに姿を消そうと……」
モーブがゆっくりとハンマーを持ち上げる。
「すべては我が掌の上よ!」
振り下ろされる猛烈な一撃を、零は紙一重で回避する。
(早いけど、直線的ね)
そう判断し、即座に懐へ踏み込もうとした、その瞬間。
凄まじい轟音が鳴り響いた。
叩きつけられたハンマーを起点に、地面が強烈に爆ぜる。
その衝撃と共に鋭い石礫が吹き荒れ、零の細い身体を飲み込んだ。
「我が一撃は、ただの打撃に非ず!」
巻き上がる砂塵の向こうから、モーブの勝ち誇った声が響く。
「闇により増幅された破壊の顕現……その身で味わうがいい!」
衝撃で吹き飛ばされた零だったが、空中で鮮やかに姿勢を整え、滑るように着地を決める。
受け身は完璧であり、目立ったダメージは見受けられない。
「……あの振りでこの威力。それ、魔道具ね」
土煙の向こうをじっと見据えたまま、零がハンマーの正体を見抜いた。
「ご名答ッ!」
待ってましたと言わんばかりに、モーブが高らかに笑い声を上げる。
「これは重さを自在に変えられる魔槌!振り上げる時は羽のように軽く、振り下ろす瞬間には大地すら砕く質量へと変貌する!」
彼はハンマーを大きく掲げ、その強大さを周囲に誇示した。
「その一撃は質量の暴力!受ければ終わり、避けても衝撃が貴様を穿つ!」
僅かに顔を上げて、零を見据える。
「さぁどうする?この絶対的な理不尽を前に、貴様の矮小な肉体で抗いきれるか!」
「中々厄介だけれど、当たらなければ意味はないわ」
破壊力こそ脅威だが、零の反応速度を考えれば、躱すこと自体は不可能なレベルではない。
「その程度の一撃なら、たとえ至近距離でも躱すのは容易よ」
決定打に欠けるという事実を、彼女はあえて冷ややかに言葉にした。
「くく、なるほど。確かにその通りだ」
低く、どこか愉悦を孕んだ声音でモーブは笑う。
「貴様のように疾駆する獣を捉えるには、我が一撃は遅い。だが、それを理解した上で、何も備えていないとでも思ったか?」
彼がゆっくりと空へ手を掲げた、その瞬間。
「なっ……!?」
零の身体に、地面へ叩きつけられるような凄まじい圧力がのしかかった。
「これは……!」
「そう!これこそが重力――万物を縛る不可視の鎖!」
モーブの瞳が、狂気を帯びて爛々と輝く。
「影が届かぬなら、空間ごと縛ればいい!逃げ場など最初から存在しない!」
言葉を重ねるごとに、重力の圧は増していく。
「動けまい!膝をつけ!地に這え!それが貴様のあるべき姿だ!」
モーブは巨大なハンマーを大きく振りかぶった。
「さあ、終焉だ。重力に縛られし無様なまま、砕け散るがいい!!」
不可視の檻に囚われた零を見て、観客席のカズトが思わず息を呑む。
(これはやばいんじゃないか!?)
だが――。
「確かに重いわね。でも」
重圧の下にあっても、零の声はいつもと変わらず淡々としていた。
「魔力を集中させれば、片腕くらいならまだ動かせるわね」
振り下ろされる破滅のハンマー。
轟音が周囲を震わせ、直撃したかに見えた――。
「なに!?」
零の手がハンマーの側面に触れた瞬間、流れるような動作でその軌道が僅かに逸らされる。
たったそれだけで、絶対の質量を持ったハンマーは零の身体を外れ、そのまま地面へと激突した。
凄まじい衝撃波が広がり、同時にモーブの集中が削がれたことで、重力の拘束がわずかに緩む。
(重力は長くは維持できないみたいね)
「馬鹿な!?風魔法も使っていないのになぜ!?」
モーブの顔が驚愕に染まった。
その一瞬の硬直を、零は見逃さない。
重力から解き放たれた踏み込みと同時に、鋭い蹴りがモーブの腹部へと突き刺さる。
「ぐほっ……!?」
重力の維持と攻撃に意識を割きすぎた結果、彼の防御は決定的に遅れていた。
蹴り上げられたモーブの身体は、なす術なく上空へと跳ね上がる。
それと同時に、零も弾かれたように空中へと跳び上がった。
逃げ場のない空で、零は無防備なモーブの背中を掴み取る。
「密着してれば、影の防御も使えないでしょ」
零はモーブの首と足に腕を絡め、自らの肩を支点にその体勢を完璧に固定した。
「終わりよ」
「え?ちょっ、ちょっと待ってそれは――」
身の危険を察知した悲鳴は、最後まで続くことはなかった。
重力加速を伴って地面へ叩きつけられた衝撃が、零の身体を通り抜け、モーブの背骨へと真っ向から直撃する。
モーブは白目を剥き、口から泡を吹いてそのまま意識を失った。
「そこまで!!」
審判の鋭い声が響き渡る。
勝者、零。
あまりにも苛烈な一撃。
だが、その無駄のない動きには、どこか美しさすら感じさせる完成された武の趣があった。
「……あれ、背骨折れてないか?大丈夫かよ。相変わらず容赦ないな」
観客席で、カズトが戦慄を隠しきれずに小さく呟く。
「ええ。でも――」
セレナは、誇らしげにステージに立つ零を見つめ、静かに微笑んだ。
「とても零らしい勝ち方でしたね」




